2022年7月21日にオンラインイベント「日経クロストレンドFORUM 2022」に登壇する大丸松坂屋百貨店の澤田太郎社長。東京の下町である谷中の古民家をリノベーションして「未来定番研究所」を設けた狙いとは?ジャーナリストの川島蓉子氏が迫る。
澤田さんは、これからどういった方向に舵(かじ)を切ろうとしているのか。「歴史が培ってきた財産」を磨き直す一方で、「未来に向けた挑戦」を実践しながら鍛えていく。双方を大車輪で動かしていくという。
以前、エルメスの取材を重ねていた折、「ブランドを取り巻く状況は日々刻々と変化していくので、その瞬間で考え、変えていかなければならない。経営とはそれに合わせて舵を取ること」と耳にした。理念や信念といった「変わらないもの」を大事にしながら、「変えていくこと」「変えなければならないこと」に向かっていく姿勢が、強いブランドを育てていく。老舗中の老舗であるエルメスをしてそうなのだと、改めて感じ入ったのだ。澤田さんの意図するところも、この文脈の中にある。
具体的にどんな内容なのか。まず「歴史が培ってきた財産」については、「ニッチの中で、百貨店ならではの独自性を打ち出し、そこでトップを取ること」ときっぱり。どういうことか聞いたところ、「豊かで上質なライフスタイルの提案は、百貨店が担っていく領域であることに変わりありません」。百貨とうたっているからあらゆるものを扱うというのではなく、百貨店が強みとしている「豊かで上質なライフスタイル」に特化していく。アート、時計、宝飾、化粧品、ファッションといった領域に力を入れていくという。
ただ、大丸松坂屋がアートに強いといわれても、今ひとつぴんとこないし、他の百貨店も「これからはアート」と力を入れている。どこに大丸松坂屋の強みはあるのか。例えば、東京芸術大学に隣接する松坂屋上野店は昔からアートとの関わりが強い。松坂屋名古屋店は地元の一番店として良い顧客がついている、といった具合だ。それは、歴史と信用を持った百貨店の強みに違いない。しかし、一般にはほとんど知られていない。伝えていくことが必要と強く感じた。
また、今までアートを購入してこなかった層が興味を示していることから、そこを取り込む策を展開してもいる。例えば、デジタルの積極的な活用を視野に入れ、美術品のライブショッピングも。2022年初めには、アートとアートを買う魅力を届けるアートメディア「ARToVILLA(アートヴィラ)」をスタートした。オンラインと店頭で発信し、今人気のアーティストから、これから有望なニューウェーブまで、幅広い展示を行うとともに、トークイベントのオンライン配信も行っている。「アートを購入する際、百貨店というブランドへの信用と信頼、目利きとしての力量を発揮できると考えています」(澤田さん)。予想を上回る成果を出したことから、今後も継続していくという。
そう話す澤田さんが楽しそうなのが印象に残った。お寺の天井画の制作に関わった話や、芸大の学生と行ったイベントなど、具体的な事例がポンポン飛び出してくる。自身が面白がり、現場と一緒にアイデアに結び付けている様子が伝わってくる。数値や論理だけでなく、美しさや面白さといった感覚を大事にしていると分かるのだ。
時計、宝飾、化粧品、ラグジュアリーの領域を強化する
アート以外の時計、宝飾、化粧品、ラグジュアリーブランドといった領域はどうしていくのか。百貨店が持っている上質さや信用を武器に、豊かな空間と品ぞろえ、デジタルも含めた手厚い接客などを磨いていくという。
これは生易しいことではない。他の百貨店も狙っているところであり、抜き出るためには、ブランドのラインアップと規模が問われるし、顧客の要望に応える接客のレベルアップが求められる。
また、百貨店間のブランド争奪戦は今に始まった話ではないが、昨今は激化している。もともとラグジュアリーブランドと百貨店は相性が良かった。トップブランドが入ることで百貨店はイメージアップを図れるし、そのブランドの顧客を百貨店に呼ぶことができる。一方、ブランド側にとっても、集客力があり、外商も含めた上顧客を持っている百貨店に魅力はある。
しかし、その風向きが変わってきた。ラグジュアリーブランドはリアル店舗の在り方を抜本的に見直し、ブランドの世界観を徹底して見せる場として重視するようになっている。百貨店に出店することに意義があるのではなく、どのフロアのどの場所で、どれくらいの面積で、どんな店づくりが可能なのか。その百貨店がどれくらいの顧客を持っているのかなど、多面的に検討し、吟味して選ぶようになっているのだ。
そのエリアに複数あったショップを統合し、大きなブティックを構える。あるいは、ある百貨店から別の百貨店に移って新しい店をつくるといった動きも進んでいる。大丸松坂屋がそこで抜き出るためにどうするのか。
「面積や賃料、顧客の質だけでなく、企画力も武器になりえる」と澤田さん。「過去からの取り引きによる信用をもとに、従来よりも規模も質も良い店を一緒につくって成果を上げていく姿勢で、真剣勝負に出るつもりです」。淡々と紡ぐ言葉に力がこもる。地元に根づいて街とつながり、共に育くんできた信用という強みは、大きな可能性を秘めている。
将来に向けた実験的な試みを多発していく
一方、将来に向けた実験的な試みも進めている。「従来の百貨店の枠組みを超え、新しい事業をつくっていかなければ生き残れないと、少なくとも10個くらいのプロジェクトを立ち上げようと考えました」(澤田さん)。それも、いきなり大きな利益獲得を目指したものでなく、時代の動きを鑑みながら、大小取り混ぜたさまざまな試みをアイデアで終わることなく実施していく。事業計画をしっかり立て、成長・進化していくことをゴールに、実践しながら検証と修正を繰り返していく。
例えば、前回触れたサブスクリプション(定額課金)ファッションレンタルサービス「アナザーアドレス」は1年がたとうとしているところ。「シリコンバレーを視察した際、サブスクサービスを展開しているブランドが百貨店にリアル店舗を構えているのを目にし、百貨店は服を購入する場だけでなく、メディアになるべきだ」と感じたことが発端で実現にこぎつけた。今や会員が約7000人で退会率が1%未満、売り上げも予算の3割アップという、想定を上回る手応えがあり、体制を整えながら前のめりで進めている。
鍵となっている1つは、デジタルの積極的な活用だ。「お客様とのつながり方が変わってきて、うちのアプリを使っているお客様はいつでもどこでも大丸松坂屋とつながっている。アプリを使っていないお客様と比べ、約2.5倍のお買い上げをいただいている。ここを生かしていくことも大事です。大丸松坂屋ならではのコンテンツをリアルとデジタル双方で伝え、共感してもらうことが、お得意様=ファンをつくれるかどうかにつながっていくのです」。
一方、「内部だけでなく、異分野の人とつながることを意識的にやっていかないと、人は育たないし、これからは何よりヒューマン=人の力が大事になってくると思うので、そこは投資していいと思っています」と澤田さん。
東京の下町である谷中の古民家をリノベーションし、「未来定番研究所」という場を設けてもいる。ここは「5年後の未来に定番となるモノやコトのタネを発見し、育てること」を目的に、さまざまな分野の人たちとのネットワークを築き、発信することを目指してつくられた。「企業として存続していくために、R&D(研究開発)的な機能を持つことは必要不可欠」と澤田さん。
『F.I.N.(Future Is Now)』というウェブマガジンでさまざまな分野のモノやコトを紹介したり、サロン的なイベントやギャラリー的な展示を実施したりなど、ユニークな活動を続けている。厳しい時代の中、こういう組織は経費削減の対象になりがちだが、澤田さんは「未来に向けての発想が、今を磨き続ける先にある」という思いで続けてきた。
先が見えないからこそ、未来に向けた研究開発を続けていくことは肝要。それを、どうビジネスに結び付けていくのか、実践して成果を上げるところまでが澤田さんの視野には入っている。
しかし、いずれにしても成果はこれから。正念場を澤田さんがどう乗り越えていくのかが楽しみだ。
(写真提供/大丸松坂屋百貨店)