DX(デジタルトランスフォーメーション)にマーケターが積極的に関与し推進する必要性を説く書籍『マーケティング視点のDX』(江端浩人著、日経BP)が2020年10月19日、発売されました。本書の一部内容や関連情報をお届けする本連載の初回は、「DX」というキーワードの注目度をマーケティング視点で見てみます。

『マーケティング視点のDX』江端浩人著、日経BP、2020年10月19日発売
『マーケティング視点のDX』江端浩人著、日経BP、2020年10月19日発売

 菅義偉首相が行政のデジタル化をリードする「デジタル庁」の創設を指示したことが追い風となって、デジタルトランスフォーメーション(以下DX)が一段と「旬」のキーワードになっています。

 DXとは、一言で言えばデジタル技術を活用したビジネスの大変革のこと。大量のデータを解析し、デジタル技術をフル活用することで、既存の商品ラインアップ、組織体制、ビジネスモデルを変革して顧客への提供価値を変えること、変え続けることを指します。

 例えば米国では空き部屋をシェアするエアビーアンドビー(Airbnb)や、スマートフォンからタクシーを呼べるウーバーのサービスが登場したことで、それまでデジタル化の必要性がそれほど高いとは思われていなかった宿泊、タクシー業界が新勢力の登場で脅威にさらされることになりました。そうした中で競争優位を維持するには、自ら変わり続ける必要があります。

 日本企業にとっても、もちろん対岸の火事ではありません。中長期的に労働人口が減少して人手不足が常態化することは明らかであり、小売りでは無人レジや、顧客別に推奨商品を表示するレコメンドAI(人工知能)を稼働させ、営業もセールステックで効率化が進むでしょう。一方で購買データやWebの閲覧履歴、購買後の利用動向、店舗に設置したAIカメラから把握できる顧客の興味関心など、顧客にまつわる新しいデータは次々と生まれています。これを解析して変化の芽を捉え、いち早くサービスを提供するために組織体制から、時には企業文化をも変える──。そんなDXへの積極的な取り組みは、イノベーションを起こす有力なルートになるでしょう。

●エリック・ストルターマン教授の「DX」の定義
 ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる。(2004年)
● 経済産業省「DX推進ガイドライン」における「DX」の定義
 企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。(2018年12月)

日経電子版の「DX」記事本数は前年比倍増

 実際のところ20年に入って、DXへの注目、期待度は急速な高まりを見せています。

日経クロストレンド「トレンドマップ調査 2020夏」スコアを伸ばしたキーワード
日経クロストレンド「トレンドマップ調査 2020夏」スコアを伸ばしたキーワード
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 日経BPが運営するマーケティングメディア「日経クロストレンド」は20年7月、日ごろメディア活動で協力を得ているマーケティング有識者「アドバイザリーボード」約50人と編集部員を対象に、マーケティング、技術、消費関連の計80キーワードについて「将来性」と「経済インパクト(多くの企業の収益に影響するかどうか)」を5段階で尋ね、1~5点でスコアリングしました。18年夏以降、年2回ペースで調査し、20年7月で5回目。前回は新型コロナウイルス感染拡大直前の20年2月だったため、コロナ禍を経て注目、関心が高まったキーワードが浮き彫りになりました。

 その結果、将来性スコア4.41、経済インパクトスコア3.62と、双方でハイスコアを獲得したのが「DX」でした。特に経済インパクトにおいてDXは、前回2月からスコアを0.74ポイント増と大幅に伸ばしました。

Google Trendsで見る「DX」
Google Trendsで見る「DX」
「Google トレンド」で見る「DX」の検索ボリューム推移
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 上図のグラフは、「デジタルトランスフォーメーション」がGoogleで検索された量の推移を表したものです(「Google Trends」で検索)。16年以降、最も検索が多かった時期を100として、折れ線グラフで表示されています。DXの検索ボリュームはずっと右肩上がりで推移し、20年4~5月に一段と跳ね上がりました。

日経電子版「DX」記事件数の推移
日経電子版「DX」記事件数の推移
日経電子版で「デジタルトランスフォーメーション」を含む記事件数の推移
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 また、日経電子版で「デジタルトランスフォーメーション」を含む記事件数の推移を調べると、20年上半期は前年同期比ほぼ倍増の503本と急増していました。DXはコロナ禍で認識が高まり、必要性が理解されたと言えそうです。

資生堂が本気のDX宣言

 20年8月6日、資生堂は20年12月期の第2四半期売上高が前年同期比34.4%減と大幅に落ち込み、99億円の営業赤字になったこと、そして連結最終損益が220億円の赤字になる見通しを発表しました(前年は735億円の黒字)。コロナの影響で外出自粛が世界的に広がったことが響きました。

 この業績発表を受けて、オンライン説明会で同社の魚谷雅彦社長から以下の発言がありました。

資生堂・魚谷雅彦社長、20年12月期中間決算発言要旨
・デジタルとEC(電子商取引)をもっと加速させる
・全世界での媒体費のデジタル化率は現在約50%。
 2023年にはこれを90%以上、限りなく100%に転換する
・ターゲット効率を高め、ROI(投資利益率)を高める
・EC比率は現在全社で13%。2023年に25%に倍増させる。
 中国では2023年に50%にしていく
・東京本社にデジタルの世界戦略に携わるチームを設置
・日本事業でCDO(チーフデジタルオフィサー)を登用済み
・デジタルマーケティング専門人材の採用を強化する

 「資生堂ショック」、あるいは「資生堂が本気のDX宣言」とも捉えることができる内容です。

 百貨店やドラッグストアへの客足が落ち、インバウンドも壊滅的な中、EC事業は2割増とコロナ禍の厳しい状況を下支えしました。そのECをさらに伸ばそうと、23年までに媒体費のほとんどをデジタルに切り替えるという大胆なシフトを打ち出しました。ちなみに資生堂の媒体費は年間800億円に上ります(19年12月期)。

 資生堂は、決してコロナ禍で慌ててDXに飛びついたのではなく、以前からデジタル活用やイノベーティブな取り組みに積極的でした。例えば「Optune(オプチューン)」(20年6月に終了)は、利用客の今日の肌質と当日の天候情報を基に、最適な美容液と乳液を専用マシンで提供する、画期的なサブスクリプション型スキンケアシステムでした(月額1万円・税別)。

 また、19年7月にはオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」を開始し、「ビューティー(美容)」「ウェルネス(健康)」分野に貢献できるアイデアを持つスタートアップ企業を募集。50社の応募企業の中から採択した企業と協業を進めています。専門人材、組織を発足させて取り組む資生堂の「本気のDX」がどんな成果を上げるか、注目したいところです。

Q.なぜDigital Transformationなのに
「DT」ではなく「DX」?
 「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)なら略語は『DT』では?」─。ごもっともな疑問です。XはCX(顧客体験、Customer Experience)やUX(ユーザーエクスペリエンス、User Experience)のように体験の意味で用いられることが多い文字です。デジタル体験(Digital Experience)という言葉も存在し、DXと略す場合もあるにはあるのですが、デジタルトランスフォーメーションの普及の勢いに押しやられてしまった感があります。「trans-」は「cross-」と同義でcrossを「x」と略すケースが多いことから、DTではなくDXになった、という説が有力です。