大丸松坂屋百貨店のファッションサブスクリプション(継続課金、以下サブスク)サービス「AnotherADdress(アナザーアドレス)」の事業責任者を務める田端竜也氏。社内で異論が噴出する中、「百貨店ビジネスとサブスクというシェアリングビジネスは相乗効果が見込める」と、提案当初から理解してくれていたのが、現在社長を務める澤田太郎氏だった。
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<前編はこちら>
今回は前回に引き続き、大丸松坂屋百貨店のファッションサブスクサービス「アナザーアドレス」を立ち上げた事業責任者の田端竜也氏。
百貨店ビジネスとサブスクビジネスは高め合える存在に
さて、「百貨店ビジネスと食い合いするのでは」と懸念されたサブスクだが、両者の違いはどこにあるのだろうか。
まず使い手にとってサブスクは“定額で服を借りて着られる”という使用権を得ること、つまり「使用」に重きが置かれている。それに対し、購入は自分のものにする「所有」に重きが置かれている。サブスクが伸びている背景には、消費者の意識が「所有」から「使用」へ移ってきているという大きな流れが作用している。
当初、サブスクが社内の決裁を得られなかったのは、「所有」から「使用」、言い換えれば「買う」から「借りる」という消費者の意識の変化を、百貨店がビジネスにするのは難しいという判断が働いていた。
田端さんは諦めることなく、賛同してくれた上司と話し合いを続けた。「幸いなことに、上との距離が近い社風なんです」と田端さん。中でも当初から理解してくれていたのが、現在は大丸松坂屋百貨店の社長を務める澤田太郎さんだという。
「シリコンバレーを視察した際、レント・ザ・ランウェイが百貨店のニーマン・マーカスの中にリアルショップを構えているのを目の当たりにし、サブスクに可能性を感じた」と澤田さん。百貨店ビジネスとサブスクというシェアリングビジネスは敵対関係にあるのでなく相乗効果が見込めると、確信のようなものを抱いたという。
サブスクであれば高額なラグジュアリーブランドも手ごろな価格で使え、購入だとハードルが高いと感じる人も、サブスクであれば気軽に着てみることができる。お試しの機会になり得るし、そこで気に入れば購入に至ったり、ブランドのファンになったりし、顧客とつながることができると考えた。「百貨店は服を購入することだけが目的ではなく、1つのメディアになるべきだと思ったのです」(澤田さん)
さらに、サブスクは会員制であることから、送り手である企業と使い手である消費者との間に継続的な関係性が生まれる。売って終わりではないのだ。企業にとっても、ストック型の収益モデルであり、デジタルネイティブなビジネスモデルは事業ポートフォリオの分散に最適。そのうえ、膨大な顧客データも取得できる。「どんな服がレンタルされ、どう使われ、評価されたのかといった利用動向や顧客満足はもとより、サービスを送る側として、その服はどれくらいの利用やクリーニングに耐えられるのかという商品寄りのデータを取ることもできるのです」(田端さん)。「データを蓄積していける点も、このビジネスの価値の1つであり、百貨店ビジネスに生かせると考えた」と澤田さん。
加えてサブスクは「リユース」や「シェアリング」という考えを背景に生まれてきたビジネスで、大量生産・大量消費・大量廃棄というファッション業界が抱えている環境課題に向き合っていく好機にもなり得ると判断した。ことが動き出したのは2年半ほど前のことだった。「J.フロントリテイリンググループの新規事業としてサブスクを始めようと、田端に事業プランを出すよう指示したのです」(澤田さん)
ブランドとの交渉で効いた百貨店という信用
田端さんは、「ようやくやれるところに行き着いた」と勢い込み、早速、事業プランを作成した。だが、即ゴーサインが出たわけではなかった。「本当にこれを実行するには、取引先ブランドが引き受けてくれるかどうかがカギになる。メインと思うブランドと交渉してOKが取れたら前に進める」という指示を受けたのだ。
早速、田端さんはブランドとの交渉を始めた。最初に当たったのは「マルニ」と「メゾン マルジェラ」だった。もちろん、今までサブスクには登場していないブランドだが、双方ともサービスの背景や込めた思いに賛同し、参加してくれることに。イメージを大事にするこれらのブランドが、他のブランドと横並びになり、定額で借りられるサブスクになぜ参加したのか。
声をかけてきたのが、過去から取引があって信用の置ける百貨店だったことが良い方向に働いたのだ。「扱う商品は全て買い取りでリスクは全て我々が負うという条件が提示できたし、何より長年の取引関係によって先方の経営陣の方々に思いを直接話す機会がつくれたのがありがたかった」と田端さんは振り返る。
一方で、打診したものの断られたブランドも。コンセプトや考えには共感するものの、ビジネスの全容がまだ見えていないので、実績が出てきたらそのときに参加するという返答だった。要はリユースやシェアリングを切り口とした新しいビジネスに興味はあるものの、前例がないので様子見をしたいということだ。
取引先ブランドのめどを立てた田端さんが再度事業プランを出し、ゴーサインが出たのは2020年春。そこからは大丸松坂屋百貨店の社長に就任した澤田さんの下、百貨店に組織を移管して田端さんともう1人が中心となり、社長直轄プロジェクトとして進めた。「顧客との関わりや商品調達、在庫管理などの業務を独立してやったほうが、迅速かつ臨機応変に対応できる」という澤田さんの判断により、既存の商品部や営業部の仕組みに組み込むのではなく、独立した社内ベンチャー型の組織としてやっていくことになったのだ。
これを聞いたとき、ある百貨店のEC部隊が、商品調達から在庫管理までを既存の組織の中に組み込んで実施しようとしたところ、障壁が多くて時間がかかったという話を思い出した。このプロジェクトはその轍(てつ)を踏まなかったということだ。
田端さんが以前から抱いていた、企画と実行の分離、組織の中の位置づけについての課題も、ここで解決されたのだ。
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