2020年11月16日に開催されたオンラインイベント「日経クロストレンドFORUM 2020」の基調講演には、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2020」大賞に選ばれた日本コカ・コーラの和佐高志CMO(最高マーケティング責任者)が登壇。「こだわりレモンサワー 檸檬堂」のヒットの舞台裏を語った。モデレーターは日経クロストレンドの佐藤央明副編集長。
炭酸飲料の知見を生かしたアルコール飲料
2019年10月に全国発売されるや、レモンサワー市場のトップクラスに躍り出た日本コカ・コーラの「こだわりレモンサワー 檸檬堂」。開発を指揮したのは、日本コカ・コーラの和佐高志CMOだ(関連記事「見せた清涼飲料の矜持 美しき「檸檬堂」マーケティングのすべて」)。
和佐氏は、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)で洗剤や化粧品、ホームケア用品、紙製品などのブランドマネジメントを手掛け、2009年に日本コカ・コーラに入社。同社では「綾鷹」や「爽健美茶」などのお茶、コーヒーやジュースなどのブランディングに携わってきた。
グローバル企業であるコカ・コーラグループにおいて、日本は開発力や市場開拓力に一目置かれていると和佐氏は話す。ジュースや炭酸飲料が中心の国が多い中、独自の商品を展開。それが海外に広がることも多く、「スポーツ飲料の『アクエリアス』はスペインでもすごく売れている」(和佐氏)。
檸檬堂もそんな日本の開発力が生かされた商品。日本コカ・コーラの新規事業部が開発した同社初のアルコール商品で、レモンサワーに特化したブランドだ。
和佐氏は「アルコール市場を調査した結果、家庭内でも外食でもチューハイカテゴリーの商品が伸びていることが分かった。特にレモンサワーは人気のフレーバー。(日本コカ・コーラは)炭酸飲料に長年の知見もある」と着眼の理由を語る。
18年5月に九州でテストマーケティングを実施。19年10月に全国で販売を開始した。試飲した消費者からはとにかく「おいしい」と好評だったそうだが、和佐氏には最初から「おいしくてなんぼ」という思いがあったそうだ。
それというのも「各地にあるレモンサワーのおいしい居酒屋を回ってみると、店で飲むものと市場で売られている商品とで差があると感じた。そこで、店のレモンサワーのような“クラフトマンシップ”を缶に詰めて売ることができないかと考えた」のが檸檬堂の起点。そして、それを実現するための試行錯誤から生まれたのが、皮ごとレモンをすりおろしを酒に漬け込む「前割りレモン製法」などのアイデアだからだ。
「鬼レモン」「塩レモン」「はちみつレモン」などのフレーバーと合わせ、アルコール度数も3%、5%、7%、9%と異なる商品を用意している。果汁をたくさん入れたため原価は上がったが、プレミアム価格帯というのも1つのポジショニングと捉えた。
和佐氏によると、「レモンサワー専門店で好みのフレーバーや度数を出す、というのが商品コンセプト」。檸檬堂という名前や酒屋の前掛けをモチーフにしたパッケージもそこから決まったのだという。
定番化にはこれからどう育てるかが問題
では、そもそも日本コカ・コーラがなぜアルコール飲料を開発することになったのか。こう問われると、和佐氏は「我々の主戦場である清涼飲料水にアルコールメーカーが侵食してきている実情に対し、やり返さなければという思いから。なんとか一泡吹かせたかった」と笑って見せた。
とはいえ、海外では飲料とアルコールの垣根を越え、メーカーが商品を展開することはほとんどない。プレッシャーはなかったのか。
「特になかった。この案件については、消費者調査に頼るも頼らないも含めて私に全権が与えられた。グローバルからの要望は、『コカ・コーラならではのものを出してくれ』ということだけ。そこで、小さなチームで開発を進めた」と言う。
そんな和佐氏が、消費者に商品を購入してもらうために必要な要素として挙げるのが、「ストッピングパワー」「ホールディングパワー」「クロージングパワー」の3つのパワーだ。
ストッピングパワーは店頭で「これ何?」と気づかせ立ち止まらせるための、ホールディングパワーは手に取ってどんな商品か興味を持ってもらうための、クロージングパワーはカゴに入れてもらうための力、それぞれの仕掛けのことだ。
ホールディングパワーからクロージングパワーへ移行させるためには商品のパッケージなども関係する。「商品を手に取るときは裏面(のデザイン)にもヒントがあるのではないか。檸檬堂では『前割りレモン製法』という文言がそれに当たる」と和佐氏。
また、先に挙げた3つのパワーは、P&Gが提唱したマーケティングの概念「FMOT(ファースト・モーメント・オブ・トゥルース)」に含まれるものだが、「それ以前の『ゼロ・モーメント・オブ・トゥルース』(ZMOT)も大切だと思う。これは、店頭に行く前の認知の醸成。その結果、3つのパワーが働いて買ってもらえる。
そしてその後に来るのが、実際にブランドイメージを体験して価値を判断する『セカンド・モーメント(・オブ・トゥルース)』。この組み立てがマーケティングでは非常に重要になる。これがないと定番化するのは難しい。セカンド・モーメントで価値を認めれば、ファンがSNSを通じたアンバサダーにもなってくれる」と説明した。
最後は、和佐氏にとってのマーケティングの定義に話題が及んだ。和佐氏によると「物が売れる仕組みに携わることはすべてマーケティング。コカ・コーラ内でのミッションは売り上げを持続すること」だという。
檸檬堂は発売から1年がたつが、「定番化するには2~3年はかかる。いかに定番ブランドに育てるかはこれからのブランディングや商品開発にかかっているので、気を抜かずに育てていきたい」(和佐氏)。
「学生時代、ラッキーストライクなどを手掛けた産業デザイナー、レイモンド・ローウィに憧れた。もし、マーケティングにキャリアを託すなら1度でいいからアイコニックな定番ブランドを作ってみたいと夢見ていた。実現は難しいと思うが、檸檬堂がそうなってくれたらいいという思いがある」と締めくくった。
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