世界を救う「代替たんぱく」の衝撃

日本でも小売り大手や外食、食品メーカーなどが参入し、市場が拡大しつつある植物性代替肉。一方で食べ慣れない独特な風味から敬遠する消費者もまだ多い。植物肉の本格的な普及には、いかに本物の肉の味や食感に近づけられるかどうかがカギになる。そこで現れた強力な“黒子役”が、味の素だ。調味料で培ってきたノウハウを植物肉に注ぎ込む。

味の素が出資した植物肉スタートアップ、DAIZ(ダイズ、熊本市)の植物性パティを使ったハンバーガー。味の素との連携で、さらにおいしさを追求していく
味の素が出資した植物肉スタートアップ、DAIZ(ダイズ、熊本市)の植物性パティを使ったハンバーガー。味の素との連携で、さらにおいしさを追求していく

 京浜急行電鉄大師線の鈴木町駅(川崎市)。味の素の前身である鈴木商店の創業者・鈴木三郎助にちなんで名付けられた駅の正面にあるのが、味の素の川崎事業所だ。東京ドーム約8個分の広大な敷地にある、味の素食品研究所の一室で様々な機器を使った食材の味の分析が進んでいる。

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 大豆などを原料とした植物肉市場が徐々に拡大する一方で、食品メーカーの頭を悩ませるのが味だ。大豆は独特の風味も強く、肉のような筋繊維や肉汁、脂などはない。インターネット調査会社のマイボイスコム(東京・千代田)が2020年12月に実施した調査によると、代替肉について気になること・不安なこと(複数回答)では「おいしいかどうか」が52%と最も多く、2番目に多い「何が入っているかわからない」(30%)を大きく上回っている。「植物肉はおいしくない」。回答結果からは消費者のそんな心理が透けて見える。

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 そこで味の素が狙うのは、「植物肉と本物の肉との間にあるギャップ」(ソリューション&イングリディエンツ事業部国内グループの酒巻将司氏)だ。例えば、植物肉のハンバーグ。本物の牛肉のような肉の繊維やあふれ出す肉汁など、見た目や食感を再現するのは難しい。牛肉の独特なうま味も再現する必要がある。

 このハードルを越えるのが、味の素独自の「白い粉」だ。これをミンチにした大豆ミートに振りかけ、混ぜてみると味が一気に牛肉に近づいた。秘密は味の素の持つアミノ酸のノウハウ。白い粉は「グルタミン酸ナトリウム」、いわゆるうま味調味料の「味の素」など数十種類のアミノ酸などをブレンドした調味料だ。すでに国内でも中小の食品加工メーカーなどが導入しているという。

味の素が国内の食品メーカー向けに発売している「牛肉テイスト調味料」。牛の原料を使用せず、牛肉の呈味(ていみ)、風味を再現している
味の素が国内の食品メーカー向けに発売している「牛肉テイスト調味料」。牛の原料を使用せず、牛肉の呈味(ていみ)、風味を再現している

 植物肉を製造する食品メーカーは、独自に調味料をブレンドして肉本来の味に近づけていく。ただ、食品メーカーは分析技術が乏しく、本物の肉の味まで調整するのは容易ではない。一方で、味の素は分析力と再現力に強みを持っている。冒頭の味の素食品研究所には最新の分析機器がそろい、官能評価も含めて徹底的に味を分析する。これこそが味の素が長年培ってきたノウハウの1つだ。

 味覚といっても、味を決める成分や要素は様々だ。例えば、ラーメンでは長時間煮込むことで肉や骨から出るだしや、野菜から溶け出る成分がうま味のもとになる。ただ、加工食品を大量生産するには煮込む行程に時間はかけられない。肉のだしはどういった成分なのか。それぞれの成分のバランスはどうなっているのか。「味や食感を分析し、全体の設計図を作ってから同様の味を再構成できる」(酒巻氏)と胸を張る。

味の素は食品の物性評価など、味の分析技術で豊富な知見を有する
味の素は食品の物性評価など、味の分析技術で豊富な知見を有する

 さらにおいしさを左右する条件の1つである「香り」の分析も進めてきた。おいしさに関わる香気成分を高精度の機器で分析し、10年以上の知見を蓄えた。こうした総合的な要素から食品を分析できる企業は世界的にも珍しいという。

「おいしい植物肉」の開発に本腰

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