連載3回目は筆者が開発した独自のフレームワークを活用し、デザイン思考の具体的なプロセスを学んでいく。今回は「共感」と呼ぶ過程について解説する。ユーザー観察が共感ではない。重要な点は企業中心の目線をいったん外すことにある。

前回(第2回)はこちら

 今回から、デザイン思考の具体的な方法論(フレームワーク)を紹介します。これに基づくプロセスを実行すれば、前回に述べた「業界の非常識」にもたどり着き、新しい価値を生み出すことが可能になります。

 デザイン思考を理解するうえで、私が最も重要と考えているポイントが「仮説構築」という視点です。あえて「仮説検証」とは言わず、仮説構築としたのは訳があります。デザイン思考は新しい価値を生み出すための方法論であるため、「仮説」の取り扱いが既存事業とは異なってくるからです。

 既存事業の場合、既に定まっている仮説が「どの程度、正しいのか」を検証するのが一般的です。例えば「Aという商品を欲しがる人は、100人中で何人いるのか」という質問があるとします。この場合、「商品A自体には問題がない」という前提で調査が進みますから、数字による単純な回答を求めるような感覚です。つまり仮説検証では、既に価値がありそうなものに対して、「その価値はどの程度(how much)なのか」を確認します。

 一方、新規事業の場合は、誰も想定できていなかった新しい仮説を見いだすことに価値が生まれます。先の質問で言えば「そもそも商品Aは価値があるのか。売るのをやめたほうがいいのではないか」「BやCといった異なる商品が必要ではないか」という視点です。

 つまり「現在ある仮説や選択肢は、そもそも間違っている可能性が高いかもしれない」という発想を前提にした行動が求められるのです。このため仮説構築では、さまざまな選択肢を想定しながら、「何(what)に価値があるのか」を探索します。前回に紹介した業界の非常識という考え方も、仮説構築の発想と同じです。企業中心の視点を外すことが重要になるのです。

 デザイン思考のフレームワークとしては、米スタンフォード大学のd.schoolによるモデルがよく知られています。すなわち、「共感(Empathize)」「定義(Define)」「創造(Ideate)」「プロトタイプ(Prototype)」「テスト(Test)」の5つのプロセスを回していくと、デザイン思考になるというものです。

 私はこのd.schoolのモデルを活用し、国内企業の事業開発を過去3年ほど支援していましたが、新規事業を生み出すにはやや単純化されていると考えていました。特に、企業中心の視点を外すという点があまり明確になっていないイメージがあったからです。そこで慶應義塾大学政策・メディア研究科に所属しながら、国際学会への参加や過去の国内企業に対するコンサルティング経験を踏まえて「d.seed(ディー・シード)」モデルを開発しました。

 d.seedは現在、国内大手企業や大学などの研究機関、地方自治体におけるイノベーション活動や教育支援のために活用されています。d.seedもd.schoolによるモデルと同様に各フェーズに分かれており、それぞれの名称である「Discover(発見)」「Specify(詳細化)」「Explore(探索)」「Experiment(実験)」「Develop(展開)」の頭文字を取ってd.seedと表現しています。両モデルは似ている部分もありますが、この連載ではd.schoolのモデルではなくd.seedのモデルで解説します。

 d.seedのフレームワークを単純に言えば、左側の「発見」「詳細化」が問題発見のパートになり、顧客の日常を深く理解し、業界や自社が見落としていた問題を見つけます。右側の「探索」「実験」が問題解決のパートで、問題の解消に向けた新しい価値を創造します。前回のハイアールの例では、現場に足を運んで顧客の声に耳を傾け、新しい事業機会を得たことが問題発見のパートに該当します。業界の非常識や顧客の問題を明らかにし、新商品の開発に結びつけたことが問題解決のパートに該当します。

デザイン思考のフレームワーク「d.seed」は、「Discover(発見)」「Specify(詳細化)」「Explore(探索)」「Experiment(実験)」「Develop(展開)」の各フェーズで構成する
デザイン思考のフレームワーク「d.seed」は、「Discover(発見)」「Specify(詳細化)」「Explore(探索)」「Experiment(実験)」「Develop(展開)」の各フェーズで構成する

顧客を1人の人間として捉えることが「共感」に

 まずd.seedで問題発見のパートを構成する「発見」のフェーズについて紹介していきます。

 発見フェーズは、新しい知見を獲得することが狙いです。顧客の日々の様子を理解したり、実際に同じ時間を過ごしたりしながら、現場レベルで何が起こっているのかを把握することが重要となります。具体的な事例として、創業間もない頃のAirbnb(エアビーアンドビー)の例を紹介します。

 Airbnbは2008年に創業した、民泊プラットフォームを運営する米カリフォルニアの企業です。今でこそ60万人以上の登録ホストが世界の約190カ国で民宿を提供しているといわれていますが、創業間もない頃の登録ホストは100人ほどで、そのほとんどがニューヨーク在住の人だったそうです。当時から創業チームはカリフォルニアにいたので、飛行機で片道5時間以上かかるニューヨークの登録ホストの様子はよく分かっていなかったとか。

 そこで会社の成長につなげるため、登録ホストの行動や考えを理解すべく、創業チームは登録ホストに次々に会うことにしました。単に「運営者」して会うだけでなく、「ゲスト」として宿泊をし、実際のユーザーがどんな体験をしているかまでも理解しようとしたそうです。

エアビーアンドビーのホームページ(https://www.airbnb.jp/)
エアビーアンドビーのホームページ(https://www.airbnb.jp/)

 毎週ニューヨークへ出張し、登録ホストと会話をしたり彼らの様子を観察したりした結果、2つの解決すべき課題が分かりました。1つは宿泊料金の設定に登録ホストが悩んでいることでした。もう1つは、写真撮影が下手な登録ホストが多く、本当はすてきな部屋なのにサイトでは汚い部屋にしか見えないことも分かりました。このように、現地に足を運んで関係者の様子を理解することで、創業チームはサービス拡大を実現するうえで解決すべき問題を明らかにできたのです。

 Airbnbの事例のように、現場で調査して成果を出すカギとなる考え方が「共感」です。共感とは、相手の立場に立ってその人の気持ちを理解することです。

 単なるニーズ探しではなく、「顧客やユーザー、事業の利害関係者がどのような考えや感情を持って生活しているのか」「その考え方や気持ちの背景にはどんな信念や価値観があるのか」といった部分、いわば人間性までも深く理解します。それによって既存の製品やサービスでは満たせないニーズや、顧客やユーザーが持っている理想と現状のギャップを知ることができます。

 「顧客」と表現していますが、共感するには「自社の製品を買っているお客さま」という視点ではなく、「1人の人間」として相手を理解する姿勢が重要です。なぜなら、自社や製品を中心にした顧客への理解は、結局のところ企業視点の「ターゲット」という発想から抜け出していないことになります。顧客である前に1人の人間であるという視点を持ち、企業中心の目線をいったん外してみる必要があります。

 Airbnbの社名は創業時「エアベッド&ブレックファースト」であり、登録ホストには部屋の提供だけでなく、朝食を出すことも義務付けていました。しかし、それでは朝の時間に必ず登録ホストが部屋の近くにいる必要があります。朝食の提供を不便に感じた登録ホストの声を取り入れ、Airbnbはその要件を撤廃しました。登録ホストの負担は減り、多くの登録ホストが登場しやすくなったのです。最終的に社名も変わりました。

 企業中心の視点が抜け切れないと、「社名に朝食(ブレックファースト)が入っているのだから、朝食を必ず出すように」と、登録ホストの希望を無視したことでしょう。Airbnbは企業中心の視点で発想をしませんでした。前回のハイアールの例である「サツマイモを洗濯機で洗う男性」への対応もそうです。Airbnbやハイアールのような組織は、業界や自社の常識・規定ルールといった「内部志向」ではなく、顧客やユーザーへの知的好奇心ともいうべき「外部志向」から始まります。「なぜこの人はこのような行動を取るのだろうか」という企業中心の視点とは異なる問いかけこそが共感への第一歩となります。

 では、どうすればうまく共感できるのでしょうか。ポイントは、相手の発言や行動の背景にある「理由」を理解しようとする姿勢にあります。詳しくは次回で解説します。

■参考資料
  • Dave Lee,Airbnb lowers internal valuation by 16% to $26bn, Financial Times, April 3 2020.
  • Smith, A. (1875).The Theory of Moral Sentiments.(翻訳:『道徳感情論』村井章子・北川知子訳、2014、日経BP社)
  • Vorauer, J. D., & Ross, M. (1999). Self-awareness and feeling transparent: Failing to suppress one's self. Journal of experimental social psychology, 35(5),415-440.
  • Leigh Gallagher. (2017). The Airbnb Story. (翻訳:『Airbnb Story』関美和訳、2017、日経BP社)
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