連載7回目は、詳細化のフェーズで学んできた「ニーズ」や「インサイト」から「業界の非常識」をつかみ、それを新しい事業機会につなげるプロセスを解説する。重要な点は企業視点ではなく、人間中心の視点で顧客が持つ“ストーリー”を分析・理解することにある。

前回(第6回)はこちら

 今回は、事例を参考にしながら「ニーズ」「インサイト」「業界の非常識」について具体的に学びましょう。これらから新しい事業機会を導き出すためには、どんなプロセスがあるのでしょうか。ここでは文章上での伝わりやすさを重視し、最もシンプルな以下の3ステップを紹介したいと思います。必ずしも一直線に進むものではありませんが、顧客の考え方の基本ともいえる“ストーリー”を分析・理解できれば、今まで気づかなかった「視点」を得られるようになり、新しい事業機会への突破口を見いだせるようになります。

図はシンプルに示したが、このよう一直線に進むわけではない。実際には行きつ戻りつしながら理解することになる
図はシンプルに示したが、このよう一直線に進むわけではない。実際には行きつ戻りつしながら理解することになる

 最初のステップは、「印象的だった顧客のストーリーを共有する」ことです。以下に実際の例を交えて紹介します。

 ある観光関連の企業が新しい旅行サービスを開発しようと考え、「顧客にとって新しい旅行体験とは何か」「それをどうデザインするか」を議論していました。実態を把握するためプロジェクトチームは国内の観光地に足を運び、旅行者を対象に調査を始めました。そこで出会ったのは、白い子犬と茶色い子犬を連れて散歩している女性でした。

 その女性は観光地の近所に住んでいる地元の方でしたが、大勢の旅行者でにぎわう様子が好きで、あたかも自分がちょっとした旅行をしているように散歩を楽しんでいました。本当は子犬を連れて遠くへ旅行に行きたいけれど、移動のことや宿泊先のことを考えるとなかなか難しいとも言っていました。彼女のストーリーはとても印象的だったようで、プロジェクトチームで調査の振り返りを行ったときに真っ先に話題にあがったほどです。

 次のステップは、「印象に残っている理由を掘り下げながら、プロジェクトチームが新しく手にした事実を明確にする」ことです。

 子犬を2匹連れていた女性の話が印象的だった理由を話し合った結果、それには2つありました。

 1つ目の理由は、ペットと一緒に旅行へ行く際に重要な点を理解できたことです。ペット連れとなると障害が多いことは、プロジェクトチームも予想はしていましたが、そういった人の話を直接聞くのは初めてでした。インタビューの結果により、「旅行先で子犬たちが快適に過ごせるかどうか」を飼い主は最も気にしていることに気づいたのです。例えば、「ペット同伴OK」というレストランが旅行先にあることは大前提として、何かあったときのために宿泊先の付近に動物病院があるかどうかも重要だという点です。

 もう1つのポイントは、家の近所を散歩しているだけに見えていても、飼い主からすれば子犬と一緒に旅行気分を味わえていたことです。今まではプロジェクトチームの誰もが「旅行とは遠くへ足を運ぶもの」「家の近所を歩くことは散歩であり、旅行ではない」と仮定して調査をしていたと気づきました。

 このように、散歩していた女性との関わりで知ることができたストーリーは、プロジェクトチームにとって非常に印象深いものになりました。

開発目標の大幅な修正も受け入れる

 最後に、「ストーリーを理解して得られた事実を抽象化し、新しい視点に転換する」ことが重要です。

 今回の調査を通じて、プロジェクトチームは1つのニーズと1つのインサイトを得ることができました。ニーズは、ペットを飼っている飼い主に特有のものでした。飼い主自身が快適な移動や宿泊体験することではなく、ペットにとって快適な環境を旅行中に確保することへの強いニーズがあることです。これまで、飼い主のための旅行サービスをプロジェクトチームで考えたことはありましたが、どちらかといえば飼い主が主役でペットを脇役の扱いにしていたことに気づきました。

 インサイトは、自分たちや業界関係者の思い込みに光を当てたものとなりました。具体的には「家の近所の散歩であっても、にぎわいの中で旅行と同じ気分を味わえる」ということです。この企業は今まで、「いつも住んでいる場所とは遠く離れた場所で、非日常を味わってもらう」ということを踏まえて、旅行サービスの開発をしていました。日常生活とは離れた場所でこそ非日常を味わえるという考え方は、この企業が所属する業界において疑う余地のない前提だったのです。

 プロジェクトチームは「もしかしたら、遠くの土地へ移動しなければいけないという考えは、私たちの思い込みかもしれない」と感じるようになりました。もちろん、遠くに出かけて非日常を味わうことも旅行の面白さかもしれません。しかし、楽しそうに家の近所を旅行気分で歩いている様子を目の当たりにしたことで、今までとは違う発想の「旅行」にも可能性があるのではないかと気づきました。家の近所での散歩を旅行として捉えるという、業界の非常識にたどり着いたのです。

 以上のステップが、詳細化のフェーズの取り組みを簡素化して説明したものになります。最後に、重要な点を3つにまとめます。

 1つ目は、前回までに紹介した発見のフェーズで得られたニーズやインサイトを顧客やユーザーのストーリーとして丁寧に振り返って理解を深めることです。これにより、業界の非常識にたどり着く可能性が高まります。

 2つ目が、詳細化のフェーズのプロセスは非常に難しいことを覚悟することです。業界の常識に染まっている人にとって、客観的かつ論理的に顧客のストーリーを分析しても理解できず、業界の常識からなかなか抜け出せないからです。

 3つ目のポイントが、プロジェクト目標の大幅な修正も受け入れることです。詳細化のフェーズでニーズやインサイトをうまく導き出せた場合、プロジェクトチームが当初想定していた形ではない新しい事業機会を見いだすことになります。プロジェクトのスコープ自体を変える可能性があることも前提に取り組んでください。

 次回からは問題解決のパートに焦点を当て、「探索」「実験」「展開」の各フェーズについて紹介していきます。

筆者によるデザイン思考のプロセス「d.seed」モデル。左側が問題発見のパートで、右側が「探索」「実験」といった問題解決のパートになる
筆者によるデザイン思考のプロセス「d.seed」モデル。左側が問題発見のパートで、右側が「探索」「実験」といった問題解決のパートになる
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