発酵食品に特化した「発酵デパートメント」(東京・世田谷)をご存じだろうか。この小さな発酵食品専門店の品ぞろえは売れ行きよりも網羅性を重視、こだわりのPB(プライベートブランド)商品や発酵関連の書籍も扱っている。毎週ポッドキャストを配信し、店舗ではトークイベントも開催。日本の発酵文化を全力で伝えるユニークな店づくりが特徴だ。
東京の人気エリアの一つである下北沢に、その店はある。オーナーである発酵デザイナー・小倉ヒラク氏が日本各地で出合った発酵食品の中から500種ほどを選んで直接仕入れ、ずらりと並べている「発酵デパートメント」だ。しょうゆや味噌など定番の調味料から、各地で根付くユニークな漬物、酒まで、発酵にまつわる商品を幅広く扱う。
例えばしょうゆなら、「濃口」「薄口」「再仕込」「たまり」「白しょうゆ」に加え、「九州しょうゆ」と「魚しょう」の7カテゴリーを網羅する。一般のスーパーではほとんど見かけない白いしょうゆや大豆不使用のしょうゆなどもそろう。店内では各種のしょうゆの味見も可能だ。
発酵文化には地域性があり、土地それぞれの味の多様性がある。好き嫌いで商品を選別するよりも、奥深い文化すべてを提示する道を選んだのが、この店だ。「“世界の発酵みんな集まれ”を目指したい」と小倉氏は話す。
販売スペース以外には、珍しい発酵食品や郷土料理を食べられるカフェレストラン、発酵文化を知るためのギャラリースペース、発酵にまつわる書籍コーナーを併設している。さらにはトークイベントや発酵ワークショップ、発酵食品の生産者を訪れるツアーも開催している。発酵に関するありとあらゆるものが集まっている、文字通り「発酵デパートメント」だ。
発酵デパートメントが生まれたきっかけは、2019年に渋谷ヒカリエで行われたイベント「Fermentation Tourism Nippon~発酵から再発見する日本の旅~」だった。17年から19年の3年間、全国47都道府県、100カ所以上の醸造所を訪れた小倉氏が、日本各地の珍しい発酵食品を紹介するイベントだった。
このイベントは、全国のみならず、世界各地からの来場者で人気を博し、商品販売も非常に好調だった。そのため、小田急線下北沢駅の地下化によって生まれた線路跡地を利用し、20年4月にオープンした新たなスタイルの商店街「BONUS TRACK(ボーナストラック)」への出店要請が舞い込んだ。そこで、リアル店舗を構えることを決めたという。
実は、小倉氏はベストセラー書籍『発酵文化人類学』(KADOKAWA)の著者でもある。発酵デザイナーとして、「見えない発酵菌たちの働きを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、醸造家や研究者たちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開している。発酵食の研究を深め、フィールドワークを通してさまざまな発酵食に出合い、全国の醸造家とのつながりもできた。
「発酵デパートメントでは発酵食品や関連活動を通じて、健康な食生活とライフスタイル、そして人々のつながりに役立ち、発酵の未来を示していきたい」(小倉氏)。新型コロナウイルス禍のさなかにオープンして約2年がたったが、際立つコンセプトが浸透し、すでに成長軌道に乗っている。筆者が22年5月の平日の昼ごろに訪れた際も、来店客が多く訪れ、レストランも満席となっていた。
「うれしい誤算」からのスタート
発酵デパートメントは当初、カフェレストランをメインとし、併設で食料品店もあるという形が想定されていた。しかし、20年4月の緊急事態宣言によってカフェレストランは苦戦、反対にステイホームで自炊する人が増え、当初それほど期待していなかった小売りのほうが予想より大幅に伸びた。オープン時、自社のECサイトはなかったが、予定より早く立ち上げ、わずか半年でページビューが10万近くに達した。
特に売れたのが、手作りの納豆キットやぬか漬けなどの「発酵DIYキット」だ。コロナ禍で学校も自宅学習となったため、子供と一緒に発酵食品を作ることは「おうち時間」を充実させる家族のアクティビティーとして重宝された。また、自炊する機会が増えたことで、料理をおいしくする調味料に凝る人も出てきた。
そこで発酵デパートメントのECサイトでは、月1回、自炊が豊かになるレシピ動画と発酵調味料が届くサブスクリプションサービス「発酵自炊サブスク」(月額4000円、税込み)を始めた。「好きだから買う」だけではなく、まだ見ぬ発酵調味料が届き、意外性、好奇心がそそられるため、人気商品になった。
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