マーケDX 失敗からの逆転法

マーケティングDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めようにも、適した人材がいない。そこで、とりあえずシステムが分かる人間をあてがった結果、思ったよりも成果が出ない。いかにもデジタル人材が不足しているといわれる多くの企業で起こり得そうな失敗談だが、積水ハウスはまさにそうした課題に直面し、デジタルマーケティングの成果は頭打ちになった。同社はどのようにして、この課題を克服したのだろうか。

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 積水ハウスでデジタルマーケティングを担う部門の母体ができたのは、2000年代初頭にさかのぼる。いわゆる情報システム部門に所属していた人材が集められてICT推進部が発足した。まだ「デジタルマーケティング」という概念も広がっていない時代だ。社内に眠るコンテンツを自社サイトに掲載しやすくする仕組みづくりや、住宅購入者向けサイトの構築などの開発が役割として課せられた。

 そうした役割は時代と共に徐々に変化していった。ネットメディアの台頭による影響が大きい。住宅のような高額商材でも、まずはネットで情報を探して検討を始める消費者が増えた。それに伴い、システムを活用したコンテンツマネジメントから、ネット広告の運用業務などのマーケティング領域へと役割が広がっていった。

「ネットはこの程度」という社内評価

 しかし、一定の成果にはつながったものの、ネット広告の効果は頭打ちになってしまう。「運用で工夫はするものの、ネット経由の見込み客獲得数はせいぜい全体の10%程度。『ネットはこの程度か』というのが社内の認識だった」と積水ハウス広告宣伝部デジタルマーケティング室の藤井清英室長は吐露する。住宅のような高額商材は、展示場などのリアルの接点で獲得した見込み客のほうが質も高いともいわれた。社内でのネットの存在感は低迷した。

 高額商材はターゲティング技術に優れているネット広告の特性を生かしづらいことも、悩みの種だった。「当社の商材は母数が少ない。家を建てる人は、スイッチが入る瞬間があるが、そのタイミングでコミュニケーションをしないと興味を持ってもらいづらい。顕在化する手前でアプローチしようにも難しい」(藤井氏)。優れたターゲティング技術があっても、対象者が少なければ母数が取れない。

 そのため、頭の中では潜在層へのアプローチとネット広告の強みを生かした刈り取りを組み合わせて、統合的にコミュニケーション戦略を立てなければならないと理解はしつつも、実行に移せずにいた。ICT推進部はマーケター集団ではないため、そうした知見を持たなかったからだ。

 こうした状況は2018年の社長交代を機に大きく変わる。18年2月1日に就任した仲井嘉浩社長は、消費者とのコミュニケーションがデジタルにシフトしつつある中、積水ハウスのマーケティングもデジタルシフトすべきだと考え、広告宣伝部内に藤井氏も所属するデジタルマーケティング室を設置した。ただ、それだけでは単なる組織の配置転換にすぎない。そこで、専門家の知恵を借りることにした。相談したのが、博報堂のコピーライターを経て、クリエイティブ・ディレクターとして独立した小霜オフィス/ノープロブレム(東京・渋谷)の小霜和也氏だ。

積水ハウスはマーケティングDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するため、広告宣伝部内にデジタルマーケティング室を設置した
積水ハウスはマーケティングDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するため、広告宣伝部内にデジタルマーケティング室を設置した

 仲井社長の依頼を受け、積水ハウスのマーケティング改革に取り掛かった小霜氏だが、当時の体制を「テクノロジーに強い人が、見よう見まねでコミュニケーションをやっているような状況だった」と振り返る。組織の生い立ち上、デジタルマーケティングも技術オリエンテッドになっていた。決定的に欠けていたのは顧客目線だ。顧客オリエンテッドなマーケティングへと、大きく舵を切る必要があった。

 顧客目線でマーケティングを考える上で、積水ハウスが取り組むべきはフルファネルのマーケティング、つまり認知獲得から購買に至るまでの統合的施策であると小霜氏は提言した。当時、広告宣伝部にデジタルマーケティング室は設置されたものの、マスとデジタルはまったくの別物と捉えられ、そもそも統合的なコミュニケーションをしようという発想がなかった。

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