ライブ配信サービス「SHOWROOM」を展開するSHOWROOM(東京・渋谷)の前田裕二社長に、個人が自らの才能やスキルで収益を得る「クリエイターエコノミー」について聞くインタビューの後半。ディープなファンによるクリエイター支援の仕組み構築を目指すという前田氏に、IT評論家の尾原和啓氏が迫る。
<前編はこちら>
尾原和啓氏(以下、尾原) クリエイターエコノミーでも、GAFAのようなIT大手が独占する形となってしまう可能性はないでしょうか。「SHOWROOM」や「smash.」はどう戦い方を分けていきますか。
前田裕二氏(以下、前田) これは、かなり変わっていくと思っています。根本的に僕がつくりたい世界とは、プラットフォームに優位性が偏らない世界なんです。
尾原 プラットフォームをつくってきた前田さんが、プラットフォームに偏りがない世界を語るんですね。(笑)
前田 まさに、自分自身がずっと自己矛盾を抱えながら、心底悩みながら、走っているポイントです。その説明をする前に、この記事を見てください。クリエイターが現状でどうマネタイズしているかの調査を紹介するものです。現状、多くのクリエイターのマネタイズモデルは、企業からのPR案件に偏っており、比率(最も多い収益源を聞いたもの)は77%となっています。
尾原 米国のシンクタンクによる記事ですね。投げ銭(Monetary tips)なんて3%しかないんですね。
前田 そうなんです。これは、ものすごい偏りですよね。米国の「Patreon(パトレオン)」というクラウドファンディングのサービスがあります。コンテンツ制作者がリカーリング(継続的)で収益を受けられるというのが特徴です。いわゆるサブスクリプションですね。クリエイターが安定して収益を得られるという点で注目しているのですが、上記のデータを見ると、そうしたサブスクは1%だけです。
こうした現状なので、クリエイターエコノミーは自由に見えて、あまり自由ではないんですね。自由ではない理由は2つあります。1つは、お金の出し手が企業となると、コンテンツ作りにおいてビジネス的な制約に縛られる、ということ。スポンサーへの気配りや公共放送としての責任から、テレビの制作が自由ではないことと良く似ています。
もう1つの理由は、パワーバランスがプラットフォームに偏っているということです。例えばYouTubeでBAN(アカウント凍結)されたり、再生単価を下げられたりしたら、たちまち食べていけなくなります。
僕は、クリエイターエコノミーは「王宮型」のエンタメに戻るべきだと思っている節があります。王宮型というのが何かというと、これを見てください。これはベートーベンのピアノソナタ第21番の楽譜です。ウィーン出身の名門貴族、ワルトシュタイン伯爵に献呈された曲なんですね。
尾原 当時の作曲家は誰か個人のために作っていたんですね。
前田 そもそも芸術家、クリエイターの起源をたどると「toB」ではなくて「toC」で作っていたわけです。ものすごく少ないtoC、1人とか2人とか、100人以下のCです。クリエイターエコノミーでいうところの「スーパーファン」に当たると言えばいいでしょうか。この「toC」に戻っていく必要があると考えています。なぜなら現在のクリエイターは、幅を取る勝負になっているからです。
尾原 どうしても再生数や登録数といった話になってしまい、広く愛されなければ、となってしまいますね。
前田 そうです。広く愛されようとすると、圧倒的なユーザーベースを誇るサービス、いわゆるGAFA系サービスを使おうとなります。極論すると、クリエイターが力を持っているというより、プラットフォームが力を与えている状況なんです。
尾原 プラットフォームが何らかのアルゴリズムで判定して、ブーストしている。
YouTuberが気にする「急上昇」
前田 だからクリエイターのほうも、どうやったら「おすすめ」に載れるかといったことばかり考えてしまう。YouTuberたちは「急上昇に入れるか」をとても気にしています。急上昇に入るために、プレミアム公開(指定した時間に動画を予約配信できる機能)をやって、お祭りのように仕立てるなどです。凄く引いた目で見ると、プラットフォームのアルゴリズムの力に負けている状態だと思うんです。でも幅を取りに行かないと、クリエイターとして食べていけない。
王宮型なら、そんなことは気にしなくていいんです。ベートーベンは、ワルトシュタイン伯爵のためだけにピアノソナタを書きました。ほかにも有名な例で言えば、ワーグナーもそうです。ワーグナーにとって最大のパトロンは、バイエルン国王のルートヴィヒ2世でした。
ルートヴィヒ2世は、ワーグナーの書く曲、あるいはクリエイターとしてのワーグナー自身にもうほれ込んでいたわけです。そして、破格のオーダーを出すなどして、活動を支えていった。ルートヴィヒ2世による心酔がなければ、ワーグナーは現世まで名を残す偉大な音楽家にはならなかったかもしれません。
尾原 ほんの一部の時代の先を行く美学のようなものを理解してあげられる人がお金を出して、その人が見えている世界と掛け算することで世の中と違うものを作り上げることができて、100年後になってもまだ人を感動させられるんですよね。
前田 まさに。ワーグナーはルートヴィヒ2世のためだけに作る、というような。それでも彼は音楽家として生きていけたわけです。こういう形を、僕は「王宮型」と呼んでいます。
王宮型に戻るというのは、つまり幅の評価から、深さの評価もされるべきだということです。ルートヴィヒ2世のようなパトロン、極論すると誰か1人2人でもめちゃくちゃ入れ込めば、それでやっていける。そうした世界では、そのパトロンとの絆はそう簡単には壊れないですから、優位性がかなり演者側に寄ってくるんです。演者は、プラットフォームに依存せず、安定的に自分のクリエイティブを収益化できる。
尾原 演者だけが見えている世界を表現していいんだよ、と。時代の先を行っている人たちを深さで応援できる世界ですね。
前田 僕は、プラットフォームの立ち位置としては2つしかないと思っています。1つはECプラットフォームのShopify(ショッピファイ)のように、あくまでプラットフォームというよりはツールを提供する側。あなたが出店するときにはこのツールを使うと便利ですよ、という方向に変わっていくでしょう。
尾原 確かにShopifyはあくまで売りたい人たちの力を加速させるためのツールです。
前田 SHOWROOMも機能を追加してツール型の性格を帯びてきていこうとしていますが、演者の立場に立つと、いろいろなツールあるいはプラットフォームを使い分けるべきなのでしょう。「生配信×マネタイズ」という意味ではライブ配信サービス、ライトなコミュニケーションはTwitterやインスタで、ディープ&クローズドコミュニケーションはオンラインサロンなど、また別のツールを使うとかですね。
もっとツールが分散していくと思っています。これも、プラットフォーム自体が分散ツール化する仮説と、あるいはプラットフォームの力は弱まり、Shopifyのような純粋なツールが台頭する仮説があります。今後どうなるかワクワクしますね。
もう1つは、「晴れ舞台」としてのプラットフォームが必要です。クリエイターが輝いていることを感じられる場ですね。クリエイターがなぜクリエイターたるか、なぜ僕らが応援するのかというと、話をしているときは普通の人に見えても、いったん本業のことに移ると、圧倒的にすごい才能を発揮している。その「日常と舞台」のギャップに胸を打たれる部分もあると思います。クリエイターがまぶしく輝いている姿を表せるアウトプットの場が必要なんです。
尾原 普段の地道な場ではない、がーっとゾーンに入って輝いている瞬間ですね。
前田 まさに。例えばですが、ベートーベンがオーケストラを率いて指揮をしてくれたら、「なんて偉大な人なんだ……耳の障害も乗り越えてこんな楽曲・楽団を率いて人を感動させている……」となりますよね。でも自分はパトロンとして応援しているのだから、普段から普通に会える。そんなとき、パトロンであることの優越感を抱いたり、ちょっと心が満たされる感覚を得るんじゃないでしょうか。
尾原 あの人の日常を知っているのはオレだけみたいな、そういうギャップを感じることができる喜びですね。
前田 その身近な部分、日常性があることの揺さぶりがとても重要だと思っています。身近な側のサービスが、SHOWROOMや、けんすうさんのアル(東京・渋谷)が運営する「00:00 Studio(フォーゼロスタジオ)」 といったライブ配信サービスだと思っています。でも身近な部分だけだったら、クリエイターのクリエイターたるゆえんがなくなってしまうので、我々はプロクオリティーの縦型短尺映像を配信する「smash.」をつくりました。
尾原 スポットライトが当たって、鳥肌が立つ瞬間を見ることができるわけですね。
前田 はい。格の違いを見せつける、圧倒的に輝ける場がないと。今までは、それを映像で見せるスクリーンがテレビや映画だったわけですが、スマホ上にも同じものを作り出したかったのです。今のクリエイターエコノミーに欠けているのは、「晴れ舞台」だと僕は思っています。
月1万円払う「国王」を100人生み出す
尾原 スポットライトが当たる晴れの舞台だから、憧れも生まれるし、その中でクリエイターがゾーンに入って、偉人に化けてしまう瞬間を見ることができる。そのために、化けさせてあげられる空間をつくることが、クリエイターエコノミーを加速させる、と。面白いですね。
前田 あと、最後に追加で論点を加えると、僕が今やりたいと思っているのは、購入者側といいますか、視聴者側でスターをつくることです。
尾原 応援する側のスターですか。
前田 そうです。一定数の国王をつくらなければならない、と思っています。もちろん、年間1億円出しますという国王がいる世界は健全ではありません。100人のファンが月1000円から1万円くらいのお金を払うイメージです。
100人のファンが1万円を払えば、月100万円の売り上げがあるわけで、手数料やもろもろを差し引かれても、手取りで30万円から50万円くらい自分に入ってきます。毎月それくらいの収入があれば、食べていくことができますよね。クリエイターにとってのクリエイター保護という観点と、幅ではなく深さで生きていくという意味では、100人×1万円ぐらいが最も健全ではないでしょうか。
尾原 月1万円というと、しっかり応援してくれている人って感じですね。
前田 そうです。イメージで言うと、平日のど真ん中にトークイベントをやったとき、有休を取ってでも来てくれる、というレベルです。アーティストが「本当のファンって何ですか」と聞かれたときに思い浮かべるのは、その100人です。プロデューサーの秋元康さんは「認知と人気は違う」という話をよくされます。広く認知されているだけでなく、本当のファンがいて、人気の深さでちゃんと数字が取れることが、今後重要になっていくのではないかと思います。
そうした世界を個人でつくっていくのは、今までは難しかったのですが、今日では、このツールさえ黙って使ってくれていればファンが100人まで増えますよ、という優しいツールが増えてきました。
SHOWROOMもまさにそういったサービスであるわけですが、アプリのディレクションに沿って言われるがままやってきたら「なんとなく自分にもファンがついてきたな」となっていきます。つまり、どうやったら最初の100人のファンがつくかが科学された作りになっているということです。今後は視聴者側のスターをつくる仕組みを含め、さらにクリエイターの人生が、ひいてはそれを享受する消費者の人生が豊かになるように、場を進化させていきます。
(写真/菊池くらげ)