英国では日本のユズを使って地元の蒸留所がつくる「Japanese Gin」が人気になっていたり、日本酒の醸造所がつくられたり。海外にはその土地の環境や文化を生かして「よそもの」が新しい風を吹き込んでいる例がたくさんあり、魅力的な観光資源になっています。個性あふれる日本の地方にもそのポテンシャルがあるのです。

英国ケンブリッジでは日本のユズを使って地元の蒸留所がつくる「Japanese Gin」が人気
英国ケンブリッジでは日本のユズを使って地元の蒸留所がつくる「Japanese Gin」が人気

 前回に続いてもう1つ、ものづくりを観光資源にした海外の例を紹介しましょう。

 欧州には「原産地呼称保護」「地理的表示保護」「伝統的特産品保証」といった制度があります。フランスのシャンパーニュ地方産のみが名乗ることができるシャンパンは有名ですが、ノルマンディー地方のリンゴを原料とする蒸留酒カルバドスも、他の地域で作られたものはアップルブランデーとしかうたえません。このような厳しいルールを設けることで、地産品を観光づくりにつなげているのです。

 フランスとスイスにまたがって、その伝統が共有されてきたモン・ドールというチーズがあります。毎年製造時期が決まっていて、9月から5月までの期間限定で販売されるウオッシュタイプのマイルドなチーズ。毎年この季節を楽しみにしている人も多く、欧州ではスイス産にこだわる人も店舗で何度も会いました。非常に狭いエリアの生乳を使用し、エピセアというモミの木の樹皮で巻いて香りを付けています。シンプルなルールが守られており、モン・ドールの愛好者であれば、生産地域は自然環境がパーフェクトだと誰もが知っています。だからそうした自然環境を求め、生産地には観光客が1年を通じて集まります。

 日本も高品質で地域固有の伝統的製法を持つ食品の地理的表示(GI)保護に力を入れており、各都道府県で年々その数は増加しています。これらの食材や加工品がものだけにとどまらず、観光コンテンツとして地域が活用することがさらに重要になります。地元の人々が自らの言葉で語ることによって魅力がさらに高まります。観光業に携わる人だけではなく、地元の全ての人が観光人財に変わるのです。

ケンブリッジの蒸留所では日本のユズを使ったジンが人気

 ロンドンから鉄道で1時間程度のところに、1209年創設の名門ケンブリッジ大学で有名な町・ケンブリッジがあります。ヘンリー8世が創設したトリニティ・カレッジやキングス・カレッジ・チャペルなど、数々の歴史的建物のある観光地として有名で、大学の中を流れるケム川をはじめ、自然環境に恵まれた美しい町です。

 その中にあるわずか10数坪の蒸留所兼店舗「ケンブリッジ・ディスティラリー」は、外からガラス越しに見るとスタイリッシュな実験室のよう。ロンドン留学中の2019年に訪れましたが、アルコールの中で踊るジュニパーベリー(セイヨウネズの果実)の漆黒の小さな粒、そして蒸留された透明な液体が滴り落ちて冷やされていく様子を道行く人ものぞき込み、店の前は大にぎわい。小さな店の中には商品が所狭しと並べられ、中央に設置された蒸留機の周りで説明を受けながら試飲もできました。

 少し離れた場所にある工房では製造工程を詳しく説明してもらえる少人数のツアーも開催され、わずか1ケースからのオーダーメードも受けていました。規模は小さいのですが、最新の技術を導入し、味を決める植物のフレッシュなフレーバーを最大限に生かせるように抽出。ブレンドで微妙な味と香りを作り出しているのが特徴で、若い作り手が次々と新しい味にトライしているそうです。「Japanese Gin」が人気で、知り合いの日本料理店が輸入しているユズの皮や山椒を分けてもらって原料にしているとか。

 個性的な味わいのクラフトジンは数年前から世界的に人気で、日本でも小さな蒸留所がいくつも生まれています。ご存じのように、ジンは大麦やジャガイモなどを原料とした蒸留酒で、ジュニパーベリーをベースに薬草など植物由来の素材を加えて再蒸留して作られるお酒です。無色透明でカクテルの材料としても使い勝手がよく、現在ではその土地の個性を出しやすいお酒として人気が高まっています。

 日本の素材を活用したジンといえば、「季の美」がロンドンでも有名。京都蒸溜所が2016年に発売し、ユズ、山椒、ヒノキ、ショウガ、玉露など、日本人になじみのある素材を使ったジンは瞬く間に国内外の品評会でさまざまな賞を受賞しました。オーナー夫婦は英国人と日本人です。

 ケンブリッジ郊外には、10万坪という広大な自然の中に作られた「堂島酒醸造所」もあります。杜氏(とうじ)は30年のキャリアを持つ日本人で、酒造りに携わる蔵人(くらびと)は日本好き、大のSAKE好きの英国人。杜氏のもとで何年も修行しながら、蔵のツアーガイドまで務める程の日本酒通に。オーナーは「まだ世界的に過小評価されている日本酒の魅力を広めたい」という思いから、素材にも味にもこだわり抜いた日本酒の醸造を、縁のあったケンブリッジで始めました。

 ここでの一番人気は「CAMBRIDGE(懸橋)」で、1本約15万円。再醸造仕込みなのでアルコール度数が高く甘みもありますが、この甘さも英国人には大変好評だそうです。学友8人とともに伺った見学時の3種類の利き酒でも、日本人以外の全員が「これが絶品」と即答したのが印象的でした。また、広大な敷地には日本の文化を伝えるいくつもの工夫がありました。試飲をする場所は歴史を感じさせる雰囲気のマナーハウスで、蔵の付近に(私が訪れた2019年時点でまだ竣工していなかったのですが)レストランや茶室、陶芸小屋が作られていました。

 いずれも、その地の環境や文化に溶け込み、「よそもの」が新しい風を吹き込んでいると感じました。

廃トンネルが天然のワイン貯蔵庫に

 地域活性化は長い間課題とされてきましたが、人口減少が急激に進んできた地域はある意味、コロナ禍でチャンスを迎えています。というのも、半官半民のプロジェクトがもっと必要という機運が高まり、雇用の場も種類も広がっているからです。しかも今までと違うのは半民が大企業だけでなく、個人や中小の企業や組織が増えていること。東京で暮らしている人も、もとは地方にいた人も多く、こうした人たちが協力して観光のコンテンツづくりを仕掛ける事例も増えています。

 例えば廃トンネルをワインカーヴ(天然のワイン貯蔵庫)にしている地域がいくつもあります。農園やアスレチック施設、キャンピング・グランピング施設もあちこちに増えてきました。そういった施設を地域で集積すれば、滞在型施設も作れます。アスレチック施設は基本自然の状態を生かし、投資を最小限に抑えるなら、宿泊施設は箱ものをつくるのではなく、簡便な移動式のテントやキャンピングカーを利用する方法もあります。

 企業と組みながらの観光も、今の時代ならではの大きな可能性を秘めています。飲食や宿泊のサービスは旅館関係者が担い、スポーツや教育は知見のある企業や人にその時期だけ来てもらうように、餅は餅屋のアライアンスが組めたら素敵だと思います。サービスや知見、ノウハウを地元の人たちが引き継げば、雇用の幅は広がります。畑や食品加工がその敷地にあることは通年での仕事につながり、小ロットでの酒や加工品も事前オーダーで受注が可能などと、マネタイズ(収益化)できるリソースは地域に無限に広がっているように感じます。

 近年、日本ワインの人気の高まりから日本にもあちこちにワイナリーができていて、そこで農園や醸造を見たり、ワインのオーダーができたり、という旅行プランも人気を呼んでいます。醸造所や農場を見たり、試飲したり、レストランで食事を楽しんだりしていると、滞在時間はさらに長くなるでしょう。働く人が集まり、村に新たな体験が加われば、風光明媚(ふうこうめいび)な自然の中で長期宿泊滞在プランも人気を呼びそうです。

 ワイナリー探訪やブドウ畑の中で食事も楽しめるスタイルはもはや、海外に行かずとも楽しめるのです。ハイスペックな滞在だけでなく、もっとカジュアルなマイクロツーリズムのスタイルで楽しむことも可能になりつつあります。オープンな農場や加工の場自体が観光にもなり、訪れる人とのコミュニケーションにもつながります。まさに、サステナブルでエシカルな旅行体験と同時に、学びの場にもなるでしょう。観光は定番コースを回るだけではなく、多くの選択肢を持つリーズナブルなレジャーへと大きく変貌しつつあります。

多様性ある「四季」も貴重な観光資源

 日本観光の魅力の一つに四季があります。日本のように、縦に長く四季折々の変化が楽しめる国は多くありません。雪は欧米のスキー客にもアジアの観光客にも人気、桜は海外でも日本語で通じる観光ワードです。さらには日本食の広がりと一緒にYUZU、WASABI、MOCHIなど多くの食品も日本語で広がってきています。古代中国で考案された季節を表す方式「七十二候」には、日本人でもあまりなじみがなくなった季節の言葉がちりばめられています。実はこういった言葉や行事の掘り起こしも、観光資源の発掘につながります。

 JR東日本時代に地域再発見プロジェクトチームを立ち上げ、新潟・越後湯沢で地元の方々と勉強会をしていたときのことです。本にまつわるプロデュースを行っているバッハの代表を務める幅允孝(はばよしたか)さんが、「この地域には鈴木牧之(ぼくし)が著した江戸時代のベストセラー『北越雪譜』がある。生活や文化の歴史が詰まった宝の山。なぜこれを使わないのか」と語られたことがありました。そのときの地元メンバーの表情は忘れられません。衰退が進む町を必死に何とかしようとしていた若手メンバーの顔がぱっと明るくなり、そこを起点にもう一度いろいろなことを考えていこうと話が大きく回り始めました。

 そんな日本の四季について、近年の気候変動で寂しいことがありました。2020年11月、地球温暖化など長期的な気候変動の指標となり、季節の便りとしても親しまれてきた「生物季節観測」を、気象庁が21年からこれまでの1割程度に大幅縮小するというニュースが流れました。桜の開花や楓の紅葉など植物の一部は残るものの、ウグイスやセミの初鳴き、ホタルなどの昆虫など生物は全て廃止。その理由として「気象台や測候所周辺の生態環境が変わり、標本木の確保や対象動物を見つけるのが難しくなった」としていますが、人員や経費削減という声も聞かれました。

 気候の変動は世界共通の課題です。四季がある国で1953年以来細やかに蓄積されてきた記録は大変貴重。観測できなければ、できない事実を記録に残すことも重要ではないかと思います。ホタルなど昆虫の生育環境は農薬1つで変化しますし、トキやコウノトリの繁殖も復活したりしています。これまでのエリアで観測できなければ、北や南に観測地点を動かさざるを得ない事実を記すことも必要ではないでしょうか。

 環境は今や大きな消費のモチベーション。日本という国が築き上げてきた日常の文化を今一度掘り返し、「共感」を軸に国内の若い世代やインバウンドを引き込む素材としてリメイクできるはずです。

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この連載が本になりました!
『「よそもの」が日本を変える』
(鎌田由美子著、日経BP刊)

 ニューノーマルは見たことのない世界ではなく、「デジタル化」「多様性」「環境意識」といった後回しにしてきた問題が目の前に突き付けられただけ――。JR東日本でエキナカや地域活性化を成功させてきた著者が、「『What if』?という自問自答が必要」「仕事と生き方は融合」「サステナブルが日常に」など、個人や企業の「これからの生き方」を提示する。

 アフターコロナの世界では古くからあるものづくりや文化に恵まれた「地域」に大きな可能性があり、そのカギとなるのが「よそもの」だという。テレワークの普及や副業解禁で都心のビジネスパーソンが「よそもの」として地域のものづくりやビジネスに参画し、マーケティングやマネジメントの知見を持ち込むことでシン・チホウ(新・地方)が生まれるというのだ。本書では著者が地域の1次産業の可能性に目覚めたきっかけとなった青森のシードル工房「A-FACTORY」をはじめ、鹿児島の超高級リゾート「天空の森」、「小さくて強い農業」を提唱する茨城の「久松農園」、英国南西部ウエールズにある古書を観光資源にした町「ヘイ・オン・ワイ」などの事例を紹介している。

 「私自身も『よそもの』として生きてきた」という著者の体験談も読み応え十分。民営化直後の文系女性1期生としてJR東日本に入社し、鉄道事業を経験せずにエキナカや地域活性化プロジェクトを立ち上げるなど、新規事業のオンパレード。49歳で上級執行役員としてカルビーにヘッドハンティングされるも、「好き」という気持ちが先に立って失敗した経験も。極めつけは50代半ばでの起業と、英国美術系大学院への留学。デジタルネイティブ世代に交じり、あらゆることがオンライン化された手続きや「生き物の動きをロボットで表現する」授業などに四苦八苦した。これらの経験を通じ、現代は二者択一の「ONLY、OR」ではなく、やりたいことをいくつも選べる「AND、WITH」の時代だから、勇気を持って一歩踏み出すことを提案する。
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