※日経トレンディ 2021年3月号の記事を再構成
USJを復活させた森岡毅氏は最新著書『誰もが人を動かせる! あなたの人生を変えるリーダーシップ革命』で、「リーダーシップは、不安な時代を充実して生きるための強力な武器だ」と訴え掛ける。その真意とは?
森岡さん率いる「刀」が協業しているテーマパーク「ネスタリゾート神戸」がコロナ禍でも好調ですね。
森岡 毅氏(以下、森岡氏) そうですね。ネスタは昨年12月の売り上げも、前年同月比151%と好調を維持しています。牽引しているのは、昨年の夏から秋にかけてオープンした新エリア。コロナ禍という厳しい環境下でも大型投資に踏み切ったトップの胆力が、吉を呼び込んだと確信しています。守りに入っていたら、この結果は生まれなかったでしょう。
本当に良いものを世に送り込めれば、どんな時代でも人を動かせることも、改めて分かりました。ネスタはGo Toの恩恵にあずかったわけでも、ゲームなどのような巣ごもりビジネスだったわけでもありません。決め手となったのは、「大自然の冒険テーマパーク」に期待される価値をブレることなく消費者に提供できたかどうかです。つまりブランドの本質をしっかりとマーケティングすれば、需要が減った近距離レジャー市場でも結果が出せるのです。この事実に、多くの人が勇気を持っていただければと思います。
もちろん、人を動かすことを「不正義」とする意見もあるでしょう。ネスタの場合、青空テーマパークなので密にならないことも、トップの決断の後押しになったと思います。
リーダーの決断力が問われている時代。2021年は、どのような年になると予想されますか?
森岡氏 今年はやはり、新型コロナウイルスの脅威から脱出できるかどうかという期待と不安で、一喜一憂しやすい一年になると予想します。ワクチン接種が始まっても順番や副作用の問題で気を揉んだり、ある国で収束したと思っても別の国でまた変異種が生まれたりと、気持ちが上がったり下がったりの繰り返しになるでしょう。
その中で、その人の死生観を含めた、生き方の心棒をどこに差すのかが大切になると思います。自分にとって決して譲ることのできない大事なものを見つめ直し、人生に悔いを残さないようにするということです。
それはもちろん家族の命だと考える人は多いでしょう。仕事面でも、自分が重視していることを納得のいくまで頑張れば、1、2年後に次の一歩を踏み出すときの力になるはずです。
まずは自分を知ることですね。
森岡氏 要は「個の戦い」なのです。ウイルスとの戦いも、自分の生き方の戦いも、個で立ち向かう以外に方法はありません。逆に言えば、今の環境でどのような行動を取るべきか、選択のサイコロを握るのは、常に自分だということを強く意識してほしいです。
そうしないと、潮流のままに右から左に流されていくクラゲのようにふらふらするばかりで、人生がうまくいかないのは世間や政権が悪いからと嘆くようになる。それでは結局、自分の最も大事なものが守れません。
そうした時代に、あるべきリーダー像はどのようなものでしょうか?
森岡氏 どのような決断であれ、自分の意志による選択なのだ、という自覚を持つことが肝要です。それがコロナ禍におけるリーダーシップです。
ビジネスの世界に限った話ではありません。個人の日常生活のいたるところで、自分自身がリーダーとなり、自分の人生を決める。一人一人がそういう意識を持つことが大切です。
私の場合は、日本の経済活動を止めない覚悟を抱くことが正義です。仮にコロナ感染による死者を100人少なくしたとしても、経済の困窮による自殺者が200人増えたとしたら、そんな社会は間違っていると思うからです。
リーダーとしての決断をするときに留意すべき判断基準はありますか?
森岡氏 それは「欲」ですね。欲こそがリーダーシップの根源と言えます。欲にネガティブなイメージを持たれる人もいるでしょうけど、この場合は目的のための活力源になる「正しい欲」を意味します。「欲望」ではなく、「欲求」。自分の周りの世界を少しでも変えていくには、欲が不可欠です。
ここで大事になるのは、「己が欲する」だけではなく、自分以外の他の「人が欲する」ものであり、それを達成するには他人の力を巻き込む必要がある、つまり「人を欲する」かどうかです。私の本『誰もが人を動かせる!』では、この原理を「3WANTSモデル」として紹介しました。これが最も理想的な欲のありかたでしょう。
例えば東京オリンピックは、私は願望も込めて、開催するべきだと思っています。しかし、オリンピックが単なるアスリートのための大会であったり、これを機に経済的な恩恵にあずかろうという人のためであったりすれば、誰もサポートしたくはないでしょう。大きな共益に資することが理解されて初めて、協力者が増えるのです。
大義を裏支えしているのは「正しい欲」
森岡さんご自身の事業も、3WANTSを意識されていますか?
森岡氏 もちろんです。沖縄に世界最新鋭のテーマパークを新たに建設する計画が進行中ですが、これが私個人の執念を晴らすためであったり、沖縄の一部の会社のみが利益を得るためであれば、誰も協力してくれません。沖縄の経済を発展させ、日本全体を活性化させるという大義があるから、関わる人たち全員が、本気で成し遂げようと奮い立つのです。その大義を裏支えしているのは、「正しい欲」です。
著書では「リーダーシップは生まれつきの資質ではなく、誰もが後から身につけられる」と書かれていました。
森岡氏 その通りですね。35歳からバイオリンを習い始めた私が演奏技術を会得できたように、リーダーシップは後天的な経験や意識づけによって獲得していけるものです。ただしリーダーに至る道筋は、その人の特徴によって異なります。人は大まかに3つのタイプに分類できます。思考力に優れたT型、コミュニケーション能力に優れたC型、統率力に優れたL型です。詳しくは本を読んでいただきたいのですが、それぞれの属性に適したリーダーシップの身につけ方があります。
森岡さんが最も重視されるリーダーシップの意義を教えてください。
森岡氏 変化の起点になれることです。世界を自分が望む形に変えていくための最初の一歩を、自分自身の力で踏み出す。そこにリーダーシップの大きな意味があります。最初の動きが小さかったとしても、一人の人間が本気で取り掛かり、周りを巻き込んでいけば、やがて大きな変化が生まれます。
私自身の経験を例に挙げれば、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)が復活したことによって、大阪全体への観光投資が増えました。同様に、沖縄のテーマパークが成功すれば、ホテルなど付随する施設を充実させなければならず、必然的に多くの投資が集まるでしょう。そういう意味では、私はまさに沖縄の新パークを変化の起点にしたいと強く願っています。
世界を変えるなどと言うと、大言壮語に聞こえるかもしれません。しかし、この記事を読んでくださっている誰もがみな、オンリーワンのはずです。その人にしか見えていないものが、必ずあります。そこから一つずつ変えていき、成功事例を積み上げていけば、徐々にフォロワーが増えるでしょう。
最初の一歩は、身の丈に合ったものでよいのですね。
森岡氏 今、自分にとって本当に大事なものは何かと突き詰めて考えると、多くても5つくらいしかないでしょう。この1年間に限れば、そのうち3つでも追求できれば上出来です。その3つも、結果が100かゼロかの極端な勝負をしなくていい。35点、45点でも確実に取って、実績を重ねる。肝心なのは、ゼロに終わらせないことです。そういう人が増えれば、日本の国民性もしぶとくなるのではないでしょうか。思うに日本人は淡泊すぎます。春には桜の花を「潔く散るのがよい」といって愛でますが、現実社会では簡単に散っては駄目です。その点、アメリカ人が好むのはオー・ヘンリーの「最後の一葉」。葉が枯れて色が変わっても、散るまで諦めない。いざとなれば、葉が散らない工夫まで実行します。
コロナ禍の今、解決しなくてはならない問題は山ほどあります。自分が属する共同体、それは家族でも職場でも地域社会でもいいですけど、その改善のためにプロとして培ってきた技能や知識を使命感を持って役立ててほしい、と切に願います。自分が望むだけでなく、人のためになることを探り出し、他の誰かを巻き込んでいければ、きっとうまくいきます。日本の未来は、我々一人一人が自分の「正しい欲」と向き合い、リーダーシップを発揮できるかにかかっています。

USJをV字回復させた日本を代表するマーケター、森岡毅氏の新刊書籍『誰もが人を動かせる! あなたの人生を変えるリーダーシップ革命』(日経BP)が、2020年12月14日に発売に。コロナ禍の今こそ必要なのは、人を活かし、自分の意志で未来を変えるための「リーダーシップ」。この「最強スキル」を獲得するためのノウハウを詰め込みました。著者自身は、どうやって苦しみながらリーダーシップを身につけたのか。エピソードを交えて語り尽くします。

森岡毅氏の書籍『マーケティングとは「組織革命」である。 個人も会社も劇的に成長する森岡メソッド』(日経BP)も好評発売中です。なぜ、日本企業はマーケティングを活かせないのか? なぜ、あなたの提案は通らないのか? 実戦経験を極めた著者が、あなたを成功に導く組織論です。
(写真/髙山 透)