
コロナ禍で2020年4月期ドラマの延期や中断が相次いだテレビ業界。その後やや平静を取り戻した7月期ドラマで圧倒的な強さを見せたのがTBSテレビだ。「半沢直樹」の最終回は、関東地区の平均世帯視聴率が32.7%を記録(ビデオリサーチ調べ)。同期の「私の家政夫ナギサさん」と「MIU404」も高視聴率で話題となった。なぜここまでTBSは強いのか。その秘密を同社編成局長の瀬戸口克陽氏に聞いた。
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TBSテレビ 総合編成本部 編成局長
自分の企画に世の中との接点をつくれるのがプロ
瀬戸口氏は、「花より男子」「華麗なる一族」など数多くのヒットドラマを手掛け、20年7月に編成局長に就任した。編成の役割について「簡単に言うと『局としてこういう方向に進もう』という方針を決めて、その旗振り役を務めるのが仕事。その方針にのっとってさまざまな判断を行い、どの番組をいつ放送するかを決めていく」と話す。
最近のTBSの方向性を示す言葉が、「ファミリーコア」だ。「(ドラマに限らず)13~59歳のファミリー層に向けた番組作りを局として重視している。会議などでは、これまでの世帯視聴率ではなく個人視聴率を指標として話すことが当たり前になった」。個人視聴率については、20年3月からビデオリサーチ(東京・千代田)が全国レベルでの提供を始めており、世帯内で誰がどれくらいテレビを見ていたかが詳しく分かるようになった。こうしたデータを活用し、若い層に刺さるコンテンツ作りを進めてきたことがヒットの背景にはある。
とはいえ、データ分析だけではヒットは生まれにくい。TBSの伝統的なスタンスである「企画主義」を、瀬戸口氏が貫いている点もドラマがヒットした要因といえる。「プロデューサーのやりたいことや伝えたいこと」、つまり企画を出発点とし、その企画からドラマを作っていく。「プロデューサーにはとにかく“企画を持ってきてください”と伝えている。それに対し『やる・やらない』を編成としてジャッジする」
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「やる・やらない」の判断基準は世の中と接点があるかどうかを重視する。瀬戸口氏は「自分が作りたいものを作るのはアマチュア。プロフェッショナルは、この企画がなぜ今必要なのかを考えて、自分が作りたいものに世の中が“見たい”と思う接点を作れる」と話す。例えば「私の家政夫ナギサさん」は、男性が“家政夫”であるという設定が時代に合っていると考えて即決したという。
世の中との接点の作り方にはさまざまな方法がある。瀬戸口氏が「Around40~注文の多いオンナたち~」を作ったときは、周囲にいた3人の女性それぞれに人生のターニングポイントが訪れたことがきっかけだった。「3人に話を聞いたら偶然年齢が39歳。そこから着想を得て、企画に落とし込んだ。自分が作品を手掛けるときは、身近な体験の中にある驚きや発見を大切にしてきた」
ドラマの企画はなんと2年も前から立ち上げる。以前からTBSにはそうした傾向があったのだが、ここ数年でそのやり方が徹底されてきたという。「今だと22~23年の企画を進めている。業界の中でもよく『TBSは動きが早い』との声をいただくが、我々からするとこのくらいのスピード感を持って進めていかないとベストなものは作れないと考えている」。出演者や脚本家などベストの布陣を組むには、仕掛けの早さが重要ということだ。
ただ、2年も前の企画だと放映時の社会情勢とのズレが心配になる。20年はまさにコロナ禍で社会情勢が一気に変わってしまった。「ドラマは時代の空気を反映させるもの。企画の太い幹は変わらないが、世の中の情勢によって脚本やセリフなどが変わることはもちろんある」。放映開始が4月から7月に延期された「半沢直樹」では、コロナ禍でも必死に働く人々に向けたエールのようなセリフもあり、ネットなどで話題になった。
若手にも積極的にチャンスを与える
ヒットの継続には、若手の成長が欠かせない。瀬戸口氏は「誰でも登れる山ではなく、自分にしか登れない山を登れ」と後輩に伝え、日々応援している。「苦労して登った山には絶景が待っているし、苦労して見た景色が今後の自分を支えてくれる」と考えているからだ。
現在TBSのドラマ枠は、火曜日午後10時、金曜日午後10時、日曜日午後9時の3枠がメイン。日曜日は「明日からがんばろう」という気持ちにさせる王道ドラマを配置するなど、内容面のバランスを取っている。7月期は、内容だけでなく制作陣のバランスを考えて若手の育成にも成功した。
実は「私の家政夫ナギサさん」は、TBSスパークルの若手・岩崎愛奈氏が初めてメインでプロデュースした作品。編成担当の松本友香氏は20代だ。「絶対的エースの『半沢直樹』と脂の乗っている『MIU404』の制作チームと同クールだったことは大きいですが、若手チームのチャレンジに1枠使うことができた。それが成功につながった」と振り返る。「私の家政夫ナギサさん」のスタッフは“絶景”を見ることができたはずだ。
また、若手には自身の体験から「俯瞰(ふかん)して客観視する能力」を身に付けてほしいという。これは前述の企画と世の中の接点づくりにも通じるものだ。
瀬戸口氏は、昔からTBSのドラマが好きで「いつか自分にしか作れないドラマを作り、自分の生きた証しを残したい」と熱い思いを抱いて入社した。しかし入社3年目に制作局から編成局に異動を命じられた。「もう少しで深夜枠ならドラマを作ることができるかもしれないというタイミングで異動を命じられた。あの頃は『なんで編成?』と社会人反抗期になった」
しかし、ドラマの再放送枠を決定する仕事を担当するようになって編成の楽しさを知った。加えて、社内で番組作りに関わるさまざまな業務を担当する人々との仕事を経験する中で、番組作りを俯瞰し、客観視できる能力が備わっていった。結果、制作に戻ったときに、すぐに日韓共同制作ドラマ「フレンズ」のプロデューサーを任されることになった。
「編成と制作の両方を経験してよかったと思う。編成にいた頃、1つの番組に対しこれだけの人がこれだけの熱量を持って接しているということを学べたし、他局の情報やマーケティング活動を通じ、TBSがどう見られているかも知ることができた。この経験は間違いなく、作品作りに役立っている」
若手や後輩には自身の持っているノウハウや人脈は隠すことなく提供しているという瀬戸口氏。「TBSは人とのつながりという財産をなかなか後輩に引き継がない部分があったが、それはいかがなものかと考えていたので、できるだけ僕の持つ人脈を後輩に渡すようにしている。今後はそれをTBSの文化として根付かせたい」と話してくれた。
まだまだ人々の熱狂をつくることはできる
コロナ禍を経て、「危険なビーナス」など10月期のドラマがスタートし、21年1月からはドラマは通常通りの放映パターンに戻るはずだ。延期が発表された人気ドラマの続編「ドラゴン桜2」(仮)の放映がいつなのかも気になるところ。そんな中、瀬戸口氏は21年のドラマなど映像コンテンツのトレンドはどうなると予測しているのだろうか。
「これだけ世の中が閉塞感を抱えているので、せめてエンターテインメントの世界だけでも前向きなものを求めたいという空気は強くあると思う。具体的にはいえないが、それに応えるような作品が増えていくのではないか」
一方でコロナ禍では、Netflixなどの動画配信サービスが勢いを増した。しかし瀬戸口氏は「まだまだテレビのメディアパワーは強い」とみている。その根拠がリアルタイムの視聴者数だ。
ビデオリサーチは、全国の個人視聴率から推計される到達人数(1分以上視聴した視聴者数)の提供も開始した。例えば「半沢直樹」の最終回だと、到達人数は3335.4万人(ビデオリサーチ調べ、TBS系列28局)という驚くべき数字になる。
「視聴スタイルが多様化していく流れは止められない。けれど、3000万人以上の人がリアルタイムで同時に視聴するようなメディアはテレビの他にはない。7月期の3作品の結果から、いいドラマを作り続ければ人々の熱狂をつくることはまだまだできると確信している」
TBSのドラマは21年も熱狂をつくり続けられるのか? 旗振り役を務める瀬戸口氏への期待は大きい。
これまでで1番印象に残っているドラマ作品は?
1986年に放映された「男女7人夏物語」。鹿児島で暮らす中学生にとって最終回のラストシーンが衝撃的で、「東京の大人ってこんな恋愛の選択をするんだ」と驚いた。いまだに、そのシーンは強烈に頭の中に残っている。
日々の情報源はなんですか?
打ち合わせなどで外出したときに、その街の本屋さんやレンタルビデオ屋さんに入店して、どんな本やビデオが並んでいるかを見ること。店ごとにラインアップが千差万別で脳が刺激されるし、ネットサーフィンばかりだと自分の求める情報を探すだけになってしまうことが多いので。そして積極的に人と話をするようにしている。それこそドラマを作るときはさまざまな人に取材をし、そこで聞いた話がドラマのネタになったり、キャラクターの血肉になったりすることが多い。
(写真/村田 和聡)