「Digitize or Die」

 富士フイルムの特徴は、「デジタル化をおろそかにしてはいけない」「DXを軽んじると危ない」という意識が浸透し、定着していることです。この危機感は、フィルム市場喪失という危機に直面し、破壊的イノベーションの威力を実感したときに芽生えたものと言えるでしょう。

 同社コーポレートコミュニケーション部マーケティング戦略グループ長の板橋祐一氏は、破壊的イノベーションについて、こう語ります。

 「戦(いくさ)に例えるなら、弓矢や剣で戦っていた時代は、それなりに訓練を受けなければ戦場に立てませんでした。スキルがなければ戦力にならないわけです。しかし、鉄砲が発明されてからは武術の心得がなくても戦力を発揮できます。破壊的イノベーションはそれに近い。戦い方の技法が根本的に変わることに破壊的イノベーションの本質があると感じます」

 デジタルカメラの普及は、単に写真をアナログからデジタルに置き換えただけでなく、写真関連の事業モデルをも変化させました。

 「フィルム事業は、写真を現像、プリントすることによってマネタイズする事業です。しかし、デジタルカメラやスマートフォンが普及することにより、写真のデータをやりとりするSNSでの広告や、その通信を支える通信会社がマネタイズするビジネスが生まれました」(板橋氏)

 こうした大変革に直面した経験が、富士フイルムのDXを推進する原動力になっています。

 「当時はデジタル化やデジタルマーケティングの重要性が、理屈では理解されつつ、なかなか実行に反映されないこともありました。しかし、デジタル化の威力が身に染みて分かったことでマインドセットが変わりました。現在はどのような事業をするにしてもDXの視点で見るように変わっていますし、組織内においても、経営はもちろん、生産、研究開発、営業、間接部門に至るまで、全部署、全員がDXを意識するようになっています」(板橋氏)

2020年5月に発売したインスタント カメラ“チェキ”「instax mini 11」
2020年5月に発売したインスタント カメラ“チェキ”「instax mini 11」

 同社の取り組みでユニークなのは、既存×既存のアナログ商品のプロモーションにデジタルを積極活用してヒットを生み出していることです。インスタントカメラ「チェキ」のプロモーションは、テレビCMよりむしろSNSを活用することで広く認知されました。

 最初に火が付いたのは東アジアで、韓国のテレビドラマで使われたことや中国のセレブリティー層が使っている様子がブログやSNSで広まり、ヒットにつながっていきます。今で言うところのインフルエンサーマーケティングの手法です。チェキはデジタル全盛期の中でヒット商品になりました。

 フィリップ・コトラー教授は、「マーケティング4.0」時代のカスタマージャーニーの形として「5A」モデル(Aware:認知、Appeal:訴求、Ask:調査、Act:行動、Advocate:推奨)を提唱。中でも「推奨」を5Aの最後に置き、トップの「認知」に環流させる役割として位置付けています。チェキはこのモデルの実践例と言えるでしょう。

●「マーケティング4.0」の5A消費行動モデル
1.認知(Aware) カスタマージャーニーの入り口。他者から評判を聞いたり、ブランドの広告を見たりすることで認知される
2.訴求(Appeal) 認知したブランドの中から、自分に好ましいと思う少数のブランドに引きつけられた状態
3.調査(Ask) 引きつけられたブランドの中から、魅力を感じたブランドを調査する
4.行動(Act) 購買する。消費・使用だけでなく、アフターサービスを通じたコミュニケーションも行動に含まれる
5.推奨(Advocate) 商品、サービス、ブランドに強いロイヤルティーを持った人が自発的に他者に情報を発信し、推奨する