世界で累計1100万部以上を発行する大人気ワイン漫画『神の雫』。登場人物がワインを語る斬新かつ詩的な表現の数々が話題を呼び、世界のワインブームに一役買ってきた。原作者「亜樹直」は、樹林ゆう子と樹林伸の姉弟の共同ペンネーム。コルクを抜いては言葉を重ね、人と人とをつないできた2人に、ワイン語彙力の鍛え方を聞いた。

※日経トレンディ2021年3月号の記事を再構成

1巻16ページから (c)亜樹直、オキモト・シュウ/講談社
1巻16ページから (c)亜樹直、オキモト・シュウ/講談社

前回(第7回)はこちら

――続編も含めて16年間に及ぶ『神の雫』の連載が2020年に終了しました。この作品を手掛けることになったきっかけはどんなことでしょうか。

姉・樹林ゆう子(以下姉) 原点は、ある1本のフランスワインとの出合いですね。ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(DRC)のエシェゾー1985年。飲んだ瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けました。

弟・樹林伸(以下弟) 「今日は、ちょっといいワインを飲もう」と姉と一緒に開けたんですよ。これが、飲んだらすごかった。

 1本のワインの向こう側に、文化や歴史、造った人、ブドウ畑などが絵巻物みたいにぶわっと広がりました。

 禁断の扉を開けちゃったんだよね。それですっかりハマってしまった。

 それからは、他にどんなすごいものがあるのか知りたくて、ワインを買い集めるようになり、ワインセラーも買い、収まりきらなくなるとワイン専用の部屋まで借りて……(笑)。

 一緒に仕事をしていて夜中になると、「そろそろ僕ら燃料が必要だよね、ワイン飲もうよ」ということになる。それで、何を飲んだ時だったか、姉が「このワインは女性みたい」と言い出した。言われてみると、確かにそうなんですよ。うん、確かにスラッとした感じの女性だな、髪は長くて……。

 そうね、真っ黒な髪で、向こうを向いてたたずんでいるわ……。

 と、こんなことを遊び感覚でやり始めてみて、気付きました。僕らが1本のワインから感じ取るものは驚くほど共通している。

 微差はあるんですよ。でも、「繊細な女性ね」「いやあ、マッチョな男だろう」ということは一度もなかった。弟以外の友人とやっても、ワインに詳しかろうが初心者だろうが、結果は同じでした。きっと世界中の誰でも同じなのでしょうね。

 つまり、1本のワインから引っ張り出してくる何かには、バックグラウンドや国籍や文脈などにかかわらず、人間である以上変わらない部分があるんです。だったら、これを漫画にできないか。ワインの持っている世界を、自分たちで映し出せるのではないか――。これが『神の雫』の出発点になりました。

13巻6ページから (c)亜樹直、オキモト・シュウ/講談社
13巻6ページから (c)亜樹直、オキモト・シュウ/講談社
『神の雫』とは
著名なワイン評論家の遺書に記された、12本の偉大なワイン「十二使徒」と、幻の1本「神の雫」を巡る、実の息子である主人公と天才ワイン評論家の対決を描く。続編が『マリアージュ~神の雫・最終章~』
著名なワイン評論家の遺書に記された、12本の偉大なワイン「十二使徒」と、幻の1本「神の雫」を巡る、実の息子である主人公と天才ワイン評論家の対決を描く。続編が『マリアージュ~神の雫・最終章~』

――ワインには小難しい飲み物というイメージがあり、「格付けを知らなくちゃダメ」「勉強もせずに語るな」などと言われてきました。実際、説明に使われる言葉も難しかった。ところが、『神の雫』の中で登場人物たちが口にする言葉は、それまでにワインを語るときに使われてきた言葉とは明らかに違います。これはなぜでしょうか。

 ワインはこれまで、分析的なアプローチで語られることが多かったんです。要素を細かくパーツに分断して説明するのが普通でした。5000以上あるというソムリエ用語は、香り、色、味わいなどを分析しながら表現するのに向いているわけです。

 僕らはそれをやらず、ワインの世界観を、アーティスティックな感情に訴えるコンテンツにしたという点で、新しかったと思います。絵の具の赤と黄色を何パーセントずつ混ぜるとどんな色ができるかといったことはどうでもよくて、完成したワインを飲んだ時の「夕焼けの色だね」というインプレッションが大切だと考えました。

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