2020年11月16~17日に開催した「日経クロストレンドFORUM 2020」には、サントリーコミュニケーションズ執行役員 デジタルマーケティング本部長の室元隆志氏が登場。サントリー食品インターナショナルの新規事業として開発した法人向け健康支援サービス「SUNTORY+(サントリープラス)」を中心に、グループのマーケティングDXについて語った。
2020年11月17日のセッションに登場したサントリーコミュニケーションズ執行役員デジタルマーケティング本部長の室元隆志氏はまず、サントリー食品インターナショナルが20年7月に提供を開始した「SUNTORY+」について説明した。
SUNTORY+は、ユーザーの健康リスクチェックを行い、その判定結果に基づいて日常生活で取り入れやすい“超低ハードル”な生活行動を複数提案する無料アプリ。血圧・血糖・コレステロール・体脂肪など、主に生活習慣病の対策となる約50種類のタスクが用意されており、ユーザーは好みの項目を選んで実行することで、健康行動を習慣化する仕組みだ。
既存の健康アプリは、血圧・体重などを手入力する必要があったり、目標が高かったりと達成が難しいものが多く、続けにくい傾向がある。そこで、筑波大学発の研究成果活用企業、THF(茨城県つくば市)の社長で、筑波大学名誉教授の田中喜代次氏監修の下、生活動線上に取り入れやすいタスクを設定。日々の健康行動を可視化することで達成感を得やすくしたという。
また、SUNTORY+導入企業には、職場にサントリー専用の自販機を設置するメニューも用意。「黒烏龍茶」「胡麻麦茶」「特茶」「伊右衛門+」といった生活習慣病対策となる商品を販売することで、サントリーが提供する健康飲料の飲用を習慣化するのが狙いだ。
データ活用に“サントリー”らしさはあるか
SUNTORY+開発のきっかけになったのは、「テクノロジーが劇的に社会を変化させている中で、サントリーも社会全体の変革に対応するため、DXに取り組まなければならないという思いだった」と室元氏は振り返る。
「国内の飲料市場は頭打ち。その中でサントリーはメーカーとして製品をつくり、店頭に届け、商品を売るという売り切り型のビジネスをしている。直接販売ができる自動販売機の販売チャネルはあるが、コンビニなどが台頭した影響で自販機での売れ行きも伸び悩んでいた」(同氏)。この課題を解決するため、ユーザーに寄り添い、継続的に価値を提供し続けて長期的な購買を実現できるサービスを模索したのだという。
その過程ではまず、サントリーが目指すマーケティングDXとは何かを議論した。
同氏らが重要と考えたのは、「消費者の購買情報、行動情報などを分析することで、顧客理解において競合や流通を凌駕(りょうが)する」ことだった。
前述のように、メーカーのビジネスは基本的に商品を製造し、販売店に届けるだけ。購買情報は流通などが所有していて、メーカーは直接手に入れられない。「お客様を理解し、商品開発や営業、マーケティングに生かすことでお客様に価値を提供する。それにはもっとデータが必要だと思った」(室元氏)。
だが同時にある疑問も湧いてきた。それは「データを使って顧客を理解することにサントリーらしさがあるのか?」ということだった。
サントリーは1899年に創業。国産ウイスキーを初めて製造し、一世を風靡した庶民派バー「トリスバー」や、ウイスキーに炭酸を入れる「ハイボール」などによって、それまでの“静かに楽しむ”ウイスキーの概念を覆す提案をしてきた。
「自社の代表的な製品を振り返ったとき、単純にお酒や飲料をつくって提供するのではなく、そこにまつわる意味や文化までつくってきたことが、お客様に受け入れられ続けた理由ではないかと思った。成長してこられたのは、本格的な商品をお手ごろ価格でお届けできる『モノづくりの力』と、メディアを駆使して体験イメージを届ける『コト創りの力』があったから。これがサントリーの源泉だと気付いた」(室元氏)
その上で、これを現代に落とし込むなら、「モノづくり」と「コト創り」に加え、通信技術に立脚したデジタルと製品を中心としたリアルを統合してユーザー体験(UX)をつくり、社会や消費者に還元すること――それがサントリーのコアバリューになるという結論に達したのだ。
顧客課題に寄り添い、UXを強化
そこでサントリーが目を付けたのが、企業の健康経営ニーズの高まりだった。室元氏によると、厚生労働省の16年のデータでは、40歳以上は1人当たりの医療費が段階的に増えているという。一方、企業の人口ピラミッドの推移予測では、20年は45~54歳あたりがピークだが、30年になると50~59歳がボリュームゾーンになる。つまり、企業から見ると、1人当たりの医療費が高額になる世代の従業員の割合が増えるということだ。
室元氏は、「医療費が大きくなることは企業課題であり、社会課題でもあると感じた。そうなる前に、未病の段階で健康習慣を身に付けてもらう。健康意識が低い従業員の健康意識も喚起し、手軽に楽しく健康習慣を改善する価値を提供していくことが重要だと感じた」と話す。
これがSUNTORY+の構想につながっていく。健康意識が低い人が健康を意識するのは通常、健康診断や人間ドックしかないが、飲料メーカーなら自販機やコンビニなどの売り場を通じて接点を持てる。職場や家など、日常生活の動線上にも接点を設けられるため、健康習慣を訴求しやすい。
「サントリーは、人が抱える今の悩みや将来のリスクを幅広くカバーできる健康飲料群を持ち、テレビCMなどを通じて長年健康を喚起するコミュニケーションをしてきた自負もある。健康行動は続きにくいものだが、そこはコミュニケーションで行動変異や継続を促す活動を行ってきた経験から、顧客課題解決の役に立てるのではないかと思った」(室元氏)
これはサントリーの事業にとってもプラスだ。健康意識が高まれば健康飲料を手に取る機会が増え、継続購買の売り上げが期待できる。企業の職場に専用の自販機を設置すれば平日の飲料習慣が定着し、さらには土日を含めて習慣的に健康飲料を飲むユーザーの市場が創造できるともくろんでいる。
デジタル化を急ぐのは禁物
今は多くの企業でDXへの関心が高まっている。DXというと、会社や事業、ブランドの課題を起点に、それらをどう変革していくかと考えがちだ。それに対し、室元氏は「DXはあくまでも手段にすぎない」と念を押す。
「我々はこれまで顧客課題や社会課題を解決し、お客様が思ってもみなかったような価値を創造してきたからこそ、サントリーの商品や提唱する文化が受け入れられてきたのだと思う。だから、ブランド課題から発想することが正しいとは限らない」(室元氏)
大切なのは、今ある顧客課題や社会課題をグループ会社が持っているビジョンやコアバリューと照らし合わせ、自社が取り組む意義や解決の可能性からDXのコンセプトを導き出していくことだというのが室元氏の主張だ。
最後に「サントリーも試行錯誤しながら絶賛DXに取り組み中。新しい価値を提供できるDXを考えている」と結んだ室元氏。時代の波に乗り遅れぬようにとデジタル化をただ急ぐのは得策ではない。その企業らしさを忘れず、顧客に寄り添って課題解決の道を模索することが必要だ。