
小学生向けに宇宙、元素、戦国英雄など新機軸の授業を展開し、熱狂的なファンを持つ学習塾「探究学舎」。継続率は99%を超え、子どものアイデアをクラウドファンディングで商品化に導いた。彼らはなぜ、小学生とその親を惹きつけるのか。代表の宝槻泰伸氏にマーケティング戦略と、教育DXの未来を聞いた。
探究学舎 代表
東京・三鷹に拠点を置く小学生向けの学習塾「探究学舎」。受験合格率を宣伝文句にする学習塾がメインストリームの教育産業において、「驚きと感動」を提供する独自の授業で唯一無二の存在感を放つ。
小学生を対象に開催される授業のテーマは国語や算数といった教科別ではなく、「宇宙編」「元素編」「戦国英雄編」「人体医療編」など、大人も好奇心をくすぐられるようなものばかり。クイズやゲームを取り入れ、笑いあり、涙ありの授業は、子どもの歓声が絶えない。
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エンタメ要素満載の授業をきっかけに「知りたい、学びたい」気持ちに火がついた子どもたちは、授業の後にも図鑑を使って調べて研究成果を発表したり、実験作品を作ったりと、さらなる探究を深めていく。その目の輝きに感動した親は「またこの体験をさせてあげたい」とリピーターになる。そうやって、熱狂的なファンを獲得してきた。
新・学習指導要領では、主体的な学びを促進する「思考力・判断力・表現力」の育成を重視している。このような公教育の流れにもマッチし、「探究」のトレンドをつくる注目企業として「情熱大陸」などのテレビ番組にも取り上げられた。
通常、学習教室事業のマーケティング戦略というと、教材をマニュアル化して講師を効率的に育成。教室の数を増やして新規⽣徒数を拡大するのが王道だ。しかし、探究学舎はそれをしない。生徒が通って学ぶ教室は、三鷹にある1校舎のみで、定期授業の予約枠が埋まるとキャンセル待ちを案内する。新年度のキャンペーンや紹介割引といった、顧客を引き込む広告宣伝は原則やらず、「探究学舎の授業を受けたらすごかった!」という口コミで集まる生徒がほとんどだという。
広がるのを待つ、自動詞のマーケティング戦略
“自動詞のマーケティング”
「やっちゃん」の愛称で子どもたちに親しまれる代表の宝槻泰伸氏は、自らが取ってきた手法をそう表現する。
「相手に“させる”他動詞ではなく、自ら“する”自動詞で成長していく。顧客を“集める”のではなく、自然と“広がる”のを待つ。強いコンテンツがあれば、時期さえくれば一気に広がる。価値の認知が広がるまで、プロダクト改善をひたすら続けることだけを考えてきました」
探究学舎の提供価値の肝は、子どもたちを夢中にさせる授業の魅力にある。このコンテンツの魅力を磨くことが、唯一で最大の成長戦略なのだという。
“自動詞のマーケティング”が開花したのが、この半年で起きたデジタルトランスフォーメーション(DX)だ。
どの産業もそうだったように、コロナ禍の影響で探究学舎の授業が一気にオンライン化へシフトしたのだ。
「熱狂は生の授業でしかつくれないのではないか」と心配する声を打ち消せる自信はあったと宝槻氏は語る。実は、すでに1年前からDXの計画は練られており、2019年夏にはトライアル授業を実施していた。画面の向こうで涙する親子の反応を見て、「いける」と確信していた。
ただし、宝槻氏のDXの狙いは単なる顧客拡大ではない。あくまでコンテンツ開発の視点だったという。
「教室での授業は驚きと感動を与えることができる。しかし、課題はその日常化。例えば、2日間のイベントで興味関心を爆発させることができても、その後の日常にどうつなげていけるのか。オンライン授業であれば、自宅にいる子どもたちに『今日のご飯の味噌汁の具は何? それはどこでとれたもの?』と語りかけ、生活の中に探究の芽を見つけるサポートができる。これこそがより長期的で本質的なユーザー体験(UX)になる」
2日間集中して提供していた授業内容を、週1回×2カ月間のペースに細かく分けて、「クエスト」と呼ぶ自由課題も提案する。進化したUXとしてオンライン授業の本格導入を検討していたが、リアル授業に満足していた既存顧客の理解がなかなか得られない歯痒さを感じていた。「どうしたら“劣化版”ではなく“進化版”と認識してもらえるだろうか」。答えを模索していた矢先に、コロナ禍による強制シフトとなった。
コロナ禍の全国一斉休校時に無料ライブ配信
突然の全国一斉休校で、日本中に“教育の空白”が生まれた時期。宝槻氏は「今こそ、オンラインでも届けられるクオリティーを示す時だ」とアクセルを踏み、スタッフ総出で手作りの配信スタジオを3日で完成させた。3月2日には配信の体制を整えたというスピード感に、本気度の高さがうかがえる。
まずは、学校の授業に代わって楽しめるコンテンツとして、オンライン授業をYouTubeで無料配信。米アップル創業者のスティーブ・ジョブズなどを取り上げる「偉人編」などの授業を“看板講師”の宝槻氏自らが行い、親子そろって楽しめる入り口を準備した。即席の授業だったが、これまでの開発力の蓄積が存分に生かされ、ネット上での評判も広がっていった。ちょうど休校期間中で、家で子どもに何かを学ばせたいニーズを捉えたこともあり、同時視聴数は最大で4000を超えた。
約2週間の無料配信を終えた後、週1回・月額1万円のオンライン授業コースを開始することを告知。結果は、なんと1000人の枠が一晩で完売。急きょ、600人の追加枠を用意すると、これも完売した。最終的には4月だけで約1800世帯の新規申し込みの獲得となった。
「想定以上の反響でした。無料で受けてその価値を知ってくれた人が有料顧客となってくれたのは、コンテンツを磨き続けてきた結果。まさに“広がるのを待つ”自動詞のマーケティングの成果だった」
その後、学校や習い事の再開の影響を受けて、7~8月は伸びが落ち着いたものの、9月から10月にかけての継続率は最高値の「99%」を記録。これには社内も沸いたという。
「探究を日常化する」という提供価値に賛同する顧客の獲得は、経営の基盤も固く支えるはずだ。高い支持を得るに至った理由について、「最適化のための分析と改善」を地道にしてきたことだと宝槻氏は振り返る。
「4~7月までやってきたオンライン授業の反応を分析し、より満足度に結びつく改善をした。例えば、90分の授業時間を75分に短縮して集中しやすい設計にしたり、当初は若手を投入していた講師陣をベテラン勢に切り替えたり。やはり顧客が求めているのは授業の質。他では味わえない熱い授業こそが、うちの魅力を最大化するコンテンツなのだと再認識した」