顧客の常識が業界の非常識になる場合も

 「業界の非常識 (DIS:Deviation from Industry Standard)」という考え方も重要です。顧客が当たり前に思っていることと、自社や業界が当たり前に思っていることにズレがあり、そのズレを意図的に活用してイノベーションを生み出すのです。

顧客にとっての常識と、業界の常識はそれぞれ異なる場合がある。そのズレをイノベーション創出のきっかけにできるかもしれない
顧客にとっての常識と、業界の常識はそれぞれ異なる場合がある。そのズレをイノベーション創出のきっかけにできるかもしれない

 例えば、白物家電の世界的に高いシェアを誇る中国の大手家電メーカー、ハイアールには次のようなエピソードがありました。それは1996年のことで、ハイアールの洗濯機を使っているユーザーから苦情が届いたのです。中国の四川省にある農村地域に住む農家の男性からでした。苦情の内容は「洗濯機のホースが詰まる」というものです。

 ハイアールの修理担当者が現地に行くと、男性は衣服ではなく「サツマイモ」を洗濯機で洗っていたのです。サツマイモについた泥がホースに詰まるため、うまく水が流れない状態でした。修理担当者は取り急ぎ苦情に対応するため、洗濯機の排水管を大きくすることで問題を解決しました。そして、本社に戻って報告をしたところ「そこには何かがある」と社内で指摘があり、現地調査が始まりました。

 調査の結果、苦情を申し立てた男性は普段からフライドポテト加工用のサツマイモを栽培しており、サツマイモの泥を効率よく洗う必要があったと分かりました。そして当時の四川省に住む多くの人が、冬にはサツマイモ、夏には衣服を洗濯機で洗っていたことも新たに分かりました。

 この事実が明らかになったとき、ハイアールCEO(最高経営責任者)の張瑞敏(チャン・ルエミン)氏は農家のニーズに応えることを決め、翌年の97年に衣服とサツマイモの両方が洗える洗濯機を作るプロジェクトチームを立ち上げたのです。98年にはサツマイモだけでなく果物も洗える洗濯機を開発して中国の顧客から高い評価を受け、瞬く間に1万台を完売しました。

 サツマイモのような食べ物を洗濯機で洗うことは、業界関係者から見れば「非常識な行動」だったかもしれません。しかし、ハイアールは農家の行動を非常識なものとして切り捨てるのではなく、むしろ顧客に寄り添って真摯に対応しました。

 このストーリーから得られる教訓は、業界や自社の非常識こそがイノベーションの源泉になり得るということです。ただし、業界の非常識がイノベーションのきっかけになる一方で、実際にはハイアールのような意思決定は難しいことも分かっています。

 以下は、私が日系企業の新サービス開発に関わった際のエピソードです。ある日、設計者の意図と違う使い方で、その会社のサービスを利用している顧客の存在が明らかになりました。そのような顧客がいることに対して開発者は否定的でした。「そんな顧客がいるなんてあり得ない。そんな使い方は間違っている。この人は顧客ではない」と言ったのです。

 関係者のこだわりや思い入れが強ければ強いほど、否定的になるのも理解はできます。しかし、そのような態度では、柔軟な発想で新しい価値を生み出すことが難しくなります。自社が想定していた内容と異なる行動をした人を見て「私たちの顧客ではない」と考えるか、ハイアールのように「これが未来の顧客像かもしれない」と考えるか。どちらの発想を持つかで企業の生み出す成果は全く異なってきます。

 業界の非常識は、業界と顧客が感じている当たり前の範囲に「ズレ」があることで発生します。このズレを無視することなく、意図的に目を向けるべきなのです。では、どのような形でズレを明らかにしていけばいいのでしょうか。ここで有効となるのが、次回に説明するデザイン思考のプロセスなのです。

■参考資料
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