SEKAI NO OWARI、ゆず、Official髭男dismなどの楽曲プロデュースやライブ音源制作を手掛ける音楽プロデューサー・保本真吾氏が、2021年4月からラジオ番組『ジョイミューラジオ!』をスタートした。その放送開始につながった新人発掘プロジェクト「Enjoy Music!」の立ち上げの経緯や、番組が目指すところ、感じている手応えなどを聞いた。
音楽プロデューサー
SEKAI NO OWARI(セカオワ)、ゆず、Official髭男dism(ヒゲダン)などの楽曲プロデュースやライブ音源制作を手掛ける音楽プロデューサー・保本真吾氏が、2021年4月からラジオ番組『ジョイミューラジオ!』をスタートした。SNSで才能あるアーティストを発掘する保本氏の新人発掘プロジェクト「Enjoy Music!」(以下「ジョイミュー」)の流れをくむ番組だ。
ジョイミューは保本氏が立ち上げた、新人アーティストの発掘を目的とするプロジェクト。すでに複数のアーティストの音源がまとめられたコンピレーションアルバムがリリースされたり、恵比寿LIQUIDROOM(リキッドルーム)でのフェスが立ち上げられたりするなど、速いスピードで発展を遂げている。まずは『ジョイミューラジオ!』の放送開始につながる、ジョイミュー立ち上げの経緯から聞いた。
「20年4月の緊急事態宣言で仕事も無くなり、音楽が不要不急と言われ、自分の存在価値を自問自答するくらい落ち込んだんです。そんな時に、『今、僕と音楽を作りたい人はいるのかな……』と20年5月に思わずSNSでつぶやきました。すると、クオリティーの高い音源がたくさん送られてきたんですね。すぐに感想やアドバイスをリプライでコメントしたら、『保本さんからリプが来た』という反応が拡散されたんです」(保本氏)
結果、その投稿から1週間ほど、保本氏の携帯が鳴りやまないほどのメッセージが届いた。最終的に届けられた音源は約700作品にも上った。「まだまだ世に出ていない才能あふれるアーティストはたくさんいる」と確信した保本氏は、プロジェクトを立ち上げる。それがジョイミューだった。
「コロナ禍で僕自身も、来る仕事だけやっていたら生き残れないと思いました。自分でアーティストを発掘して、一緒に仕事をするのが一番早いんじゃないかなと。僕自身、自分のヒット曲があったり、バンドでデビューしていたり、バリバリのスタジオミュージシャンだったりという華麗な経歴はありません。セカオワの『RPG』をプロデュースしてヒットしたのは38歳の時。それまではバイトや派遣の仕事もしていて、派遣切りされた経験もあります。周囲に『いいかげん音楽なんかやってないで普通の仕事に就けば』と言われながら、粘っていた時期にヒットが出せた。だから、何歳でも希望を持っていてほしいんです。
ジョイミューでも年齢制限を設けていません。10代から60代まで、幅広い人が音源を送ってきてくれました。リトライは何度でもOKなので、次に音源を送ってきてくれる時は、僕のアドバイスを生かして成長してるんですよね。チャンスは無限に広がっているなと自分でも思いましたし、何度もやり取りして育てていく感覚も味わいました」(保本氏)
「フェス中止」の逆境がラジオ開始の契機に
単に音源のやり取りをするだけではプロジェクトは発展しない。まず、特に将来性を感じるアーティスト17組と共に制作した楽曲を収めたコンピレーションアルバム『Enjoy Music! New Wave Generations Vol.1』を、20年12月に配信リリースした。
さらに次の一手として、ジョイミューで育てたアーティストを集めたフェスの開催に踏み切る。コロナ禍でライブハウスのキャパシティーが50%に制限されていたこともあり、人気ライブハウスである東京・恵比寿の「リキッドルーム」の半分の観客数に当たる400人は集客できると見込み、21年2月13日に総勢31組が出演する「ジョイミューフェス Vol.1」を企画した。狙い通りチケットは完売したが、緊急事態宣言により中止となってしまった。
プロジェクトを発展させていくためには、ジョイミュー自体にファンが付かないと駄目だ。その思いからフェスを企画したが中止になり、一時は意気消沈したという保本氏。ただ、そこで感じた思いが番組の放送開始につながることになる。
「SNSはスピード感や手軽さがありますが、誰でも簡単にアクセスできるので、ありがたみが薄れてしまう。そこで、既存メディアとの融合が大切だと考えました。ラジオを選んだのは、声だけなので情報量はそこまで多くないけど、だからこそみんなが耳を傾ける。人の声って感情がすごく出るので、ジョイミューというプロジェクトにどれだけの思いが込められているか、その熱量を届けるにもすごくいいと思ったんです。実際、コロナ禍でリスナーも増えてますしね」(保本氏)
こうした経緯を経て、始まったラジオ番組がジョイミューラジオだ。番組宛てやSNSを介して届けられた、まだ無名のアーティストの音源を次々に紹介。番組で紹介したアーティストは保本氏のプロデュースで楽曲を制作・リリースする可能性もある。ジョイミューと同様、発掘したアーティストをデビューさせ、ヒットさせるのが番組最大の目的だ。「歌詞の面でも応募楽曲に切り込める人がいた方がいい」と、パーソナリティーを務める保本氏のパートナーとして人気作詞家のzopp氏も出演している。
「SNSだけだった時と比べ、番組に送られてきている音源はプロっぽいです。SNSからラジオに一段ハードルが上がったことで、逆に毛色の違う音源が届きます。あと、アーティスト本人だけじゃなくて、マネジャーが担当アーティストの音源を送ってきてくれたりして、早速手応えを感じています。
僕はセカオワもヒゲダンも、今ジョイミューで関わっているアーティストと変わらないくらい知名度が無い時期を知っていて。それが何かのきっかけでいきなり変わることも経験しています。コツコツとアウトプットすることで誰かに拡散されて、大きなヒットが生まれることがある。その口コミのすごさはSNSのジョイミューで痛感したことなので、ラジオではそれをさらに発展させたいと思っています」(保本氏)
セカオワ「RPG」の成功体験が糧に
ジョイミューで貫く信念には、保本氏がこれまでのプロデューサーとして培ってきた経験が大いに生きている。代表的な例として、前述したセカオワの「RPG」の話を聞いた。
「実は当初アレンジを聴いてもらった時、セカオワのメンバーからもレコード会社からも、『アバンギャルドだ』と反対されたんです。唯一、ボーカルのFukaseだけが、『このアレンジでやりたい』って言ってくれて、ヒットした。あのヒットによって『ファンタジー感のある曲を作りたい』となったときに、みんなが『RPG』をまねするようになったんです。自分のやりたいことを押し通さないと後悔するなと思いましたし、全員に好かれる必要はなくて、当時のFukaseのように誰か1人でも味方がいたら状況はひっくり返せると実感しました。
それ以降、様々なアーティストからも『保本さんは実験するのが好きだそうなんで、とにかくやりたいようにやってください』と言われるようになりました。その後、ゆずの北川(悠仁)君から、『僕らが歌ったら何でもゆずになるので、好きにやってください。その代わり中途半端なことだけはしないでほしい』と言われて作ったのが、『雨のち晴レルヤ』という曲でした。それもヒットしてくれて。そうやって腹をくくることが大事なんだっていうことは忘れずにやっていきたいなと思ってます。
僕がサウンド演出を手掛けた、セカオワの『炎と森のカーニバル』というライブでは、巨大な樹をステージ上に立てました。スタッフは高さ20メートルが限界だと言ったんですけど、Fukaseは30メートルじゃないと意味がないと言ったんです。散々せめぎ合いがあった結果、バルーンで樹をつり上げて30 メートルの高さにした。たかだか何メートルかの差だけど、客席からの見栄えが全然違うんです。あの壮大さによって、お客さんは日常から切り離されたファンタジーを強く感じることができた。自分の中で確信があれば、反対されたとしても押し切る強さはすごく大事だと思うんです。
よくワンマン社長って揶揄(やゆ)されたりしますけど、ワンマンの強さがないと人を引っ張っていけないのも事実なんですよ。Fukaseは自腹を切ってでも、30メートルの樹を作るって言ったし、僕もジョイミューは全部自分たちのお金でやっています。そうでもしないと人と違うところには到達できない気がしてるんですよね。まだ今は種まきの時期で、ジョイミューは全然利益にはなっていませんが、やがて実がなるよう、足を止めないことが大事だと思っています」(保本氏)
(写真/タナカヨシトモ)