連載9回目は、問題解決パートにおける実験のフェーズを解説する。ポイントは、最初から完璧なものを求めようとせず、失敗を前提に少ない予算でプロトタイプをつくること。実験の数がイノベーションに比例すると言っても過言ではない。

前回(第8回)はこちら

 実験のフェーズでは、アイデアから製品やサービスを試験的につくり、実際にどのような価値を顧客に提供できるかを確認します。不具合があれば修正をします。何が課題なのかを見つけ、対策を施します。このプロセスを何度も繰り返し、完成に近づけます。

 重要な点は、いかにお金をかけずにプロトタイピングをするかです。そこで今回は、米アマゾンの電子書籍リーダー「Kindle(キンドル)」の開発事例を紹介します。今では世界中で使用されているKindleですが、最初の投資額はわずかでした。

 創業者のジェフ・ベゾスがKindleの開発を考えたのは、2004年のあるカンファレンスでソニーの電子書籍リーダー「LIBRIe(リブリエ)」のデモンストレーションを見たときだったそうです。「E Ink(イーインク)」という電子ペーパーの表示技術は、創業当初から紙の本を扱っていたアマゾンにとって、驚異的であり魅力的でもありました。

 早速、ベゾスは30台のLIBRIeを取り寄せて従業員に配り、利用を促しました。当時の彼の右腕であったスティーブ・ケッセルを責任者に任命し、オリジナルの電子書籍リーダーを開発するプロジェクトも立ち上げました。

 1つの画面に何行の文字を入れるべきかといった議論はもちろん、「Fiona(フィオーナ)」と名付けたKindleの試用機を社員に使わせ、実際の顧客と同じ行動を取るようにしました。好きな場所にメモを付加できる機能を試したり、アマゾンのサイトから新しい本を買ってダウンロードしたりしました。連日のように会議室に集まり、黙々と本を読んだそうです。

●初代Kindleの写真(https://commons.wikimedia.org/wiki/User:ShakataGaNai)
●初代Kindleの写真(https://commons.wikimedia.org/wiki/User:ShakataGaNai)

顧客の声があれば、最小限の投資や時間で効果的に軌道修正

 ポイントは最初から完璧なものを求めようとせず、人間中心の視点で何が価値ある機能やサービスなのかを低コスト・低リスクで確認し、改善し続けたことです。ベゾスは、新しい事業を立ち上げる場合の実験について、次のように述べています。

 「アマゾンの成功は、毎年、毎月、毎週、毎日の繰り返しの実験からきている。どれだけうまく設計しても多くは失敗するが、コストを減らせば何度も実験ができる。もし、100回の実験を1000回に増やせたら、イノベーションの数を劇的に増やせる」

 最初の実験に何億円もかけることはできません。失敗を前提にしたうえで、少ない予算で実験を始めることからスタートすべきです。Kindleのプロジェクトの場合、最初の投資はソニーの電子書籍リーダーを購入する費用だけでした。しかし、この費用と社内でのテストを通じ、問題点が見えてきたのです。

 例えば、当時の電子書籍リーダーはパソコンがなければダウンロードができず、さらにパソコンに専用ソフトをダウンロードする必要がありました。それだけでは機能せず、別の関連ソフトをダウンロードすることも必要でした。ネットワークへの接続も手間になっていました。

 そこで、当初の予定にはなかった通信機能を装備したプロトタイプをつくるようになりました。単体で簡単に使えるようにすることの重要性を、実験から確信したからです。アマゾンはわずかな投資額により、概念のレベルで機能を考えるだけでなく、実際に手を動かしながら顧客の価値について理解を深めたのです。その後、さらに多くのテストを繰り返し、最終的に初代のKindleを07年に発売しました。

 もし状況が許すなら、実際の顧客から生の声をもらうことがベストです。そうすれば、自分たちが想定していたアイデアが、顧客に対してどのような価値を実際に提供できているかが、より明確になるからです。極秘のプロジェクトの場合、社外の人に対するテストは難しいかもしれません。しかし、最小限の投資や時間で、効果的に軌道修正のポイントを知ることができます。


参考文献
4
この記事をいいね!する