連載6回目は、デザイン思考で重要な「インサイト」の導き方について解説する。単に顧客の様子を観察しても、インサイトを把握することはできない。まずは企業や顧客の視点を明確にし、そのうえでどこが重なり、どこがズレているかを理解しなければならない。

「インサイト」(insight)を直訳すれば、「洞察力」「気づき」などとなるでしょう。マーケティング用語では、「潜在ニーズ」といわれる場合もあるようです。デザイン思考でのインサイトは、「これまで自分たちが見落としていた視点」を意味します。
「ニーズ」ならば、顧客の発言や行動などから推測することは比較的、簡単にできます。しかしインサイトとなると、これまで自分たちが見落としていた視点ですから、難易度は高まります。インサイトを導き出すには、以下の3条件をそろえなければならないと、私は思います。
- (1)自社/業界がどのような視点に立っているか言語化できている
- (2)顧客の視点も言語化できている
- (3)自社/業界の視点と顧客の視点を統合し、どの領域が重なり、どの領域にズレがあるのかを理解している
重要な点は、自社/業界と顧客の立ち位置を明確にして、両者のズレを認識することにあります。このために不可欠な要素が「視点」です。では、視点とは何でしょうか。国内でコーヒーショップを展開している企業を例に説明します。
この企業で顧客にアンケートを取ったところ、顧客満足度が低いと分かりました。顧客体験をより良いものに変える必要があります。このとき「1杯400円のコーヒーの価格が高いから顧客満足度が低い」と考えた社内担当者がいました。「価格」という視点で顧客満足度に問題があると思ったからです。一方、「他の店に比べて、うちの店舗のコーヒーはクオリティーが低いかもしれない」と考えた社内担当者もいました。この担当者は「品質」という視点で顧客満足度に問題があると判断したのです。どちらの視点が正しいのでしょうか。
実は、これらの視点に正解はありません。企業の視点がさまざまであると同時に、顧客が持っている視点もさまざまだからです。どの視点が優位かによって、事実である「顧客満足度が低い」という現象をどう解釈するかが変わってくるだけです。
例えば、「頼んだコーヒーをゆっくり楽しむ雰囲気がなく、いつも騒がしい」という意見の顧客がいるかもしれません。この場合、重要なのは「価格」でも「品質」でもなく「空間」ということになります。
実際、米スターバックスは、1980年代から「空間」という視点を意識しながら、戦略的にその事業を展開してきました。それだけが成功要因とは断定できませんが、旧来の「価格」や「品質」という視点とは異なるものの見方で、スターバックスはコーヒーショップの存在価値自体を再定義することに成功したのです。
視点が変われば、企業にとって行動すべき指針が変わります。それが独自の行動パターンやルールにつながれば、他社と大きく差異化できる要因になります。
これまでの行動パターンやルールは、どんな視点で生まれたのか
どうしたら視点を意識してインサイトを導き出せるようになるのでしょうか。企業が最初に考えるべき点は、これまで用いてきた独自の行動パターンやルールについて改めて考えることにあるのではと、私は思っています。
独自の行動パターンやルールが、なぜ企業に存在するのかを探り、背景にある考え方を理解できれば、どうしてそのような考え方に至ったのか、どんな視点があったのかを認識できるでしょう。そして、かつての視点が現在でも当てはまるかどうかを考えるのです。
例えばアパレル業界でよく見られる独自の行動パターンに、シーズンが変わるごとに1つ前のシーズンの商品を安く売り、「在庫一掃セール」を展開することがあります。
このような独自の行動パターンがあるということは、それを生み出す「視点」があるからです。「シーズンに合う服の提供が重要」という視点に立つと、シーズンごとに服を変えることが当たり前になり、シーズンが終わると在庫を一掃したくなります。そして、シーズンを先取りして店舗に服を供給することも重要と考えるようになってきます。こうした行動パターンが利益率の低下につながっていたとしても、なぜかやめようとしません。
一方、「ZARA」ブランドを運営しているスペインのインディテックスは、従来のアパレル業界とは違う視点に立ちました。それは「顧客が好む服の提供が重要」という視点です。シーズンという「時期」に合わせてビジネスを展開するのではなく、売れている商品をさらに生産するという「需要」に合わせてビジネスを展開したことで、一気に業績を伸ばしました。
視点は抽象的な概念ですが、それがあることで具体的な行動パターンにつながるだけに、非常に重要です。次回は、発見のフェーズで得られた顧客やユーザーに関する動きから、具体的にどんなプロセスを踏まえれば新しい事業機会を見いだせるかを考えていきます。