「食の進化」を通して人と社会の変化を追う連載の第3回。今回のテーマは「サバ」だ。サバ料理専門店などを手掛ける鯖やグループ(大阪府豊中市)はNTTドコモと連携し、デジタル技術を活用したスマート養殖の実用化を目指している。また、環境にやさしいエサの生産と流通の仕組みを構築し、サステナブルな完全養殖を進めている。サバの養殖技術の進化から、食におけるサステナビリティートランスフォーメーション(SX)の姿が見えてきた。

サバ愛にあふれる鯖やグループの右田孝宣社長。サバの完全養殖に取り組む
サバ愛にあふれる鯖やグループの右田孝宣社長。サバの完全養殖に取り組む

 2021年3月8日、日本記念日協会が認定する「サバの日」であるこの日、鯖やグループはICT(情報通信技術)とAI(人工知能)を活用して育てた完全養殖のサバを期間限定で初めて出荷した。

 鯖やグループが運営する「とろさば料理専門店SABAR」は、関西を中心に東京、シンガポールで19店舗を展開している。サバの塩焼きと味噌煮はもちろん、串カツ、棒ずし、薫製サバなど、サバ尽くしのメニューは、なんと全38品もある。人気は、「とろさば」と呼ばれる脂の乗ったサバの刺し身としゃぶしゃぶだ。

SABAR 阪急三番街店(写真/筆者)
SABAR 阪急三番街店(写真/筆者)

 右田孝宣社長が07年に大阪府豊中市でサバすしのデリバリー事業から始めた鯖やグループは、今やサバ専門の外食、中食のみならず、養殖業にまで取り組んでいる。いわばサバの総合商社である。

 では、なぜサバの養殖に参入したのか。右田氏によると、刺し身で提供できる高品質なサバの調達が難しくなってきたことが背景にある。「脂質含有量が多い、天然のとろさばに頼っているが、漁獲量は減少傾向にあり、事業継続のリスクが高まった。また、安心・安全でおいしい養殖サバの供給量を拡大し、サバ文化を守り、漁業を活性化したい」と話す。

 というのも、日本の水産業は漁業従事者の高齢化などによる担い手不足、そして気候変動が重なり、過去30年間で漁獲量は3分の1にまで減少している。一方、世界の漁獲量は過去30年間で2倍以上に増えており、それをけん引しているのが養殖業だ。世界の食用魚の50%が養殖魚だが、日本は25%程度にとどまる。

 一方、食用魚の中でもサバは栄養価が高く人気のある魚だが、天然魚に多くを頼る構図で養殖が占める割合はごくわずか。近年はサバの漁獲量が減少しており、需要に対して供給が追いついていないのが現状だ。

 ちなみに、魚の養殖は大きく蓄養と完全養殖に分けられる。蓄養とは、自然界から捕獲してきた幼魚を成魚に育てたり、成魚をさらに大きく成長させたりすることだ。一方、人工種苗から成魚になるまで育てるのが完全養殖。右田氏が取り組むのは、より難易度の高い完全養殖だ。

養殖したサバは、2021年3月に「うめぇとろサバ」というブランドで出荷された
養殖したサバは、2021年3月に「うめぇとろサバ」というブランドで出荷された

 実は右田氏は、過去に鳥取県などの養殖場と連携し、ブランドサバの蓄養をスタートしたことがある。16年のことだ。ある程度の成果が得られたが、期待通りにならないことも多かった。「我々はもっとおいしくて手ごろな価格でサバを消費者に提供したかったが、生産者は勘や経験に頼り、ノウハウも蓄積されていない状態で、高品質のサバを安定して提供することが難しかった」(右田氏)という。

 そこで、17年7月にサバの完全養殖を手掛ける技術関連会社、フィッシュ・バイオテック(大阪府豊中市)を立ち上げた。それから2年半余りたった20年1月、和歌山県串本町にある養殖場を拠点にサバの種苗生産と完全養殖を始めた。

 完全養殖の第一歩は、優良な親サバの卵から育成する人工種苗の開発だ。フィッシュ・バイオテックは自社の研究、飼育設備で選抜育種を経て、病気に強く、成長が早い種苗を有する。しかも、寄生虫の一種であるアニサキスのリスクが極めて低く、生で食べられるのでより高い栄養を取れる。さらに安心・安全でおいしい完全養殖サバを安定供給するため、20年5月にはNTTドコモと業務提携。ICTとAI技術を活用した種苗生産からのスマート養殖事業に乗り出した。

超音波で水中のサバの体長を計測

 NTTドコモとスタートした実証実験では、主に次の4つの項目でデータの取得と活用を進めており、スマートフォンアプリで生育確認、成長予測、在庫数なども管理している。

  1. 水中カメラ/エサに食い付く様子など、魚の動きの状態監視による病気予兆と成長予測
  2. ソナー超音波/体長と体重の測定による1匹ごとの識別と出荷時期などの在庫管理
  3. 海洋観測/リアルタイムで水温や酸素、塩分濃度を測定し、給餌のタイミングと最適な量を決める
  4. 衛星観測/衛星から観測した水温や雨量データで1週間先の海流変化を予測する

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