AI(人工知能)チャットボット「ChatGPT(チャットGPT)」が話題だ。その性能の高さから様々な用途で利用され、公開からわずか2カ月で1億ユーザーを突破した。こうした言語AIや画像生成AIの急速な普及によって、私たちの仕事や働き方はどのように変わるのか。AI研究の第一線を走る東京大学大学院工学系研究科教授の松尾豊氏に、IT批評家の尾原和啓氏が聞いた。

東京大学大学院工学系研究科教授であり、日本ディープラーニング協会理事長でもある松尾豊氏とIT批評家の尾原和啓氏が、話題のChatGPTなど生成AIについて対談した
東京大学大学院工学系研究科教授であり、日本ディープラーニング協会理事長でもある松尾豊氏とIT批評家の尾原和啓氏が、話題のChatGPTなど生成AIについて対談した

 2022年以降、生成AIへの注目が一挙に高まっている。象徴的なのは、米オープンAIが開発した対話型AI「チャットGPT」だろう。オープンAIには、米マイクロソフトが複数年にわたって数十億ドル規模の投資を行ってきた。

 そもそもGPTとは、オープンAIが開発したテキスト生成AI「Generative Pre-trained Transformer」のこと。チャットGPTはバージョン3(GPT-3)を発展させた「GPT3.5」をベースにしている。23年3月14日には、従来の約8倍にあたる2万5000語までの文章を扱えるようにしたGPT-4を発表し、チャットGPTの有料版で使えるようにした。23年3月16日には米マイクロソフトがオフィスツールの「Microsoft 365」にチャットGPTを組み込むことを発表するなど、ビジネスでの活用がいよいよ本格化しそうだ。

 松尾教授は、人工知能やディープラーニングを専門とするAI研究の第一人者。AI技術が社会や経済にどのような影響を与えるかといった点に注目してきた人物だ。松尾氏によると、チャットGPTをはじめとする生成AIが急速に進化することで、「AIが人間の仕事を奪うことはない」という通説はついに覆るかもしれないという。

 生成AIがもたらす影響について、『アフターデジタル』(日経BP)、『ネットビジネス進化論: 何が「成功」をもたらすのか』(NHK出版)などの著書を持つIT批評家の尾原和啓氏が迫る。

松尾豊氏。東京大学大学院工学系研究科教授。1997年 東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年 同大学院博士課程修了。博士(工学)。専門分野は、人工知能、深層学習、ウェブマイニング。17年6月から、日本ディープラーニング協会理事長、20年6月から人工知能学会理事、情報処理学会理事
松尾豊氏。東京大学大学院工学系研究科教授。1997年 東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年 同大学院博士課程修了。博士(工学)。専門分野は、人工知能、深層学習、ウェブマイニング。17年6月から、日本ディープラーニング協会理事長、20年6月から人工知能学会理事、情報処理学会理事

従来のチャットボットを圧倒的に上回る

尾原和啓氏(以下、尾原) 22年から画像生成AIや言語AIのチャットGPTといった「生成AI」が話題になっています。こうした生成AI(ジェネレーティブAI)は、従来のAIと比べてどれだけのインパクトがあり、どんな先進性があると見ていらっしゃいますか?

松尾 豊氏(以下、松尾) ひとくちにジェネレーティブAIといっても、画像系と言語系では、技術的にもアプリケーション的にも違う話だと思っています。画像系の技術的な肝は拡散モデル(注1)です。15年くらいからあった技術ですね。一方の言語系は、深層学習モデル「Transformer(トランスフォーマー、注2)」を使った大規模なモデルで、大規模言語モデルとも呼ばれています。それにより従来のチャットボットの性能を圧倒的に上回っているのです。

注1)画像にノイズを重ねて、どの部分がノイズなのかをAIに予測させ、元画像に復元する。その学習を繰り返すと、逆にノイズだけの画像から解像度が高くきれいな画像を生み出せるようになる。

注2)グーグルが開発した深層学習モデル。「どこに着目するか」を示す機構(アテンションと呼ばれる)をニューラルネットワークに組み込んだことに特徴がある。例えば、言語の翻訳では、入力した文章の中から、どの言葉がどの言葉と結びついているかという着目度合いを勘案する。この仕組みによって、長い文章でも前後の整合性を保ち、自然な文章を生成できるようになった。

尾原 「従来のチャットボットを圧倒的に上回る」とは、具体的にどんな点でしょう?

松尾 アプリケーションとして「言葉を使ったタスク」が幅広くできるようになる点ですね。15年頃の第3次AIブーム初期には、AIが人類の知能を超える特異点、つまりシンギュラリティーが来るのではないかと話題になりました。また、多くの仕事を奪うのではないかという議論もされました。当時は「技術的にまだそこまでのレベルには至っていない」と否定していましたが、大規模言語モデルの性能がここまで上がった現在では「AIが多くの人の職を奪うのではないか」という問いを否定できない状況です。

 シンギュラリティーと呼ぶにはまだ早いと思いますし、チャットGPTができることとできないことは明確にあります。ただ、現状のチャットGPTの技術レベルでもかなり広範囲に対応できてしまうので、我々の社会やビジネスを大きく変えることになるのは間違いないでしょう。

尾原 どのようなビジネスに影響があると思いますか。あるいは、生成AIによってどんな新しいビジネスが生まれるでしょうか?

IT批評家の尾原和啓氏。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーでキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業の立ち上げを支援する。リクルート、ケイ・ラボラトリー(現KLab)、オプト、グーグル、楽天(現楽天グループ)などで事業企画、投資、新規事業に携わる。『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』(幻冬舎)、『アフターデジタル - オフラインのない時代に生き残る』(藤井保文氏との共著、日経BP)など多数の著書を持つ。滞在先のシンガポールからオンラインで対談
IT批評家の尾原和啓氏。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーでキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業の立ち上げを支援する。リクルート、ケイ・ラボラトリー(現KLab)、オプト、グーグル、楽天(現楽天グループ)などで事業企画、投資、新規事業に携わる。『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』(幻冬舎)、『アフターデジタル - オフラインのない時代に生き残る』(藤井保文氏との共著、日経BP)など多数の著書を持つ。滞在先のシンガポールからオンラインで対談

松尾 言葉を使うものがほぼ全て該当するので、本当に幅広いですよね。想像しやすいところでは、コンサルティングのアシスタント業務のようなものは全部できるようになると思います。それから法律、HR(人材)、マーケティングなどの業務もかなりの部分をAIが担えるようになります。ただ、これらはあくまでも一次的な変化であって、二次的な変化もあるはずです。

尾原 入力に言語を使う領域は圧倒的に進化するでしょうし、出力の部分をサポートする領域にも影響がありそう、ということですね。

 言語系AIがここまで進化したきっかけは、米グーグルによるTransformerモデルの発表です。最近ではマイクロソフトがオープンAIに出資し、AIサービスを強化しようと動いています。このグーグル対マイクロソフトの構図によって、今後どのような競争が加速すると思われますか?

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