17社からオファー 元ネスレ高岡氏が提唱する21世紀型の企業改革(画像)

マーケティングと柔軟な発想力で「ジャパンミラクル」と驚嘆されるほど、ネスレ日本を急成長させた高岡浩三氏。トップ就任後10年目を迎えた20年3月末、定年を機に退社し「ビジネスプロデューサー」として独立した。これから何を仕掛けていくのか。日本の現状をどう見ているのか。単独インタビューで胸の内を明かした。

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高岡 浩三(たかおか こうぞう)氏
ケイアンドカンパニー代表取締役
1983年、神戸大学経営学部卒。同年、ネスレ日本入社。各種ブランドマネジャーなどを経てネスレコンフェクショナリーのマーケティング本部長として「キットカット」受験キャンペーンを成功させる。2005年、ネスレコンフェクショナリー代表取締役社長。10年11月ネスレ日本代表取締役社長兼CEOに就任。「ネスカフェ アンバサダー」などネスカフェの新しいビジネスモデルを構築し、14年に日本マーケティング大賞。20年3月に退社

 独立を表明するや、高岡氏には17社もの企業からオファーが届いた。現在はこのうち6社の経営を手伝い、その合間を縫って全国各地で講演をしている。コロナ禍の中、むしろネスレ時代以上に忙しくなったといっても過言ではない。

 「嫌みかなにか知りませんけど、コロナ太りしているとか言われますね(笑)。デジタルトランスフォーメーション(DX)と言って(ネスレ日本を)やめたじゃないですか。それでコロナが来て、緊急事態宣言が出て、世の中、DX一色になった。別にそんなことを読んでいたわけでもなんでもないが、実は4年前から還暦を機に、こういう仕事をやろうと心に決めていた。コロナになる前から僕自身の中では今、皆さんが見えるようになった問題が、たぶん見えていただけの話なんですよ」

考えて気づきを与える

 高岡氏は昔から「考える人」だった。30歳で部長に抜擢(ばってき)されたときも「満員電車の中で、つり革につかまりながら、考えていた。その日の新聞の見出し、週刊誌の見出しを見て、自分ならどう解決するかと、その企業の社長のつもりになって考える癖をつけた結果、ものすごく引き出しが増えた。だから僕は食品業界じゃなくても、どこでもやれるなとは思っていた」

 仕事で常に心がけているのは「作業はやらない」ということ。「ネスレ時代、社長室で僕とミーティングするときは3枚以上資料を見せるなと言っていた。もう、3枚もいらない。実際、1枚もいらないです。分かりやすく説明してくれたら、だいたい分かりますから」

 独立した今もその志は変わらない。「大手のコンサルみたいに時間をかけたプレゼンテーションは一切しない。その代わり、考える時間を十分にとって、気づいたことを(クライアントの)社長に口頭で伝えたり、考え方を指導したりしている」。あくまでも日本企業の弱点である、気づきを与える役割に徹しているのだ。なぜなら「どんな問題を抱えているかが見つかれば、今のデジタル技術やAIを使えばたいてい解決できると思うから」

 実際に高岡氏の進言により、道が開けたのがテアトルアカデミー(東京・新宿)だ。実は、高岡氏がネスレ時代からアドバイザー役を務めてきた。テアトルアカデミーといえば鈴木福らを輩出し、子役タレントのマネジメント会社のように見えるが、そうではないと高岡氏はすぐに見抜いた。

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