看板ブランド「ザ・ノース・フェイス」をトップブランドにまで押し上げた立役者として知られるゴールドウインの渡辺貴生社長。最も刺激を受けた人物はファッションブランド「コム デ ギャルソン」の川久保玲氏だという。「同じことを絶対に繰り返さず、何かに挑戦している姿勢に強烈な刺激を受けました」

 本連載では常識にとらわれないアプローチで存在感を発揮している業界の“変革者”たちの熱量の原点を探り、それをどのようにしてビジネスにつなげていったかを掘り下げていく。今回は、看板ブランド「ザ・ノース・フェイス」をトップブランドにまで押し上げた立役者として知られるゴールドウインの渡辺貴生社長。

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本連載が書籍『アパレルに未来はある』になりました!
『アパレルに未来はある』著者:川島蓉子
『アパレルに未来はある』著者:川島蓉子

 変革者たちは「アパレル愛」をいかにビジネスに変えたのか――。コロナ禍で苦境に立たされているアパレル業界の課題を明らかにしつつ、常識にとらわれないアプローチで異彩を放つ変革者たちの熱量の原点と成功までの軌跡を探る本連載が書籍『アパレルに未来はある』として2021年12月に発売されました。

 22年3月、ゴールドウインが今後の戦略についての発表会を行った。社長を務める渡辺貴生さんと登壇前にたまたま顔を合わせてごあいさつしたのだが、慌ただしい時間なのに、いつもと変わらずリラックスしている。

 会場には多くの記者が詰め掛け、少し物々しい空気が漂っていたが、渡辺さんが登場して話し始めると、場の空気が和んでいった。

 渡辺さんは、ゴールドウインが扱う看板ブランド「ザ・ノース・フェイス」をトップブランドにまで押し上げた立役者。さらに、人工のクモ糸素材「QMONOS(クモノス)」を開発したベンチャー企業であるスパイバー(山形県鶴岡市)との協業に取り組むなど、アパレル業界で道なき道を切り開こうとしている。お会いする度に新しいニュースを携え、楽しそうに語ってくれる――自分の仕事や関わっている人に対する尊厳や愛情が伝わってくる。そんなキャラクターの持ち主だ。

 今回、発表された内容もスケールが大きかった。1つは、サステナブル(持続可能性)を軸とした新プロジェクト「Goldwin 0(ゼロ)」を立ち上げること。もう1つは、サステナブルな未来を創るためのベンチャーキャピタル「GOLDWIN PLAY EARTH FUND」をスタートすること。いずれも、時代の大きな流れにフィットした活動であり、ゴールドウインとして、自社の柱となる活動と位置づけているという。

 街を歩いていると、ザ・ノース・フェイスが目につく。以前から人気があったのだが、特に最近は年齢や男女を問わず、ウエアやバックパックを身に着けている人がぐんと増えた気がする。ブランドとしてこれだけ大衆化していくと、行き過ぎてブランドイメージが損なわれるのではと勝手な老婆心も働く。

 時代が大きく転換しようとしている中、ザ・ノース・フェイス、そしてゴールドウインはどんな方向に舵(かじ)を切ろうとしているのか。渡辺さんの話を聞きたくなった。

2022年3月、ゴールドウインは中期経営計画「PLAY EARTH 2030」に基づいた新たなプロジェクトを発表した
2022年3月、ゴールドウインは中期経営計画「PLAY EARTH 2030」に基づいた新たなプロジェクトを発表した

川久保玲さんに強烈な刺激を受けて

ゴールドウインの渡辺貴生社長(写真/的野弘路)
ゴールドウインの渡辺貴生社長(写真/的野弘路)

 東京・渋谷の松濤、山手通りに面しているゴールドウインの本社ビルは、どっしりとした建物が70年に及ぶ会社の歴史を感じさせる。もともとは自社ビルだったが、苦しい時期に売却し、今は自社物件ではないという。絶好調に見える同社も、そんな時期があったのかと思いが及ぶ。

 今回、初めて社長室を案内いただいた。社長室にはその人となりが表れていると以前から思っていて、見せてもらうのは楽しい。渡辺さんの部屋は大きな窓を備え、デスクとテーブル、書棚がすっきり配されている。壁面には多くの写真やアートが、一隅には渡辺さんの釣り道具も置いてある。「ジャン・プルーヴェの家具を中心に、好きなものを集めた部屋なんです」とにっこり。釣りやアスレチックなど、自ら自然との触れ合いを楽しむ一方、美しいものを愛する渡辺さんの人となりが伝わってくる。

 以前、「今まで最も刺激を受けた人は誰か」と聞いたことがある。返ってきたのは川久保玲さんだった。「コラボレーションでご一緒したとき、やりたいことが世の中になければゼロからつくっていく。同じことを絶対に繰り返さず、何かに挑戦している姿勢に強烈な刺激を受けました」。新しいことへの挑戦は、渡辺さんが続けてきたことでもある。

 冒頭で触れたスパイバーとの協業もその1つ。スパイバーは社長を務める関山和秀さんが慶應義塾大学在学中に興したベンチャー企業。今でこそ広く知られるようになったが、渡辺さんと関山さんの出会いは、それ以前に遡る。「若い才能と行動力に感動し、これができれば地球規模の市場性がある」と感じた渡辺さんは会社を説得し、関山さんと共同事業を立ち上げた。ゼロから一緒にものづくりに取り組み、ようやく最初のモデルが出来上がったときは「チームが一体となって喜び合い、ちょっと泣いちゃいました」と語ってくれたのを思い出す。

自分の想像を超えたことをやってみたくなる

 企業を率いるリーダーとして、企業活動は何のためにあるのかと聞いたところ、「社会の課題を解決すること」と返ってきた。加えて「創造的であることが何より大事」だという。

 企業にいると、とかく売り上げや利益、集客といった数字による結果が優先され、「創造的であること」は二の次になりがちだ。渡辺さんはなぜ、そこまで創造性にこだわるのか。

 「地球環境を本気で守っていこうとするなら、常識を突き抜けるような構想のもと、世界に貢献する革新的な開発が必要なのではないでしょうか。人の創造性は無限ですから、社員はそこを全開にしてくれたらいいと思うのです」という。

 「創造的であること」は、誰でもできるわけではない。そこを突っ込んだところ、「行ったことがない場所に何があるかを人は見たいと思うものだし、刺激を受け、自分の想像を超えたことをやってみたくなる。その感覚を大事にしていけばいいのです。僕は常に、新しいものづくりがしたくてたまらない。今までの仕事はそれを形にしてきただけのこと」。経営トップのこの思想と姿勢が本当に社員に行き渡り、実践されていけば、良い企業になるに違いない。

 今回の発表も、そういった渡辺さんの思いを形にしたものだ。「自社の企業戦略を外に向けて発信するのは初めてのこと。僕が考えている会社の方向性を、今までは社内で発信してきましたが、今回、コーポレートコミュニケーションの一環として、あえて外向けにやっていこうと考えたのです」

 新プロジェクト「Goldwin 0」については22年3月、Rakuten Fashion Week TOKYO 2022 A/Wでコレクションイメージのデジタル映像配信を行った。“循環”をキーワードに、英国ロンドンのデザインスタジオ「OK-RM」と協業。ゴールドウインが培ってきた知見を生かし、ゼロウエイスト(ゴミゼロ)を目指すなどサステナビリティーを基軸にした商品を展開していく。

 素材はリサイクルナイロンやリサイクルポリエステル、ノンミュールジングウール(動物愛護の観点から羊への負担を少なくしたウール)、海洋リサイクル綿(海洋ゴミを再生させた綿)など、環境負荷が少ないものを使う。ニットウエアについては、縫い目のないホールガーメントで作り、必要な量の糸だけを無駄なく使っていく。

 また、スパイバーが開発した人工たんぱく質「ブリュード・プロテイン」を含む新素材も使っていく。ブリュード・プロテインとは、糖類をエネルギーとする微生物の発酵(ブリューイング)の過程で生まれるたんぱく質であり、繊維やレザー風の素材などにも加工できるという。

 二酸化炭素の排出量を少しでも減らすよう、すべての製品を日本で生産するのに加え、布帛(ふはく)製品については富山にある本社工場で修理を可能にするサービスなども展開していく。「日本のものづくり文化が持っている財産――繊細、緻密、丁寧、簡潔といったものを、ゴールドウインのものづくりを通して多くの人に伝えていきたいと考えています」。渡辺さんの語る言葉に力が入っている。

 同時に、「僕が社長としてやっていかなくてはならないのは、自社ブランドを磨いていくこと。ゴールドウインというブランド化をしっかりやっていこうと考えています」。ザ・ノース・フェイスのゴールドウインではなく、「ゴールドウイン」そのものが強いブランドとなっていくことを目指している。

新プロジェクト「Goldwin 0」
新プロジェクト「Goldwin 0」

「あそびをデザインする」の真意

 もう1つは、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)として「GOLDWIN PLAY EARTH FUND」を設立したことだ。「中期5カ年経営計画『PLAY EARTH 2030』の最重要課題として据えたプロジェクトで、以前から形にしようと思ってきたことです」。グループ会社としてゴールドウインベンチャーパートナーズを設立し、10年の運用期間で約30億円の運用規模を見込んでいる。

 掲げたステートメントは「あそびをデザインする」。健やかで豊かな暮らしを実現するためには、心に余裕を持つことが重要であるという考えのもと、暮らしの中に遊びをデザインして組み込んでいくという。

 企業の中では「遊びは大事」と言いながら、結果的には合理性や効率性が要求されることがほとんどだ。「遊びみたいなことをやっている暇があれば仕事しなさい」「仕事は遊びじゃないんだ」という言葉がまかり通っている世界は少なくない。

 2年前に社長になったとき、渡辺さんは社員に「仕事と遊びに境界を引かない暮らしをしてほしい」と話した。「仕事と遊びはつながっていて、人生の中で切り離すことはできないと以前から考えていて、社員にも両方を楽しんでもらいたいと思っているのです」

 渡辺さんはそれを体現してもいる。カジュアルなウエアを着こなしているご自身のファッション、そして社長室のたたずまいなど、まさに仕事と遊びをつなげている。「一人ひとりの社員が仕事と遊びを通し、仕事に誇りを持って気持ちよく働ける会社にしたい」という。理想的な話ではあるが、簡単なことではない。

 また、渡辺さんが語る「デザイン」は見た目の色や形をつくることに限らない。「暮らしの周辺にあるさまざまな課題を解決し、理論だけでなく何らかの形にするのが、本来のデザインが果たす役割」だという。

コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)として「GOLDWIN PLAY EARTH FUND」を設立
コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)として「GOLDWIN PLAY EARTH FUND」を設立

 GOLDWIN PLAY EARTH FUNDが投資する領域は大きく3つに分かれる。1つ目はアパレル、2つ目は子どもの未来の可能性、3つ目は環境にまつわることだ。

 アパレルについては、アパレルおよびスポーツメーカーとして革新し続けるためのテクノロジーやサービスで、商品の企画開発をはじめ、流通や販売における新しい価値づくりが主軸。リサイクル、リユース、リペアにおける技術革新、製品の2次流通の新しい仕組みなどが含まれる。

 子どもの未来の可能性にまつわることは、未来(子ども)、地域社会、コミュニティーを創造するテクノロジーやサービスで、子どもが健やかに成長していくためのスポーツ、遊び、教育に関わるコンテンツや場の開発、地域社会やコミュニティーをつくるという視点からの介護、医療、スポーツなどの事業が含まれる。そして、3つ目の環境にまつわることは人と自然が共生する美しい環境を実現するためのテクノロジーやサービスで、環境負荷の低い素材の開発や生産工程における環境負荷を軽減する事業などが入ってくる。

 これらの領域において若く新しい芽を積極的に育てていこうというのが、同ファンドの基本的な考え方だ。

<後編に続く>

(写真提供/ゴールドウイン)

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