連続テレビ小説「ひよっこ」(NHK)や「今日から俺は!!」(日本テレビ系)などで着実に知名度を高め、現在は「珈琲いかがでしょう」(テレビ東京系)と、大河ドラマ「青天を衝け」(NHK)が放送中。映画公開も今後次々控える、今最も旬な俳優の一人が磯村勇斗だ。長い下積み期間を経てブレイクを果たした彼の、今の率直な思いに迫った。

※日経トレンディ2021年6月号の記事を再構成

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俳優 磯村 勇斗
いそむら・はやと 1992年静岡県沼津市生まれ。2015年「仮面ライダーゴースト」で初めてのレギュラー出演。「恋する母たち」(TBS系)や、NHK大河ドラマ「青天を衝け」など、数々の話題作に出演し、『東京リベンジャーズ』など映画公開も控える

――朝ドラ「ひよっこ」(NHK)でヒロインの爽やかな恋人を演じたかと思えば、「今日から俺は!!」(日本テレビ系)では、極悪非道のツッパリとして大暴れ。同性愛者の美青年を演じた「きのう何食べた?」(テレビ東京系)で年上の恋人を翻弄し、「恋する母たち」(TBS系)ではイケメン会社員として既婚の上司に熱烈アプローチし、女性ファンの心をわしづかみにした。振り幅の大きな役を魅力的に演じ分ける、今注目の実力派俳優こそ、磯村勇斗だ。

――出演作品が続き、ウェブニュース、雑誌、映像など磯村を見ない日は無い。「珈琲いかがでしょう」(テレビ東京系)と、自身初出演となった大河ドラマ「青天を衝け」(NHK)は現在放送中。映画の『劇場版 きのう何食べた?』と『東京リベンジャーズ』も今後公開予定だ。

――今、最も期待される俳優として存在感を放つ28歳だが、俳優への道を志したのは、中学生の頃だったという。夢をひたむきに追い続け、それがかなった今、何を思い、どこへ行こうとしているのか。その胸の内に迫った。

磯村 印象の異なる様々な役柄をやらせていただけることは、俳優としてとても幸せだと思います。例えば、「今日から俺は!!」の凶悪なツッパリ・相良役は、「ひよっこ」のヒデ役で爽やかな好青年役を長く演じていた時にいただいたお話でした。それまでとは180度異なるヒール役。すごくうれしくて、思い切りダークサイドに振り切って演じました。撮影そのものもとても楽しかったです。

 相良のような凶悪な人物を演じるときには、どうやって役作りをするのですか、と聞かれることがあります。理解も共感もしがたい人物であっても、役作りの手順は、他の役柄と変わりません。まず、台本を深く読み込み、しっかり自分の中に人物像を落とし込みます。そのうえで、頭の中で考えたそれを全部捨ててしまい、現場にはゼロ、せりふだけ入っている状態で臨む。現場ではあまり考えず、そこで生まれるものだけを大切にして演じています。感情を動かしてくれるのは相手の俳優さん。相良でいうなら、賀来賢人さん演じる三橋の言動にすごく挑発されて、怒りを爆発させていました。頭で考えなくても役柄として現場にいれば、心は動くものなんです。

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 役作りという意味では、役柄のビジュアルにこだわることも俳優として心掛けています。ビジュアルの力はやはり大きい。髪型や体形などを説得力のあるものに作り込んでおけば、画面に一瞬登場しただけで、役柄のキャラクターを見る人に伝えることができます。

 今、放送中のドラマ「珈琲いかがでしょう」で演じているチンピラ・ぺいはちょっと不思議な役どころです。主人公の中村倫也さん演じるコーヒー店店主の青山とは因縁があり、それが後半で明かされていくのですが、第1話から登場するものの、前半は毎回ちらっと姿を見せるだけの謎の人物。こういった役柄って、どの程度印象づけるか、ニュアンスがすごく難しいんです。一目見ただけで「こいつ絶対何かやるだろう」という期待は持たせたい。でも、怪しさを出し過ぎるわけにはいかない。

 それで、ぺい役を演じるに当たっては、髪を金色に染め、短くカット。原作の雰囲気に近づけるため、メイクでそばかすを作って目の下に少しクマを描き、肌もちょっとざらついて汚れた感じに見えるようにしていただきました。こうしてメイクが決まり、衣装を身に着けると、バチッと僕のスイッチが入ります。そんな僕の姿を見て、ぺいという人物を分かってもらえると、演じ甲斐もあります。

綾野剛、吉田羊……先輩俳優から学んだこと

 公開中の映画『ヤクザと家族 The Family』では、半グレグループのリーダー格の翼を演じているんですが、翼になりきるために、人生初の本格的な体作りをしました。翼が初めて登場するのは、上半身裸のストリートファイトシーン。藤井(道人)監督から「あのシーンで鍛え上げた身体をしっかり見せておけば、翼のキャラクターが観客にも見える」と言われ、集中的に鍛えました。とてもきつかったですが、やってよかったです。

 この映画で、翼は、主演の綾野剛さん演じるヤクザを「賢兄」と慕っているんです。二人で芝居することも多くて、撮影は刺激的でした。綾野さんの作品に対する愛情と熱意のぶつけ方、役へのアプローチ……そばで見ていてしびれたし、影響を受けたと思います。

 僕は年齢が上の方とご一緒させていただくことが多いので、綾野さんだけでなく先輩方からたくさんのことを学ばせてもらっています。例えば、最近また自分を知ってもらえたな、と思う作品だと、「恋する母たち」の吉田羊さん。羊さんとの芝居の掛け合いは、お互い好きなようにやりつつ、相手の芝居も受け止めつつ、みたいな感じでとにかく楽しかったです。羊さんの器の大きさみたいなものを感じました。

「恋する母たち」 吉田羊演じる既婚の女性上司にひたむきな恋心を伝え、猛アタックする会社員・赤坂剛役を熱演。20年10月よりTBS系で放送された (c)柴門ふみ・小学館/TBSスパークル・TBS
「恋する母たち」 吉田羊演じる既婚の女性上司にひたむきな恋心を伝え、猛アタックする会社員・赤坂剛役を熱演。20年10月よりTBS系で放送された (c)柴門ふみ・小学館/TBSスパークル・TBS
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「恋する母たち」 Blu-ray&DVD 好評販売中。全話ディレクターズカットの本編と3時間超えの特典映像に加え、3本のオーディオコメンタリーも収録!コメンタリーには磯村勇斗も参加。発売元:TBS 発売協力:TBSグロウディア 販売元:TCエンタテインメント (c)柴門ふみ・小学館/TBSスパークル・TBS
「恋する母たち」 Blu-ray&DVD 好評販売中。全話ディレクターズカットの本編と3時間超えの特典映像に加え、3本のオーディオコメンタリーも収録!コメンタリーには磯村勇斗も参加。発売元:TBS 発売協力:TBSグロウディア 販売元:TCエンタテインメント (c)柴門ふみ・小学館/TBSスパークル・TBS
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 「きのう何食べた?」は、西島秀俊さん、内野聖陽さん、山本耕史さんというすごい面々とお芝居をさせていただくという幸運。どんなものが飛んでくるのか、自分のせりふがどう返されるのか、予測できないヒヤヒヤ感が楽しくてたまらなかったです。

 一方、これから公開される映画『東京リベンジャーズ』では、同世代の俳優が一堂に会するんですけど、みんな違って面白いなと思いました。(北村)匠海には匠海の、吉沢(亮)君には吉沢君の、僕には僕のスタイルやアプローチ方法があって、他の誰とも違う。個性的な俳優がそろったいい世代なんだなと、改めて思いましたね。

『東京リベンジャーズ』 『週刊少年マガジン』(講談社)で連載中の大人気漫画を実写化。今旬の若手俳優が勢ぞろいする 2021年7月9日全国ロードショー 配給:ワーナー・ブラザース映画 (c)和久井健/講談社  (c)2020 映画「東京リベンジャーズ」製作委員会
『東京リベンジャーズ』 『週刊少年マガジン』(講談社)で連載中の大人気漫画を実写化。今旬の若手俳優が勢ぞろいする 2021年7月9日全国ロードショー 配給:ワーナー・ブラザース映画 (c)和久井健/講談社  (c)2020 映画「東京リベンジャーズ」製作委員会
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「青天を衝け」 日本資本主義の父とも呼ばれる渋沢栄一の人生を描く大河ドラマに、時の14代将軍・徳川家茂役として出演。磯村にとって、大河初出演の作品となった (NHK提供)
「青天を衝け」 日本資本主義の父とも呼ばれる渋沢栄一の人生を描く大河ドラマに、時の14代将軍・徳川家茂役として出演。磯村にとって、大河初出演の作品となった (NHK提供)
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――エリートコースを順調に歩んでいるように見えるが、本人は自身のことを、「王道ではない」と振り返る。

磯村 僕が俳優を志したのは中学2年の時。学校行事の一環で、学生同士が協力してイベントを行う機会があり、自分が監督・主演した映画を全校生徒の前で上映することができたのですが、これがウケたんです。拍手をもらったことがめちゃくちゃうれしくて、すっかり味をしめちゃった。僕は、性格的には熱しやすく冷めやすいタイプ。なのに、その時決めた「俳優になる」という夢だけは、その後絶対に諦めませんでした。

俳優になることを「無理かも」と思ったことは一度もなかった

 本当は、高校から東京に出たかったけれど、親に猛反対され、やむなく地元静岡の高校へ。でもどうしても演技の勉強がしたかったので、地元の劇団に電話して「演技を教えてください」と頼み込み、週1回通って演技を学び、舞台にも立たせてもらいました。劇団員は50~70代。その中でたった一人の高校生でした。

 なぜか分からないのですが、「自分は絶対に俳優になれる」という確信があり、俳優になっている自分を具体的にイメージすることもできました。不思議なことに「無理かもしれない」なんて1度も思わなかったんですよね。ただ、どうやったらなれるのか、その方法が分からなかった。

 高校を卒業し、大学進学と同時に上京。この頃から、オーディションを受け始めるのですが、なかなか合格することができませんでした。行くべき場所がはっきりしているのに、近づけないもどかしさ。それで、「発見してもらおう」と、スカウトされることを期待して原宿を歩いてみるなんてこともしたけど、これもうまくいかない。

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 そうこうしているうちに、あるとき、ハッと気づきました。自分にとって俳優への王道は、「オーディション合格」か「街でのスカウト」だったのですが、この調子だとどちらも無理っぽい。「オレはこのまま王道を進もうとしてはダメなのではないか」と。そこで方針を大転換。小劇場の舞台に出演してチャンスを探すことにしたんです。大学でも演劇を学んでいたのですが、一刻も早くプロになりたくて、2年生の時に中退しました。

 アルバイトをしながら小劇場に出る日々で、一つ舞台を終えたら、場所を変えてまた次の舞台へ。あの頃はめちゃくちゃハングリーでした。同じ場所にとどまっていたら、絶対デビューできない、いいチームでいい舞台ができたとしても、そこで満足してはいけない、と自分に言い聞かせていました。あの時期頑張れたのは、自分が行きたい場所のイメージが明確で、目標が揺らがなかったからだと思います。

 そんな生活をしばらく続けているうちに、僕の主演舞台を見た今の事務所から声が掛かりました。ようやく所属事務所が決定。大学を中退してから1年ほどたった、13年のことです。転機となった「仮面ライダーゴースト」までは、それからさらに2年かかっています。

 14歳で志してから、思ったよりずっと時間がかかってしまいました。遠回りだったけれど、これでよかったんだろうな、僕にはこれしかなかったんだろうな、そんな気がしています。

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――憧れ続けてきた場所に到達できた今、次の場所は見えているのだろうか。

磯村 あの頃行きたかった場所に今いるのは確かですが、正直言ってその先はまだ見えていません。この世界は、すごくもろい階段を上り続けているようなところがあります。一歩踏み外すとそのまま崩れていく怖さと闘いながら、上り続けなくてはならない。目標に届いたからといって、そこに安住していてはダメで、次に行かないといけないんだろうなあ。小劇場を渡り歩いていたころのハングリーさは、今はたぶんなくなっちゃっている気がしますね。

 一つ一つの役柄を突き詰めるとか、作品を良くしていくという方向性はもちろんあると思います。でも、俳優を目指していた僕が俳優になれた今、次にどこを目指すか、の答えはまだ……。この場所を掘り下げるとか、かな? その意味では、僕は息の長い俳優になりたいし、後世に残せる作品や役柄に出合いたい。俳優というのは人の心に直接働きかけることのできる不思議な力を持ったすてきな仕事だから、その力を磨いて世界に発信したい。そして、たくさんの人を幸せにしたい。世の中がネガティブな方に向かわず、ポジティブな方向に行くことを助けるような仕事をしていきたいです。

 あと、これまでは「作品を重ねていくこと」に一生懸命だったのですが、21年はこれを自分の納得できるペースでやっていこうと思っています。一つ一つの仕事の質を上げられたらいいな、と考えているので、もしかしたらメディアでの露出は減るかもしれません。でも、これにトライするなら、追い風が吹いている今しかない。風に乗らずに、逆行していく。それはそれで面白いのではないでしょうか。

ヒットをつくる人の素顔

最近ヒットしているものは?

アフリカのワックスプリント(編集部注:ろうけつ染めから発展したプリント布)の、鮮やかな色彩とハンドメイドと思えない精密さとぬくもりにハマっています。世界を巡りながら育まれた歴史の産物であることも魅力に感じます。

座右の書は?

座右の書ではないのですが、最近気になって読んでみたら面白かったのが、宇佐見りんさんの本。同じ静岡県沼津市の出身で、僕より7歳も年下なのに、『推し、燃ゆ』(河出書房新社)が芥川賞受賞。分野は違うけど、自分も頑張らなきゃと思う。すごく気になる存在です。

(写真/樽木優美子(TRON) スタイリスト/齋藤良介 ヘアメーク/佐藤友勝)

衣装協力/ジャケット3万8500円、カットソー3万800円、パンツ2万4200円
(税込み。メアグラーティア/問い合わせ先:シアンPR 03-6662-5525)