「塚田農場」や「四十八漁場」などの飲食店を展開するエー・ピーホールディングス(APHD)。2020年4月には大手チェーン店に先駆け、コロナ対策として全店一斉休業を実施してから、さまざまな施策を矢継ぎ早に実施。外食産業におけるリーディングカンパニー的な存在感を増している。その原動力となっている同社取締役執行役員COO(最高執行責任者)の野本周作氏が、20年11月18日に開催したオンラインイベント「飲食店経営DXセミナー」にて、コロナ禍における飲食店経営の舞台裏を解説した。

 2020年度は売上高250億円を目標にしてきたが、おそらく3分の1程度まで落ち込む可能性がある――。20年11月18日に開催したオンラインイベント「飲食店経営DXセミナー」の中でこう切り出したのは、エー・ピーホールディングス社長の米山久氏だ。「塚田農場」をはじめ、さまざまな飲食店を手がける同社は同年4月、他の飲食チェーン店に先駆け、いち早く全店休業を実行した。

 「本社移転でコスト削減したり、雇用維持のための施策を実施したりとさまざまな手を打ってきたが、それでも最終的には相当額赤字になると予測している。これをどのようにカバーし、将来の投資と捉えられるか。飲食店経営者のみなさんも同じようなチャレンジをしているところだと思う」(米山氏)。

エー・ピーホールディングス社長の米山久氏
エー・ピーホールディングス社長の米山久氏
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香港、シンガポールの店舗動向から長期化を予想

 米山氏に引き続いて、登壇した同社取締役執行役員COOの野本周作氏は「コロナ禍がそこまで深刻化していなかった3月末に、なぜ先陣を切って全店休業を判断できたのかと、よく問われる」と話す。その答えは、「実は当社は2期連続で赤字決算。19年度は黒字必達に向けて、週次でマーケット動向や業績管理を行っているタイミングだった」(野本氏)からだ。

 それに加えて、海外展開している香港、シンガポールの店舗のコロナ禍による影響が、日本よりも約1カ月早く出ていた。「20年3月末時点で、その2カ国が収束していない状況を見ると、日本市場の長期化も想定できたことから、休業を早く決断できた」(同氏)という。

 結果的に19年度決算は黒字を確保したものの、20年度は大きな赤字となる見込みだ。「キャッシュの確保は何とかができているので、この苦境を乗り越えたい」(野本氏)。全店休業開始直後から、さまざまな取り組みをしてきた。まず、手を付けたのが、消費されずに在庫が積み上がっていく食材の「地鶏」をどうするかということだった。「ステイホーム」で自宅待機の消費者に届けよう、ということでECサイトを10日間で立ち上げた。

 超短期間でECサイトを稼働できたのは、休眠中だった自社ECサイトがあったからだ。一度、赤字で撤退したEC事業だったが、提供する食材を「地鶏」や「鍋」などに切り替えて復活させたのだ。「一斉休業するというアナウンス直後のECサイト公開だったので、反響が大きく、発送業務が一時パンクするほどだった」(野本氏)という。

 一斉休業は3週間の予定だったが、緊急事態宣言が延長されるなどして、最終的には2カ月間にわたった。「当初は100%の給与補償するつもりが、結果的に6割支給に切り替えざるを得なかった。苦渋の決断だった」(野本氏)。そこで、同社は生活費貸し付けや食材提供、住宅費減免支援、副業を解禁し協力企業を探して他社での就労をあっせんするなどの施策で雇用の維持を図った。

数多くのコロナ対策を実施してきたエー・ピーホールディングス取締役執行役員COOの野本周作氏
数多くのコロナ対策を実施してきたエー・ピーホールディングス取締役執行役員COOの野本周作氏
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休業明けでも試練は続いた

 雇用維持へ布石を打ちつつ、一斉休業中の「塚田農場」でトライアルを始めた。店頭でのテークアウトを4月中旬からスタートさせて、総菜や弁当、食材を販売。同時にUber Eatsや出前館などのデリバリーサービスやテークアウト予約システムOkageに対応したり、自前の宅配バイクを調達し鮮魚系居酒屋「四十八漁場」で自社配達サービスの取り組みをスタートさせたりもした。

 加えて、20年6月の休業明け直前には、東京・芝公園にあった本社オフィスを引き払い、池袋の閉店店舗へ移転するコスト削減策を発表。一斉休業発表後から一連のコロナ対策の取り組みが注目され、エー・ピー社のメディア露出は一気に増え、外食産業における認知度・イメージが向上したが、これが逆効果となる可能性も懸念も少なくなかった。

 というのも休業が明けても、客数は前年水準に遠く及ばず、結果として人件費や販促費を抑制する必要があったからだ。特に「塚田農場」では、認知度アップにより新規客が増加し始めていた一方で、スタッフ不足による接客時間の減少、簡易版に変更したメニューの投入などにより、「どれを選べばいいか分からない」「商品の良さが伝わらない」といった顧客の不満、ひいてはせっかく来てくださったお客様がリピートにつながらない懸念が発生しかけていた。

 そこで、いくつかの対策を取り組み始めた。「おすすめメニュー」の更新サイクルを3カ月から2カ月に短縮して“リピーターの飽き”を回避するようにし、加えて、初めての来店でもオーダーしやすく、満足度が高いセットメニューを開発してオーダーのストレスを減らす工夫に取り組んだ。

 メニューを簡易版にしたことや接客時間が短くなったことで伝える機会が減少してしまった「商品の良さを伝えるストーリー」は、ランチョンマットに印刷することで、理解してもらう機会をつくり、むしろ接触時間を増やすことに成功した。この他、オリジナルマスクケースを期間限定で配布したり、「塚田農場アプリ」のアイコンを着せ替えられる工夫を仕掛けたりして、KPI(重要業績評価指標)では計測できない「面白いから塚田農場に行ってみようか」という施策も実施してきた。

経営の意思決定の質を高めるためにDXを活用する

 同時に「損益分岐点の引き下げが必要になる」と野本氏は考えている。売り上げが7割になってしまった状態で事業を継続していくためには、「固定費(家賃や人件費など)の圧縮」と「変動費率(売上高に対して仕入れ原価やパート・アルバイト人件費などの変動費の割合)の低下」を目指さなければならない。

 「その考え方を、科目別、組織別、中期・短期別に具体的に落とし込み、通期の売り上げが65%になっても利益がプラスになるよう企業体質を強化している。何となくできそうだということではなく、誰がどこまで責任を持つのか明確にすることが生き残り戦略になる」(野本氏)

 そうした経営の質向上に直結するのが「企業変革のためのDX(デジタルトランスフォーメーション)活用」と野本氏は言う。さまざまなデジタル化された情報を集めて、経営の意思決定に活用している。例えば、自社既存店の売り上げ変化を前年比だけで見るのではなく、マーケットデータ、しかも全体ではなくエリア別や時間帯別の詳細と比較することで施策の精度を上げている。

 「店舗運営していると肌感覚で何となく分かっていることかもしれないが、データで見える化することで、自信を持ってシフトを組み直すことができるし、食材の仕込み量も変わってくる」(野本氏)。データを使って意思決定をしていくことで、経営が強くなっていくというわけだ。

より一層の来店目的を持ってもらうことが復活のカギに

 「なぜ、これだけのことを短期間でやってきたのか。後から考えてみると、2つのファクトがあったからだった」と野本氏は考えている。1つが「食べるという需要はなくならない。食べる場所やお金を払う対象の内訳が変わるだけ」ということ。もう1つが、「外食産業市場はコロナ禍以前の7~8割程度までしか戻らない」ということだ。

 この前提に立って何をすべきか――。答えの1つが「『せっかくだから、あの店に行こう』『今日はあの料理を食べに行こう』など、より一層の来店目的を持ってもらうこと」と野本氏は解説する。外食頻度が下がってくると、1回当たりの重要性が高まるからだ。わざわざ外食してもらう価値をどのように高めるか。「そのカギがDXにあるのではないかと思っている」(野本氏)。

 トライアルしていく中で、うまく行かなかった例もある。例えば、銀座や恵比寿で展開している高級焼鳥店で、個室用にモバイルオーダーを取り入れてみた。確かに人件費は抑制できるのだが、店の特徴である「ワイン」の出数が落ちてしまったという。「モバイルオーダーという手段の導入を安直に先行させると、地鶏とお薦めワインの組み合わせを楽しんでほしいという、お店のコンセプトが伝わりにくくなってしまう。目的に合わせて手段をどう組み合わせて、カスタマイズしていくかが重要」と野本氏は分析している。

 数少ない外食のタイミングでお店を選んでもらえるようにするためには、こうした“お店の良さ=ブランドのストーリー”を知ってもらうことが重要だ。紙名刺(※注)程度の役割でしかなかった「塚田農場」の専用アプリに、商品の魅力やストーリー、ブランドのストーリーなどの情報を盛り込み、「おいしい理由をお客様に届ける」という機能を積極的に開発しているという。「21年春には、皆様に面白いものを見せられるよう開発を進めている」と野本氏は話す。

 さらにその先には、店舗内で提供できるサービスの品質をDXで明確にして、さらなる改善につなげる計画がある。「まだ企業秘密だが、塚田農場では“真のKPI”を策定し、動画情報を使って計測しようと考えている」と野本氏は打ち明ける。

 一般的なKPIは客数や客単価などを計算して、売り上げに直結した指標を定めている。それに加えて、「入店待ち時間」や「料理のXXXX」といった独自指標(真のKPI)を、店内の動画データから計測することで、一般的なKPIでは測れない“顧客満足度向上”につなげたいというのだ。

 21年が本格的にスタートしてからも、コロナ禍の勢いは収まらず、さらなる苦境に立たされる外食産業。その成果がいつ花開くのか。「明けない夜はない」と信じて改革を続ける野本氏、そしてエー・ピーホールディングスのチャレンジは始まったばかりだ。

「真のKPI」を経営に取り入れようと挑戦するという野本氏
「真のKPI」を経営に取り入れようと挑戦するという野本氏
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(※注)
塚田農場には「紙名刺」という独自サービスがある。顧客の来店を「出勤する」と表現し、来店を重ねると紙名刺が昇進していく。最初は主任で、そこから出勤の回数によって課長、部長、専務、社長へと昇進するたびに、料理のサービスが受けられる。これを「紙」ベースから、「スマホアプリ」ベースへ移行させている。

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