エグゼクティブサーチ会社「ハイドリック&ストラグルズ」日本オフィスで活躍する渡辺紀子氏が21世紀を勝ち抜く「異能のキャリア」を紹介する連載シリーズ。第3回に登場するのは、東京大学卒業後、大手商社に勤めながら3年で脱サラし、留学当時の友人らと中国でベンチャーを始めた佐野史明氏だ。

佐野 史明(さの ふみあき)氏
北京国能環科環保科技公司 海外主管
1984年生まれ、武蔵高等学校中学校の6年を経て2008年東京大学農学部卒業。双日勤務を経て中国のスタートアップ北京国能環科環保科技公司に参画。17年清華大学MBA取得。在学中に東京大学と清華大学とのアントレプレナーシップ交流プロジェクトをコーディネート。現在は日中両国企業やベンチャーキャピタル/インキュベーターの顧問などを兼任しながら、両国企業間のビジネスを促進
渡辺紀子氏が見た佐野史明氏

 私は東大で中国文学を学び、最初に就職した豊田通商では食品部に所属し、中国やASEAN諸国相手に食品のセールスとマーケティングに従事していました。2007年には中国食糧メジャー「COFCO」との合弁会社、中糧豊通食品公司へ出向。技術・販売部の総監として北京五輪に向け、商品の供給で成果も上げました。佐野さんとのつながりもズバリ中国。10年ほど前に北京で、共通の知己から紹介を受けたのです。

 私と近いバックグラウンドを持ちながらも、若くして起業に挑む。しかも、急速な経済発展の裏で、環境汚染が問題視される中国の助けになる事業に乗り出していた。成功すればビッグビジネスに結びつきますが、高校時代の短期留学をきっかけに育んだ、現地の友人との絆から生まれた、純粋な中国への思いがその行動を支えている。今っぽくてユニークな青年だなぁ──と感心することしきりでした。だから、彼の生い立ちや今後の抱負を知れるよい機会だと、私も今回の記事を楽しみにしていた一人なんです。

佐野氏(左)と渡辺氏(右)
佐野氏(左)と渡辺氏(右)

 佐野(史明)さんは東京にある私立の武蔵高等学校中学校の出身。私は同校を何度か取材しており、OBも何人か知っています。趣味的な面も含め、それぞれに学究肌ですね。

 「確かに俗世間離れしているというか、卒業生には研究者が多いです。僕の部活は山岳部でしたが、校内ではマイノリティー。でも、仲間には同志社大学で探検部に入り、今では秘境ガイドになった者もいますよ。現在はコロナ禍で身動きが取れないので、オンラインで富士山ガイドなどしています。ぶれてないですね(笑)」

 「武蔵が中国の名門校(編集部注:北京の中国人民大学付属高級中学)と提携してくれていたおかげで、在校中に中国に行けたんです。02年の春で期間は1カ月半でしたが、プラス2週間、同じく留学した者と『2人で自由に旅行しなさい』と言われました。危ないから2人で行動しろ、という意味合いもありますが……(笑)」

02年、北京市で交換留学のカウンターパートたちと(左から3人目が佐野氏)
02年、北京市で交換留学のカウンターパートたちと(左から3人目が佐野氏)

三国志をきっかけに渡航し、リアルな中国に興味

 いかにも武蔵らしい。武蔵は創立時から「東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物」「世界に雄飛するにたえる人物」「自ら調べ自ら考える力ある人物」を建学の三理想に掲げていますね。現役生徒を世界に雄飛させる国外研修制度も1988年には開始。他にドイツ3校・フランス2校、オーストリア・英国・韓国各1校と提携する中で、なぜ中国を選んだんですか?

 「当時は三国志愛が強くて、その遺跡を巡りたかったのが最大の理由です(笑)。成都から重慶と巡り、白帝城にも行きましたが、三峡ダムの開発によって、その後は移設されてしまい、元通りには見られない。田舎に行くと環境破壊が激しかった。歴史じゃない、リアルな中国に関わりたいと、留学後は中国の環境問題に関わると心に決めました」

 その後、東大に進学。何を学んだんですか?

 「高校時代に“理転”できず、文Ⅱ(教養学部文科Ⅱ類)に入って傍系進学で農学部に進みましたが、選んだのは実験もなく、自由な学科(編集部注:農業・資源経済学専修)。そこでフィールドワークをしたかったんです。FTA(自由貿易協定)がはやった時期で、卒業論文では中国の農業企業について現地調査をしました」

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