デジタルテクノロジーの進歩やSNSの普及は、マーケティングに新たな風を吹き込んだ。一方で、ステルスマーケティングなどの課題も浮上し、消費者の信頼を揺るがす問題の引き金にもなっている。こうした「マーケティングの転換期」にある今、マーケターにはどのような視点が求められるのか。ファンベースカンパニー(東京・渋谷)会長の佐藤尚之(さとなお)氏と、電通カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センターのセンター長である並河進氏が、これからのマーケティングに求められる条件について語り合った。

※本稿は、2023年1月27日に開催した日経クロストレンド・カレッジのセミナー「2023年『愛されるマーケティング』の在り方とは」から抜粋、再編集したものです。
「マーケティングの転換期」にある今、マーケターにはどのような視点が求められるのか。ファンベースカンパニー会長でファンベースディレクターの佐藤尚之(さとなお)氏と、電通カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センターのセンター長である並河進氏が議論した
「マーケティングの転換期」にある今、マーケターにはどのような視点が求められるのか。ファンベースカンパニーの佐藤(さとなお)氏と、電通の並河氏が議論した

――2022年9月に日経クロストレンドで行った特集「『マーケの危機』、今再考すべきこと」内で、お二人の対談は読者から大きな反響を呼びました。本日は前回の対談内容を踏まえ、「愛されるマーケティングの在り方」と「2023年にマーケターが意識すべきこと」の2つをテーマとしました。まずはお二人の仕事内容や活動について紹介をお願いします。

▼関連特集「マーケの危機」今、再考すべきこと 【前半】対談「なぜマーケティングは嫌われるのか」 顧客は“人”なんだ 【後半】マーケで「好かれるべき人に好かれる」には? さとなお氏対談

佐藤尚之氏(以下、さとなお) 12年前に電通から独立し、現在はファンベースの考え方に基づいた取り組みを行っています。ファンベースとは、一言で言えば、「社外・社内にいるファンを大切にし、ファンをベースとして中長期的に売り上げや価値を上げていく」考え方。時々誤解されることもあるのですが、新規顧客に対するアプローチやキャンペーンが効かないと言っているわけではありません。むしろ、ファン向けの中長期的な施策をベースとして、新規顧客への短期的な施策を組み合わせるのが最も効果的だという発想から生まれた考え方です。だからファン「ベース」なんですね。

 もともと私自身、コピーライターや広告プランナーとしてのキャリアが長く、話題化して認知を獲得し、いかに売り上げにつなげるかということを追求してきました。ところが、05年くらいから情報量もコンテンツ量も天文学的に増えて、広告が伝えたい相手にものすごく届きにくくなってしまった。もう届く方が奇跡、と思うくらい届きにくくなった。これではクライアントの貴重な予算を預かることはできないと途方に暮れていた中で出合ったのが、「一番信頼できる情報源は、家族や友人である」というデータでした。それであるならば、確実に情報が届くルートを中心に広告コミュニケーションを構築し直そう、と考えて辿りついたのがファンベースです。

佐藤 尚之 氏
ファンベースカンパニー会長

電通入社後、コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し、ツナグ設立。19年にファンベースカンパニー設立

並河進氏(以下、並河) 電通でクリエーティブディレクターとしてキャリアを積み、現在は、電通カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センターのセンター長を務めています。

 同センターは21年1月に発足した、マス広告やSNS、アプリなど、さまざまな領域のクリエーターが集まる部署です。カスタマーエクスペリエンス(CX、顧客体験)と聞くと、カスタマーサービスなどのイメージが強いかもしれませんが、我々は購買前から購入後に至る一連の顧客体験をCXと捉えています。これまで広告業界は「出合った瞬間に“いいな”と振り向いてもらう」ことに情熱を注いできました。また、クライアント企業もテレビCM担当やSNS担当、問い合わせ担当など顧客接点ごとに部門が分かれるケースがほとんどでした。しかし、お客さんの視点に立てばすべての顧客接点がブランド体験です。そこで、CX全体に寄り添える組織をつくったのです。

並河 進 氏
電通カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センターのセンター長

2016年から電通デジタルに出向。デジタルを活用したクリエーティブに取り組み、17年、アドバンストクリエーティブセンターを立ち上げる。21年1月から現職。企業と社会を結ぶソーシャルプロジェクトと、デジタルを活用したプロジェクトが得意領域

 22年7月には、佐藤さんと一緒にファンベースの視点を通じて企業のCX全体の改善開発を支援する「ファンベースCXプログラム」もスタートしました。

 このプログラムでは、ファンの推奨行動を後押しし、LTV(顧客生涯価値)の継続的な向上と新規顧客獲得の双方を相乗的に循環することを目指した取り組みをはじめ、社員のモチベーションアップやファン化、また、ファンとの協創といった総合的なソリューションを提供しています。

佐藤氏と並河氏がともに手掛ける「ファンベースCXプログラム」の概要
佐藤氏と並河氏がともに手掛ける「ファンベースCXプログラム」の概要

 ここまでの自分のキャリアを振り返ると、私は仕事を通じて持った「違和感」をきっかけに活動を広げてきました。例えば、00年代には、広告をつくるより、企業が社会にとってより良いことをしたほうが本来の広告の目的を達成できるのではないかと考え、新しい広告の形を模索し始めました。そうしてソーシャルデザインやSDGs(持続可能な開発目標)が浸透し出す前から試行錯誤を重ね、社会的意義への共感で商品をお客様に選んでいただく「コーズ・リレーテッド・マーケティング」などに取り組んできました。

 10年代中盤以降は、新興のデジタルマーケティングと従来のクリエーティブとの距離が遠いことに違和感を覚えて、新組織を電通デジタル内に立ち上げ、両者の融合を図る取り組みも進めてきました。

この10年間で、マーケティング業界に起きたこと

並河 そういった問題意識も踏まえ今日の対談で私が佐藤さんにまず伺いたかったのが、ここ10年のマーケティングの在り方です。佐藤さんがここ10年の変容を見てきて、違和感や気になっていることはありますか。

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