マーケター・オブ・ザ・イヤー2020

「マーケター・オブ・ザ・イヤー2020」3人目は、「ゴキブリムエンダー」をヒットに結びつけた大日本除虫菊(金鳥・大阪市)マーケティング部課長の奥平亮太氏。あえてターゲットを絞り込むことで、潜在顧客の掘り起こしにつなげた。「マーケティングは顧客の問題解決」という原点を具現化したヒット商品と言える。

大日本除虫菊 マーケティング部 課長 奥平亮太氏。2001年入社。名古屋支店で8年間、東京支店で6年間、営業の現場を経験した後、15年にマーケティング部に転属し、ハエ・蚊を担当。19年8月から現職
大日本除虫菊 マーケティング部 課長 奥平亮太氏。2001年入社。名古屋支店で8年間、東京支店で6年間、営業の現場を経験した後、15年にマーケティング部に転属し、ハエ・蚊を担当。19年8月から現職

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 「にっくきあいつらを一網打尽にしたい。でも面倒なことはしたくない」。これが日本人大多数に共通する思いだろう。そんな願いをかなえる画期的な商品が、老若男女にヒットしている。大日本除虫菊が送り出した空間噴射式のゴキブリ駆除剤「ゴキブリムエンダー」だ。

 2020年2月の発売から半年で約80万個(8月末時点・インテージSRI調べ)、販売額で約12億円を達成。出荷数は当初、計画に対して2倍以上で推移していたが、9月に入っても1.4倍と好調を維持している。

 07年に発売した、つるだけの簡単虫よけ剤「虫コナーズ」が大ヒットし、殺虫剤市場に新たなカテゴリーを確立した同社。ゴキブリムエンダーは、その虫コナーズに匹敵する大型商品と位置づけている。

パッケージには「次世代型」と入れて、新規性を訴求。ゴキブリのイラストを入れずにスッキリとしたデザインに
パッケージには「次世代型」と入れて、新規性を訴求。ゴキブリのイラストを入れずにスッキリとしたデザインに

革新的だからこそターゲットは手堅く

 ゴキブリムエンダー最大の特長は、6畳当たりワンプッシュずつを4回室内に噴射するだけで、ゴキブリを一網打尽できる点だ。ゴキブリに直接噴射して退治するエアゾールと異なり、動いているゴキブリを見ることなく退治できる。

 まとめて駆除するタイプとしては、殺虫成分を含む煙や霧を部屋中に行き渡らせる「くん煙剤」があり、02年ごろにはゴキブリ駆除剤市場で最大シェアを誇っていた。ところが、00年のピーク時に184億円だったくん煙剤市場は、09年に81億円、19年には41億円と右肩下がりで縮小。ここ数年は同社の「コンバット」のような毒餌剤がくん煙剤に代わり、市場をけん引してきた。

 同社の研究所でムエンダーが着想されたのは、すでにくん煙剤離れが顕著だった07年ごろ。「当時、部屋の中の見えないゴキブリまで退治できるのはくん煙剤しかなかった。ただ、くん煙剤だと準備も片付けも面倒なうえ、使用中は外出しなければならず、不便。もっと簡単に使えて安全性の高いものはできないか、という開発者の思いから開発が始まった」と、同社マーケティング部課長の奥平亮太氏は振り返る。

 そこで、蚊取り線香や殺虫スプレーで使われている安全性の高いピレスロイド系薬剤を使用。無煙処方でも、くん煙剤と同等の効果が得られるスプレータイプの画期的な駆除剤を、約10年がかりで完成させた。

 今まで世になかった商品を、いかに市場に認知させられるか。開発者の強い思いを引き継いだ奥平氏ら担当チームがひねり出した答えは、マーケティングの王道ともいえる問題解決型の戦略だった。

 19年に消費者にアンケート調査を実施。くん煙剤の使用をやめた理由を調べた結果、「使用前後の面倒くささ」と「子供やペットへの影響に対する不安感」などの不満点が浮かび上がってきた。そこで、ターゲットを幅広く取るのではなく、くん煙剤を過去に使ったことのある「離脱者」に絞り込むことを決断。面倒くささなど不満を持っていた人のほうが、むしろ最終的に商品に手を伸ばしてくれるのでは、という読みだ。

マーケティング部門が販売部門向けに新商品について説明したときのプレゼンテーション資料。くん煙剤の使用経験率38.2%に対して、18年に実際に使用した人はわずか3.2%。この差にマーケットがあると読んだ
マーケティング部門が販売部門向けに新商品について説明したときのプレゼンテーション資料。くん煙剤の使用経験率38.2%に対して、18年に実際に使用した人はわずか3.2%。この差にマーケットがあると読んだ
くん煙剤の中止理由を洗い出すと、「面倒くささ」と「薬剤への不安」が浮き彫りになった。裏を返せば、この2つを払拭できればニーズがあるということがわかる
くん煙剤の中止理由を洗い出すと、「面倒くささ」と「薬剤への不安」が浮き彫りになった。裏を返せば、この2つを払拭できればニーズがあるということがわかる

 「一番メッセージ性を打ち出しやすく、商談しやすい」(奥平氏)という、コミュニケーションや販売上の狙いもあった。必要なポイントだけのシンプル設計を信条とする販売担当向けのプレゼン資料にも、そのメッセージを分かりやすく盛り込んだ。

潜在顧客の掘り起こしにつながったパッケージデザイン

 くん煙剤市場では、アース製薬の「アースレッド」とレックの「バルサン」が市場をほぼ二分している。その牙城を切り崩すのには、くん煙剤の延長線上では差別化できず、新規獲得にもつながらない。そこで、ゴキブリムエンダーのパッケージはリアルなゴキブリを想起させない、ゴキブリ駆除剤らしくないスッキリしたデザインを採用。ゴキブリを目にしたくない、くん煙剤離脱者への訴求を重視した。

 世の中に存在しない、説明が必要な商品だからこそ、一目でゴキブリ退治と分かるデザインにしてしまいがちだ。しかし、メーカー側の都合ではなく、消費者心理を優先したデザイン発想が、ターゲット層の心をつかんだ。