「食の進化」を通して人と社会の変化を追う連載の第4回。今回のテーマは、大阪にあるスパイスカレー店店主の古市邦人氏が生み出した「サーカスキッチン」だ。サーカス団のように移動しながら、農山漁村や過疎地域と都会の飲食店をつなげる新しいスタイルの料理店。地域へおいしい料理と感動を提供するだけではなく、自分の個性に合わせた働き方や社会の在るべき姿も見えてきた。
日本の農山漁村や過疎地域は人口が少ないため、フード関連に限らず専門店の経営は成り立ちにくい。選べる専門サービスが少ないことで生活の利便性は下がり、その結果、人口減少が進むなど、悪循環に陥っている。
一方で、都市部にあるさまざまな専門料理店は、地方で作られた食材を仕入れ、おいしい料理を提供している。ならば、都市部のおいしい料理を地方において持続可能な形で提供する仕組みをつくれば、地域の住民は喜んでくれるのではないか。それが、サーカスキッチンの発想の原点だ。
サーカスキッチンを生み出した古市邦人氏は、月々4万4000円(税込み)~で日本各地に住める多拠点居住サービス「ADDress(アドレス)」の利用者。これまで、全国転々としながら新しい働き方や暮らし方を模索してきた。実際に過疎地域で生活を体験する中で、現地の生活者の困りごとを肌で感じたという。そこで、自分が得意とするスパイスカレーでチャレンジを始めた。
どのような営業形態にするかが、最初の問題だ。人口が少ない過疎地域では、毎日営業するスタイルは供給過多になる。だが、需要に合わせて営業頻度を調節できる仕組みがあれば、専門店サービスも成り立つはず。そこで、古市氏が思いついたのが、サーカスのように地方を巡回する料理店のモデルだった。
サーカスのような「非常設型」の料理店
古市氏は、幼少の頃住んでいた香川県で、両親にサーカスへ連れて行ってもらったことがある。普段遊んでいる山や庭とは全く違った雰囲気に心を躍らせた。サーカスは普段静かな町にやって来る非日常であり、楽しい思い出の時間だ。「僕のサーカスの記憶は幼少期で止まっているが、大人になった今でも鮮明に思い出す。そんなサーカスと自分が得意な料理を掛け合わせようと考えた」
サーカスは動物を使った芸や人間の曲芸など、複数の演目で構成されるエンターテインメントだ。特徴としては、どこへでも移動可能な点が挙げられる。それとは対照的に、動物園は固定の場所で動物が檻(おり)などに入れられており、人が移動して動物を見る。まさに、店舗の場所もシェフも固定されているレストランと、場所もシェフも固定ではないサーカスキッチンとの違いだ。サーカスのような「非常設型」の料理店は、都市部から過疎地域へと自由に移動することで、地域に足りないピースを埋め、地域の暮らしを変える。
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