デザイン思考の基礎を学ぶ連載の5回目は、「ニーズ」と「インサイト」について考えていく。ニーズとは一般に「必要性」と言われるが、デザイン思考ではやや異なる。ニーズの意味が分からなければ、インサイトの意味は理解しにくい。

前回(第4回)はこちら

 今回は、筆者によるデザイン思考のフレームワーク「d.seed」で問題発見のパートを構成する「詳細化」のフェーズについて紹介します。詳細化のフェーズでは、「発見」のフェーズの活動を通じて得られた情報を整理し、今まで見落としていた新しい視点がないかを検討します。それによって、前回までに紹介した「業界の非常識」を見いだすことがゴールとなります。

 詳細化のフェーズにおけるキーワードは2つ。「ニーズ」と「インサイト」です。まずはよく使われる「ニーズ」という表現について、デザイン思考ではどのような意味を持つのかを解説します。

デザイン思考のフレームワーク「d.seed」は、「Discover(発見)」「Specify(詳細化)」「Explore(探索)」「Experiment(実験)」「Develop(展開)」の各フェーズで構成する
デザイン思考のフレームワーク「d.seed」は、「Discover(発見)」「Specify(詳細化)」「Explore(探索)」「Experiment(実験)」「Develop(展開)」の各フェーズで構成する

ニーズには「緊急」「不可欠」といったニュアンスがある

 ニーズは英語のneedsから来ており、日本語では主に「必要性」と言い換えられるでしょう。デザイン思考の場合、そこに「緊急」「不可欠」といった差し迫ったニュアンスを含んでいます。単に「欲しい」ではなく「優先順位が高い」という意味合いがあります。

 例えば「英語をネーティブレベルで話したいですか?」とアンケートを取り、対象者の20%がYesと答えたとします。その中には、「何が何でもネーティブレベルで話したい」と日ごろから思っているAさんがいれば、「たまには海外旅行にも行くので、できれば話せるようになりたい」といったBさんもいるでしょう。「別に仕事でも日常でも使う機会はない。お金も時間もかけないで楽に話せるならそうしたい」といったCさんも含まれていると思います。

 このような調査結果を踏まえた場合、ニーズが明らかにあると判断できるのは、どの人でしょうか? それはAさんだけです。BさんもCさんもアンケートにYesと回答していますが、Aさんに比べると英語を話すことへの「緊急性」や「必要性」が薄いからです。

 デザイン思考という方法論を使うかどうかに限らず、顧客のニーズを考える際はAさんのような人のみを「ニーズがある」と捉えるほうがうまくいくことは言うまでもありません。BさんやCさんのような心理の人に、優れた英語のサービスを提供しても時間やお金を使う可能性は低くなります。

 2007年に米国で販売された米アップルの初代iPhoneの4GBモデルで、消費者のニーズをイメージしてみましょう。さまざまなメディアで取り上げられましたが、「そこまで欲しくはないし、役に立つかもよく分からないけれど、とりあえず自腹で買った」という人は少ないはずです。当時の価格は日本円で5万円以上でした。そんなiPhoneを買おうとするのは、商品に対する強い欲求を持った人だけです。

 iPhoneを企業向けのIT端末として事業展開しようとすれば、こうした人気はなかったでしょう。極端な例で言えば、「自社に必要かどうか分からないけど、何となく欲しいと思った」という理由で、米ボーイングや欧州エアバスから新型ジェット機を購入する航空会社は存在しません。

 つまりニーズとは、「顧客が最優先で求めている変化」を意味しています。BtoCビジネスなら対象の消費者にとって、BtoBなら対象の企業にとって、そのときに緊急だったり不可欠だったりするものです。

インサイトとは業界の非常識へとつながる新しい視点

 発見のフェーズで得られた情報を整理し、何が顧客にとって優先順位の高い変化なのかを明らかにしてニーズを見つけた後は、そのニーズをどのような切り口で満たしていくのかを考えていく必要があります。このときに有効なのがインサイトです。インサイトを導き出すことで、本連載で前回までに紹介した業界の非常識を見いだせる新しい視点の獲得を期待できます。

顧客にとっての常識と業界の常識のズレがインサイトであり、イノベーション創出のきっかけになる
顧客にとっての常識と業界の常識のズレがインサイトであり、イノベーション創出のきっかけになる

 インサイトという表現にはいろいろな定義があります。例えばマーケティングの世界では「顧客の深層心理」といったニュアンスで利用されるケースもあるようです。つまり「顧客自身が自覚していない深いニーズ」といった意味があります。これは、本質的にはニーズと意味は変わらず、顧客に自覚があるかないかが論点となります。もちろん、顧客の無自覚の領域を探索することに価値はありますが、デザイン思考におけるインサイトは、少し異なる意味合いを持っています。

 デザイン思考におけるインサイトは「物事を今までとは違う角度から見ることができる新しい視点」を意味します。マーケティングの世界で重視されている「顧客が自覚しているかどうか」は関係がなく、顧客がすでに知っていたり言語化されていたりするものがインサイトでも構いません。

 ポイントは顧客の自覚の有無ではなく、企業や業界の自覚の有無です。つまり、それまで企業が見落としていたり、業界のものの見方を変えたりするような視点かどうか、業界の非常識を見いだすことにつながるのかどうか、という点が重要です。

 例えば、本連載の2回目で紹介した米GEのCT(コンピューター断層撮影装置)のケースでは、「子供が冒険好きなこと」がインサイトでした。

 友達と一緒に遊んでいる子供に対して「ところで冒険ごっこは好き?」と聞けば、きっと笑顔でYesと答えるしょう。保護者や周囲の大人たちも、子供が冒険や類似のアトラクションが好きなことは日々の生活を通して知っています。しかし「子供は冒険が好きだ」という視点を持ちながらも、その視点を活用して医療機器を開発した企業は今までありませんでした。

 「冒険」という視点を持つには、病院に来ている子供の様子を観察したり、病院の中で子供に話をしたりするだけでは不十分です。「患者」という捉え方ではなく「1人の子供」として共感しながら理解を深める必要があります。GEはデザイン思考で「子供は冒険なら積極的に楽しむ」という新しい視点、つまりインサイトを得たのです。これにより「検査をする」という視点ではなく、「冒険をする」という視点で医療機器のアイデアを生みました。

 顧客に対する共感を通じ、企業に欠けていた視点を得て業界の非常識にたどり着くことが、問題発見のパートにおける重要なプロセスといえます。それでは、どのようにしてインサイトを導き出せばいいでしょうか。次回から具体的に見ていきます。

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