他企業とデータを共同利用して本格的にマーケティングに生かしていくには、VRM(Vender Relationship Management)という考え方が重要だと、東日本旅客鉄道(JR東日本)でデータマーケティング部門を率いる渋谷直正氏は指摘する。企業がデータドリブンに転換するための要諦を解説する本連載の最終回は、少し先を見据えた新たな枠組みに迫る。
- 顧客データは「囲い込み」に使うのではなく、顧客メリットの追求に使う
- 個人が自分のデータを管理し、提供する企業を選択する「VRM」がデータ共有の糸口に
- 「企業」にあるデータを「個人」に戻し、社会のためにも有効活用する意識が今後必要に
前回は自社データだけではなく、他企業とデータを共同利用してデータ流通を実現するための一手段として、秘密計算技術を紹介した。ただ、このケースでは、顧客の同意を取らずに企業側で複数企業の顧客データを利用することを想定していた。
しかし、顧客のデータを最大限利用していくためには、顧客の信頼の下、より積極的な利用を目指すべきである。それは単なる同意を取るだけでなく、顧客側にデータを渡し、一方で顧客から他社のデータの提供も受けるという考え方である。私はこれを「データの主権を個人に移す」という新しい世界観だと考えている。連載の最終回にあたる今回は、少し先の未来を見据えたこの新しいフレームについて話したいと思う。
現在、会員組織を持つ多くのBtoC企業が、自社の会員データを使ったCRM(Customer Relationship Management)*1を行っている。本来のCRMは顧客により良いサービスを提供し、満足度を向上させ、自社へのロイヤルティー向上を目指すものである。
だが、実際は企業側の視点による「顧客の自社経済圏への囲い込み」になってしまっているケースも多い。もちろん自社ロイヤルティー向上の結果として、顧客を囲い込むことは正しい企業戦略だ。しかし、顧客側から見た場合、果たして顧客はその企業に「囲い込まれたい」と思っているのだろうか。いくら同意を取っているとはいえ、自分の購買履歴や個人情報データを自社への囲い込みのために使われることに、本当に納得しているのだろうか。顧客にとってはその企業での購買履歴などの個人データは「自分のデータ」であって、企業が勝手に使うことに心から同意しているのだろうか。
ここで発想を転換させ、自分が様々な企業で利用しているデータを、自分で管理したらどうなるか考えてみよう。
データ管理・共有の新たな枠組み、「VRM」とは
通常、消費者は様々な企業のサービスを利用している。鉄道で移動した(鉄道サービスを利用した)データ、ECサイトで閲覧したり購入したりしたデータ、病院で診察を受けたデータ、旅先のホテルに泊まったデータ、これらは本来は「自分のデータ」であるはずなのに、それぞれの企業が独自に保有し、「自社のためだけに」利用している。
各企業にとってはこれら個人に関する一連の企業間利用のデータはひも付かないので仕方がないが、消費者にとっては当たり前だがすべてが連続してひも付いた行動だ。であれば、各企業が個人にデータを戻し、個人が自分でそれらの複数企業サービスの利用データを管理すれば、すべてがひも付いたデータになる。自分のデータなのであるから、同意は当然いらない。
このように個人が自分の利用履歴データを一元的に管理し、売り手(Vender)に対して自分のデータを提供していく仕組みを、VRM(Vender Relationship Management)と呼ぶ。売り手が顧客を管理する概念であるCRMに対して、顧客側が売り手(Vender)を管理するという意味合いが含まれている。
VRMは、決して最近いわれ始めたものではなく、2013年ごろからインテンション・エコノミーという文脈の中で生まれてきた概念である*2。
インテンション・エコノミーとは、従来企業側が行ってきた「これを売りたいから、顧客にオススメします」というアテンション・エコノミーに対する概念であり、「私はこういうものが欲しいのです!」と、消費者側から売り手(企業)に対して自分の意図を伝えるという考え方である(図1)。
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