売れ行きはくん煙剤中止者にとどまらず、広がりを見せる。くん煙剤を使用したことのない潜在顧客にも響いたのだ。「ハイシーズンに入ってからは、想定以上に若年層を取り込めた」(奥平氏)。QPR(消費者購買履歴)データによると、30~40代が約42%、50代約25%、60代以上約22%で、蚊取り線香やエアゾールなどの従来品と比べて、むしろ若年層の比率が高い。「60代以上はゴキブリを見ても平気だが、30~50代にはゴキブリの出現にあらかじめ対処するものが支持されている」(奥平氏)。ちなみに、ワンプッシュで蚊を駆除する「蚊がいなくなるスプレー」と「虫コナーズ」も、新規性と簡便さが若年層に響いた。

 希望小売価格は、40プッシュ、最大60畳分で税別1580円。6~8畳用くん煙剤約10個分に相当するため、実はコストパフォーマンスも高い。

コロナ禍を逆手にとった新聞広告でバズらせる

 広告コミュニケーションは、「金鳥らしいユニークで共感を呼ぶ」企画を採用した。テレビCMのキャラクターには、全世代で知名度が高く、説得力のある演技が評判の香川照之を起用。「煙じゃないのに、煙のききめ」というシンプルに商品特徴をうたったキャッチコピーが、くん煙剤離脱者の記憶をも呼び起こし、購買につなげる一助となった。

“昆⾍博⼠”⾹川照之を起⽤。活弁⼠に扮して商品の特徴をアピール
“昆⾍博⼠”⾹川照之を起⽤。活弁⼠に扮して商品の特徴をアピール

 一方、新聞広告はコロナ禍による緊急事態宣言発令後の20年4月中旬から企画を考え、5月29日に掲載。増えつつあった若年層に主なターゲットを変更し、SNSでバズることを狙った、捨て鉢のキャッチコピーが話題を呼んだ。KINCHOの6文字にQRコードを付け、新型コロナの不安を払拭するような6種類のWeb広告にひもづける仕掛けもユニークで金鳥らしい。「まさに『もうどう広告したらいいのかわからないので。』という心境をそのまま表現してもらえた。結果的に幅広い年代層の共感を得られ、拡散につなげることができた」と奥平氏は話す。

左の新聞広告を掲載し、QRコードを読み取ると6種類のページに飛ぶ仕組み。「Gラーニング」「自社商品の悪口」などいろいろな遊び心を盛り込んだ
左の新聞広告を掲載し、QRコードを読み取ると6種類のページに飛ぶ仕組み。「Gラーニング」「自社商品の悪口」などいろいろな遊び心を盛り込んだ

 ただヒットの要因は、コロナ禍よりも気象の影響が大きいという。在宅時間が増え、住居環境を見直す機運が高まったことも一因だが、殺虫剤の需要は過去3年間、気温の低下と台風の増加で6~7月の売り上げは19年を下回っていた。「20年は猛暑で台風接近回数が少なかったことも好調を維持できている理由」(奥平氏)と、マーケターらしい冷静な分析も忘れていない。

「研究所の強い思いから作られた商品。それをいかに市場に浸透、認知させるかというのが今回のマーケティングの仕事だった」と語る
「研究所の強い思いから作られた商品。それをいかに市場に浸透、認知させるかというのが今回のマーケティングの仕事だった」と語る

 ムエンダーを虫コナーズ以来の大ヒット商品に導いた奥平氏は、ヒットに浮かれることなく、謙虚な姿勢を貫く。消費者の声や暮らしを調査して商品化するのがマーケティング手法の主流だが、金鳥では開発者の思いをいかに消費者に伝えるか、その過程を重視するという。

 「ムエンダーのヒットは社員が一丸となって市場を開拓したことで勝ち取った。金鳥の渦巻き、キンチョールのような誰でも知っている商品に育てていきたい」と、夢はさらに広がる。

現場を担当したマーケティング部営業企画課の伊藤圭亮氏。「使ったことがない人よりハードルは低いのでは」とくん煙剤離脱者に的を絞った
現場を担当したマーケティング部営業企画課の伊藤圭亮氏。「使ったことがない人よりハードルは低いのでは」とくん煙剤離脱者に的を絞った
■審査員コメント

富永朋信氏
プリファード・ネットワークス執行役員CMO
くん煙剤のネガティブポイントと愚直に向き合い、それを解決する商品を出した。商品開発のスタートポイントから広告まで隙がない。かつ結果も出している。

音部大輔氏
クー・マーケティング・カンパニー代表取締役
逆張りに見えるが、順張りのマーケティングだ。ターゲットの絞り込みを臆せずやっている。このマーケットで行けると冷静に判断した点が素晴らしい。

(写真/水野浩志)