ヒップホップ界のレジェンド・ライムスターのラッパー宇多丸。10年以上ラジオのパーソナリティーを務め、数多くの映画の魅力を世に知らしめる批評家という顔も持つ。映像があってこその映画なのに、音だけでその魅力を伝えるラジオでどうしてそれが可能なのだろうか。

※日経トレンディ2020年11月号の記事を再構成

 結成30年を超えるヒップホップ界のレジェンド・ライムスターのラッパー宇多丸。2007年から10年以上、TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル(タマフル)」を担当。現在はタマフルの後継番組といえる平日18時からの3時間プログラム「アフター6ジャンクション(アトロク)」のパーソナリティーを務め、夕方の顔として活躍している。

ライムスターの宇多丸
ライムスターの宇多丸
ライムスターのラッパー 宇多丸氏
 1969年生まれ。東京都出身。早稲田大学在学中の89年にラッパーのMummy-D、DJ JINとの3人でHIPHOPグループRhymester(ライムスター)を結成。『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』(新潮社)など著書多数。
 担当番組は「アフター6ジャンクション」(TBSラジオ 月~金曜18時~21時)、「プレイステーションpresentsライムスター宇多丸とマイゲーム・マイライフ」(TBSラジオ 木曜21時~21時30分)

――08年度には、番組開始からわずか2年で第46回ギャラクシー賞/DJパーソナリティ賞を受賞。決め手となったのが、アトロクの人気コーナー「週間映画時評 ムービーウォッチメン」に続く映画批評コーナーでした。どのように映画を批評しているのでしょうか。

 方法論があるわけではないのですが、映画批評ではまず徹底的にその映画と向き合います。それ以外にない。だから1回目で「面白くない」と思った映画こそ2度、3度と見返す。特にネガティブな批評をするときは、その作業が必要だと思っています。

 映画批評は結局、「その人がその映画のどこをどう切り取るか」ということで正解はない。同一人物がある作品を褒めることもけなすこともできるんです。よく「批評はプリズムだ」と言うんですけど、ある作品のここに光を当てるとこういう光の分かれ方をするし、別のところに光を当てるとまた違う分かれ方をする。映画は主観的体験で、絶対評価ではないんです。

 映画批評にとって、ラジオの「自分の話す言葉でしか説明できない」というのは大きなアドバンテージだと思っています。

 例えばあるシーンの説明をするとき、ラジオで僕の言葉だけで伝えることで、リスナーの頭の中で僕の解釈に基づいてどういう場面なのかインプットされる。それによって僕の解説の価値が最大化されるんです。

 一方で文章は確かに僕の言葉で伝えられるのですが、話し言葉と違ってカッコよく整えてしまう。例えば、1月のアトロクで『フォードvsフェラーリ』という映画を紹介した時に、レースシーンについて「すごいスピードで走ってるというそのスピード感でワーッと圧倒されるんだけど、時折挟み込まれる、ドライバーが『ゾーン』に入った時の静寂……からの、また突然の事態がまたブワーッと来る、みたいな」と説明しました。

 リスナーにはこの言葉を基にレースシーンを想像してもらうことで、僕が感じた迫力や魅力を共有してもらえると思うのですが、この表現は文章では許されない(笑)。でも、実際に映画を見てる時の感覚に近いのは、こっちの方だったりするんです。

僕の解釈を直接インプットできるラジオと映画批評は相性が良い
僕の解釈を直接インプットできるラジオと映画批評は相性が良い

ピンと来ない特集があるくらいでいい。顧客のニーズの一歩先を行く

――アトロクでは様々な分野の専門家をゲストに招く「カルチャートーク」のコーナーを設けるなど、映画や音楽以外にも幅広いテーマを扱っていますね。

 僕は70~90年代の雑誌文化が好きで。だから色々な人に登場してもらって風通しは良いんだけど、雑誌と一緒で編集長が全体をつかさどる。その役割が僕だという意識を持って、タマフル時代からプログラムを決めています。

 僕が特に意識したのは、70~80年代の頃の雑誌「ポパイ」。ファッション企画を中心に、読者のニーズに忠実に応えるカタログ雑誌のような存在ではあったけれど、時々戸惑う企画がありました。例えば、「犯罪の歴史」の特集が唐突に組まれたり(笑)。読者によっては「今回は外れの号だ」と思うかもしれないけれど、自分には格好良く見えた。自動販売機みたいに、ボタンを押せばそのまま欲しいものが出てくるみたいのは、予定調和で格好悪いっていう感覚が僕の中にはあるんです。

 もちろんリスナーを無視するわけではないですが、ニーズにそのまま応えすぎるのも良くない。やっぱり何かを提案する側は、ニーズの一歩先を行く気概がないといけない。だから時にはピンとこない特集があるぐらいがちょうどいいんだと思っています。

――アトロクには「抽象概念警察」という人気コーナーがあります。ここに、ラジオの魅力が詰まっていると言えそうです。

 「抽象概念警察」では、「よく意味が分からないまま日々何となく使っている言葉」をピックアップして、その意味をリスナーと一緒に「ああでもない」「こうでもない」っていうやりとりをしながら、答えを探しています。人と人が何でもないやりとりをしていくのも会話の楽しさ。そのプロセスを全部見せるのがラジオ的だと思うんです。

 その言葉をネットで検索すればすぐに正しい意味が出てくるんです。でもあえてそれをせず、ああではないこうではないと、「何でこの言葉を聞いたときこういうふうに感じるのかな?」と話し合っていくということ自体に意義があると思っています。

 アトロクでは、「豊かなものの見方」みたいな提案をタマフル時代のおよそ15倍の量で密度高くやり続けているという自負があります。僕の番組を聞いていれば、世の中には面白いものや素晴らしいものがあふれていて、退屈している暇も絶望している暇もないということが分かると思っています。

日経トレンディ編集部選「グッとくる映画批評名言集」

『ジョーカー』

 最後の最後まで揺さぶりをかけてくる、という感じなんですね。「こうだと思っていたのに、あれ? 違うのかな?」っていうディテールも入れてくる。これによって、さっきから言っているように、単なる善悪とか単なる強者/弱者の二元論に陥ることも逃れているし、何より言うまでもなく、これこそがつまり、「ジョーカー的」なわけですよ。(19年10月)

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』

 最初見た時の、終わった後の印象ね……いろいろ強引にドカ盛りして、もう汗びっしょりで幕を引いている感じ。「はいもうこれで! これで、こうやってもう、これでこれでこれで、はいっ、わー終わったー! ほらどうですか? ほらはーい、終わったーっ!」みたいな感じ。そうやって幕を引いてみせた感じは、嫌いにはなれない。めちゃめちゃ頑張ったんだとは思うんですよ。(19年12月)

『フォードvsフェラーリ』

 要は「現場 vs トップ」とかね、あるいは「実際に汗をかいてる側 vs 金を出して彼らを使う側」とかですね、非常に普遍的な……資本という論理の中で、我々はどっちにしろ生きてるわけで。何らかの組織と関わって、あるいは何らかの資本の中で動く以上は、大人であれば特に誰もが、どこか思い当たるところがあるはずの話でもあるわけですよ。(20年1月)

『キャッツ』

「何やら目を輝かせて、身をくねらせる」っていうショットが、しつこく示されるわけですね。こうやって……クドいんですよ。で、この多くの批判的な評が言っている、「まるで全編、発情しているみたいだ」みたいに評されるんですけど、これはたぶんまさにこの、「何やら目を輝かせて、身をくねらせる」っていう、単調なリアクション演出の頻出が、おそらく原因だと思うんですよ。(20年2月)

注)「グッとくる映画批評名言集」は、アフター6ジャンクション内のコーナー・週間映画時評 ムービーウォッチメンで扱った作品を記録したTBSラジオのサイト「ライムスター宇多丸が評論した映画リスト」の文字起こしから抜粋して編集部作成
宇多丸がラッパーを務めるRHYMESTERは、9月30日にLive Blu-ray / DVD(2枚組)結成30周年記念ツアー『KING OF STAGE VOL.14 全国47都道府県TOUR 2019』をリリースした
宇多丸がラッパーを務めるRHYMESTERは、9月30日にLive Blu-ray / DVD(2枚組)結成30周年記念ツアー『KING OF STAGE VOL.14 全国47都道府県TOUR 2019』をリリースした

(写真/平岩 享)

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