「あ、どうも。極めて平均的なサラリーマン。あ、安部礼司です」。主人公がこんな自己紹介をする異色のラジオドラマが、全国ネットで日曜17時から放送しているTOKYO FM「NISSAN あ、安部礼司 ~BEYOND THE AVERAGE~」だ。日曜の黄昏時にリスナー180万人が集結する人気番組で、イベントではファンが涙を流すと言われる。このラジオドラマがなぜ、これほどまで盛り上がったのか。その理由を探ると、新時代のコンテンツビジネスの在り方が見えてきた。
※日経トレンディ2020年11月号の記事を再構成
冒頭のセリフのように、主人公の安部礼司は東京・神田神保町の中堅企業「大日本ジェネラル」の開発本部のグループリーダーとして働くサラリーマンだ。安部礼司が「アベレージ」と掛かっているように、何をさせても平均的。そして妻と長男・長女の4人家族で多摩川沿いのとあるマンションに暮らしているという設定のなかで、安部礼司が会社で家庭で、奮闘する様子が描かれる。
ストーリーは基本的に1話完結。会社のドタバタ劇で笑える回あり、家族の感動エピソードに泣かされる回ありとテイストのバラエティーも豊富だ。
放送開始は2006年で、20年で放送15年目を迎えた。リスナーは180万人超ともいう。イベントには数万人が殺到。ラジオ好きには言わずと知れた、平均的とは程遠い人気番組だ。
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逆張りで生まれたラジオドラマ
後に安部礼司となる新番組を立ち上げるに当たって、至上命題だったのが、「30代男性に広く聴いてもらえる番組を作ること」。この年齢層のファンを増やし、購買意欲を刺激したいという番組スポンサー・日産自動車からのリクエストだった。
まず、ここで壁にぶち当たる。番組の放送開始から脚本を手掛ける北阪昌人氏は、「何かの趣味をテーマにすることも考えたが、多様化が進んでいて多くの層に刺さるものが見つからない。この世代のあらゆる人に刺さるテーマ探しが難しかった」と振り返る。
模索を続けるなか、「皆働いている」という共通点に着目。番組の根幹を支える1つ目のキーワード「サラリーマン」が生まれた。加えて、番組が始まった06年頃は、「ヒルズ族」という言葉が広がっていた時代。資産家や実業家が注目を集めていたなかで逆に、主人公は等身大の存在に決めた。こうして平均的なサラリーマンを主人公としたラジオドラマという構図が完成する。
主な登場人物
今回の取材に当たって、番組を立ち上げた張本人であり、現在は企画・原案・総合プロデューサーを担当、自身もラジオパーソナリティーとして人気の堀内貴之氏が、番組開始時に自身が書いた最初の企画書を久しぶりに見てくれた。「主人公は中堅の電機メーカーの平均社員って書いてあって、『大日本ジェネラル』という名前もあった。現在いる主要な登場人物も頭に浮かんでいて、早い段階から番組の骨格ができていた。ただ、『ライバルキャラがいた方が良い』と言われていて、その日の夜に降りてきたのが、『刈谷勇』という名前。これでばっちり決まった」(堀内氏)。
主人公の設定と同様、逆張り戦略から生まれた2つ目のキーワードが「この世代に刺さる選曲」だ。番組では放送開始から一貫して、昭和の歌謡曲を多く流している。例えば、20年8月最後の放送回では、サザンオールスターズの82年発表の曲「Oh!クラウディア」や、山下達郎の91年発表の曲「さよなら夏の日」などがかかった。
FM局で、このラインの選曲を徹底して行うというのは異例だ。堀内氏は、「当時鳴っていない音を鳴らしたくて。どこの局も絶対に手を出せなかったのが、僕らが『今ツボ』と呼んでいる昭和の歌謡曲だった」と言う。
日曜夕方という放送時間もポイントだ。ラジオから流れる等身大のサラリーマンが奮闘する姿を描いたドラマと、テンションが上がる昭和の歌謡曲。明日からまた仕事か、とサラリーマンが憂鬱になる時間帯にそっと背中を押す「昭和生まれのアナタに贈る『鼻歌みたいな応援歌』」というコンセプトが出来上がった。
最近の放送回とオンエア曲
「今ツボ」なオンエア曲
GOLDEN TIME(RIP SLYME)/星空のディスタンス(ALFEE)/みんなひとり(竹内 まりや)/us(milet)/BURN(THE YELLOW MONKEY)/いつか晴れた日に(山下 達郎)/パワー(ウルフルズ)/南風(レミオロメン)「今ツボ」なオンエア曲
あー夏休み(TUBE)/打上花火(DAOKO×米津 玄師)/楽園ベイベー(RIP SLYME)/ロコローション(ORANGE RANGE)/Beautiful World(宇多田 ヒカル)/虹をみたかい(渡辺 美里)/Summer Song(YUI)/夏の日(森高 千里)/夏の思い出(ケツメイシ)/夏の扉(松田 聖子)/あの夏の花火(DREAMS COME TRUE)このコンテンツ・機能は有料会員限定です。
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