連載4回目では、「共感」と呼ぶ過程についてさらに深めていく。共感というと、自分の体験を重視する傾向があるが、それは共感ではない。なぜ顧客はそう考えるのか、その背景や原因を徹底的に考えることが共感につながる。

前回(第3回)はこちら

 前回は「共感」を説明しました。では、どうすればうまく共感できるのでしょうか。ポイントは、相手の発言や行動の背景にある「理由」を理解しようとすることにあります。

 例を挙げて説明します。あなたの友人が、ある日、財布を落としてしまい「本当に大変だった」と言ったとします。もし、あなたにも同様の経験が過去にあれば、自分の経験を思い出しながら「大変だよね(私もそうだった)」と感じるかもしれません。これは、一見、相手のことを理解しているように見えながら、「何が大変だったのか」といった相手の理由までは聞いていません。相手の現在の経験を、自分の過去の経験に重ね合わせて「同情」している状態です。

 デザイン思考における共感は、もっと能動的に行うものです。つまり、自分の経験をいったん脇に置いて、相手の立場になって苦しみを理解しようとするわけです。仮に自分が財布をなくした経験がなくても、「財布は大切な人からのプレゼントだったようだ。どれだけ残念なことだろう」と、相手の視点に立ってその経験や現象に歩み寄るのです。背景にある理由を考えないで、相手の発言や行動を感覚的に受け止めることは同情なのです。同情がいけないわけではありませんが、「自分と他人は違う人間である」と認識したうえで、相手の感情の中に入り込んでその原因を探る共感を目指す必要があります。

 心理学や脳科学では、相手の立場になることを「視点取得(perspective-taking)」と表現し、自身の視点をいったん抑えることで他人の視点に立つ柔軟性が生まれるということが分かっています。しかし、自分の視点を抑制することは実際には難しい場面も多いでしょう。特にこだわって開発した製品やサービスの場合は「顧客も自分と同じように考えているはずだ」と思い込みが強くなってしまうなど、相手の立場に立つことが難しくなるからです。

 そのような視点を外すための考え方があります。さまざまな視点から相手の立場に立てるようになる「共感トライアンギュレーション」と呼ばれており、「体験」「観察」「インタビュー」の3つの活動から構成されています。これらの活動は、それぞれに長所と短所があるため、なるべく3つを通じて顧客を理解するように務めることが重要です。ここでは簡単に、それぞれの特徴と限界について紹介します。

「体験」「観察」「インタビュー」の関係を示した「共感トライアンギュレーション」。「体験」「観察」「インタビュー」には、それぞれ長所と短所がある
「体験」「観察」「インタビュー」の関係を示した「共感トライアンギュレーション」。「体験」「観察」「インタビュー」には、それぞれ長所と短所がある

顧客の言動や態度の裏には企業が理解できない面がある

 体験とは、イノベーションを起こそうとしている領域で、既に存在している製品やサービスを自分自身が使ってみることを意味します。既存の製品やサービスの良い点や改善点などを、顧客の視点で体感することがポイントです。イノベーティブな掃除機や扇風機で有名な英ダイソンでは、自社製品を従業員に利用するよう積極的に勧めており、使ってみて違和感はなかったか、どこをより良くすべきかといったフィードバックを社内関係者からも得ています。

 既に製品やサービスが存在していなくても、顧客やその周辺にいる関係者の生活を理解することが重要です。例えば、高級ホテルをクライアントにしているある企業は、新しい事業を始める際に「富裕層の感覚を知らなければ、いいサービスは提供できない」と考えました。そして開発チームに対して多額の予算を用意し、高級リゾート地に滞在するなどの行動を促しました。これにより、直接のクライアントである高級ホテルはもちろん、ホテルを利用する富裕層の様子も把握したうえで、サービス開発に着手することが可能になりました。

 体験の主な長所は、顧客の日常を一部でも実行してみることにより、「新しい事業はどのような文脈で価値を提供できるのか」「本当に自分たちは顧客の様子を理解していたのか」といったことを五感ベースで理解できる点です。

 一方で短所もあります。消費者向けに事業展開している企業では実行可能でも、企業向けにビジネスを展開しているケースでは、体験すること自体が難しいケースがあることです。飛行機を製造している会社の場合、顧客は航空会社になります。この場合、本当に自社製品(飛行機)を体験しようと思ったら、パイロットの資格を取るところから始めなければなりませんが、これは現実的ではありません。そのような場合は体験ではなく、観察が有効かもしれません。

 観察は対象者と直接に関わることなく、第三者的な視点で相手の行動を把握します。例えば、交通サービスのデザインを行う場合、観察対象者となる人が「バスを利用する子連れの夫婦」だったとします。その場合に観察するのは「何」を「どのように」行っているかです。「最初に乗るのは親か子供か」「運賃は現金かICカードか」「急いで乗り込もうとしているか、周りを気にしながら丁寧に乗り込もうとしているか」といった点です。

 観察が基になって生まれたヒット商品として、いまでは小学生の2人に1人が履いているといわれるアキレスの運動靴「瞬足」があります。開発のきっかけは、担当者が自分の子供の運動会を見ていたとき、トラックのカーブを走ると転ぶ子供がいると気づいたことでした。運動会は子供たちにとって晴れの舞台ですが、カーブで転ぶと子供にとっては苦い思い出になってしまいます。そこで運動会が楽しい思い出になればと考え、運動靴の底に左右非対称傾斜をつけることで、カーブでも転ばずに速く走れる運動靴が新しく生まれました。「運動靴の底は左右対称」という業界の常識を覆し、2003年に発売してから20年3月末までに約7200万足を販売したのです。

アキレスの運動靴「瞬足」は、「運動靴の底は左右対称」という業界の常識を覆したことがヒットにつながった(http://www.syunsoku.jp/about/what/)
アキレスの運動靴「瞬足」は、「運動靴の底は左右対称」という業界の常識を覆したことがヒットにつながった(http://www.syunsoku.jp/about/what/)

 観察の長所は客観的な視点で、顧客が「何」を「いつ」「どこ」で「どのように」やっているのかを理解できることにあります。短所は顧客が取った行動の理由、つまり「なぜ」については分からないことです。ある人がバスに乗るときに運賃を現金で支払っていたとしても、観察だけでは「なぜICカードを使わないのか」という理由までは分かりません。その日はICカードを忘れたのかもしれませんし、ICカード自体を持っていないのかもしれません。体験に限界があるように、観察にも限界があります。

インタビューで顧客への理解をより深める

 では、どうすればいいのか。行動の理由を知りたいときに有効なのが、インタビューです。インタビューは、事前にいくつかの質問を用意したうえで、対面で相手のストーリーに耳を傾ける行為です。体験や観察とは違い、対話を通じて相手の考え方や気持ちについて理解を深めることができます。

 実例を紹介します。NTTデータセキスイシステムズ(大阪市)は、医療機関などを対象に従業員の勤務シフトを効率的に作成できるソフト「快決!シフト君」を06年から販売していました。しかし思ったように売れなかったので、実際に日々の勤務シフト表を作成する看護師長に話を聞くことにしました。

 話を聞いていくと、勤務シフト表の作成で大変だと感じるのは人間関係を考慮しなければいけない点でした。看護師も人間ですので、一緒に仕事をするのが楽しい人もいれば、できれば一緒に働きたくないという人もいます。もし、夜勤で一緒に勤務する看護師が犬猿の仲であれば、患者のいる病棟の雰囲気も悪くなってしまいます。つまり勤務シフト表の作成における問題は、物理的な各看護師の時間のマッチングよりも、心理的な仲の良さを配慮した相性のマッチングにあった、ということです。

NTTデータセキスイシステムズの「快決!シフト君 NEO」はインタビューの結果、新しい視点をソフトの機能に盛り込んだ(http://products.ndis.jp/shift-neo/)
NTTデータセキスイシステムズの「快決!シフト君 NEO」はインタビューの結果、新しい視点をソフトの機能に盛り込んだ(http://products.ndis.jp/shift-neo/)

 インタビューの結果、開発チームは快決!シフト君に新しい機能を追加したバージョンを14年に発売しました。 勤務シフト表を作成する際に、相性の悪い人は一緒にならないように振り分け、逆に相性の良い人はなるべく一緒になるようにしたのです。この機能は大きなインパクトがあり、医療機関以外にも販売するなど、売り上げは大きく伸びました。18年には「快決!シフト君 NEO」としてリニューアルし、20年10月末までに約2400社が導入しています。インタビューは当事者の感情的な側面にフォーカスできるため、大量のアンケート調査では得られない深い知見にたどり着く可能性があります。

 もちろんインタビューには短所もあります。インタビューした相手が本音を隠して話していたり、本人は正しいと思っていても記憶違いだったりするケースが存在します。体験や観察と比較すると、インタビューは実施する側の力量によってかなり成果が変わってくるのも短所の1つです。とはいえ、あくまで技法ですのでスキルアップは可能です。インタビュー技法に関しては、さまざまな良書で具体的な方法が取り上げられているので、ぜひ参考にしてみて下さい。

 体験や観察、インタビューという技法は、答え合わせのために情報を引き出すというより、共感することが狙いです。言動や態度の背景にある価値観が見えるようになってくれば、相手の立場に立った視点を取得できている状態に近づいていると言えます。次回は、発見のフェーズで得られた知見を、どのように事業機会へと昇華させ、業界の非常識を見いだしていくかについて紹介します。


■参考資料
  • Dave Lee , Airbnb lowers internal valuation by 16% to $26bn, Financial Times, April 3 2020.
  • Smith, A. (1875). The Theory of Moral Sentiments.(翻訳:『道徳感情論』村井章子・北川知子訳、2014、日経BP)
  • Vorauer, J. D., & Ross, M.(1999). Self-awareness and feeling transparent: Failing to suppress one's self. Journal of experimental social psychology, 35(5), 415-440.
  • Leigh Gallagher.(2017). The Airbnb Story.(翻訳:『Airbnb Story』関美和訳、2017、日経BP)
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