大丸松坂屋百貨店が始めたファッションサブスクリプション(継続課金、以下サブスク)サービス「AnotherADdress(アナザーアドレス)」の事業責任者を務める田端竜也氏。事業展開にあたっては「小売業がアパレルのレンタルをするのはいかがなものか」といった声も少なくなかったという。
変革者たちは「アパレル愛」をいかにビジネスに変えたのか――。コロナ禍で苦境に立たされているアパレル業界の課題を明らかにしつつ、常識にとらわれないアプローチで異彩を放つ変革者たちの熱量の原点と成功までの軌跡を探る本連載が書籍『アパレルに未来はある』として2021年12月13日に発売されました。ここでは、その内容の一部を紹介します。
21年3月、大丸松坂屋百貨店がファッションサブスクサービス「アナザーアドレス」を始めた。月額1万1880円(税込み)で、約50ブランド(スタート時)の中から毎月好きな3着をレンタルできる。LINEでやりとりし、選んだ服は自宅に配送される。着てみて気に入ったら購入も可能という仕組み。初年度は1年間で会員1000人(登録会員は5000人)、5年間で会員3万人、6年目で売り上げ55億~60億円を目指すという。
どんなブランドがそろっているのか見てみると、「MARNI(マルニ)」「Maison Margiela(メゾン マルジェラ)」「See By Chloe(シーバイクロエ)」もあるし、「Theory(セオリー)」「CELFORD(セルフォード)」「LACOSTE(ラコステ)」なども。海外のラグジュアリーブランドから国内ブランドまで幅広い品ぞろえだ。
百貨店に限らず、今のアパレル業界を取り巻く環境は厳しい。コロナ禍を受けて店舗販売からECに軸足を移すなど、どの企業もDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めているものの、中長期的な視座で準備を進めていた企業とそうでない企業で明暗が分かれている。
正直言って、大丸松坂屋百貨店については、東京や大阪・神戸の大丸、名古屋の松坂屋を訪れたことはあるが、老舗百貨店というイメージ以上の知識を持っていなかった。だから、サブスクを始めると聞いて、新鮮な驚きがあったのだ。ここ数年、百貨店のニュースといえば、地方店の閉店や売り上げの前年割れなど、ネガティブなものが目につく。それだけに、新しい領域に挑戦するこのニュースは、百貨店好きの1人としてうれしく感じた。
どのような背景と経緯を経て、このプロジェクトが進められたのか。実際にスタートしてみて反応はどうだったのか。そしてこれからの百貨店事業にどのように生かそうとしているのか。アナザーアドレス事業責任者を務める田端竜也さんの話を聞いた。
「ハマったら突き詰める」性格がファッションに向かう
黒いニットジャケットに細身のパンツ姿で現れた田端さんは、百貨店の男性社員にわりと多く見られるパリッとしたスーツ姿ではない。かといって、ファッションオタク的な雰囲気でもない。自らの情熱を強烈に発信するというより、冷静に言葉を紡いでいくタイプだ。33歳と聞いて、随分と落ち着いていると驚いた。しかし、アナザーアドレスの話題になると、言葉に熱が加わって冗舌になっていく。新しいプロジェクトを立ち上げ、動かしている人が持っている、内から湧いてくるエネルギーのような自信が感じ取れる。
聞けば、東京海洋大学で細胞生理学を学んだという。今の仕事とかけ離れた世界で学び、なぜ百貨店でファッションビジネスに携わるようになったのか。
理路整然とした話しぶりから、さぞや勉強ができたのだろうと踏み込んでみたら、「学校の決められた勉強はあまり好きじゃなくて、その時々でいろいろなことに夢中になってばかり。わりと飽きっぽいので長続きしない。何かを究めるというタイプじゃない」と謙遜気味の答えが返ってきた。部活はラグビー、野球、合唱、趣味はカードゲーム、囲碁、釣りなど幅広く、ハマるとのめり込むし、多くはそれなりのレベルに達するものの、道を究めるに至らなかったという。好奇心が強くてミーハー気質、そしてハマったら突き詰める――ファッションの領域で新しいことを切り開くのに向いていると感じた。
お父さんが釣り好きだったので幼いころから魚は身近な存在、大学受験時に生物が得意で釣りやアクアリウムにハマっていたから、大学に進むにあたって「魚類の研究をしてみたい」と思ったという。東京海洋大学に進学したものの、「周りは魚大好き人間ばかり、僕はそこまで好きになれない」と、ゼミは細胞生理学を選んだ。大学3年生のとき、中国で1人旅したり、派遣研究員として米国に行ったりと、異国の地で過ごして多くの刺激を受けたという。
ファッションへの興味は、高校時代から始まった。米ロックバンド「ニルヴァーナ」のファンになったのをきっかけにファッション誌を見たり、ブティックを巡ったりするようになった。当時は“裏原系”ブランドが脚光を浴びていて、名古屋にあるブティックまで出かけ、行列に並んで買っていたという。
裏原系とは「GOODENOUGH(グッドイナフ)」「A BATHING APE(ア・ベイシング・エイプ)」「NOWHERE(ノーウェア)」といった1990年代中盤に人気を集めたブランドショップで、原宿の裏手にあることから“裏原=ウラハラ”系と呼ばれるようになった。カルチャーと結びついたマニアックなこだわりが魅力となり、ストリート発のファッションとして大きな影響力を持った。田端さんはこの時代に高校生活を送ったのだ。
一方、そのころから商いへの興味も持っていた。当時はITバブルでオークションサイトが出てきた時期。趣味の1つだった釣り具に加え、服を売ることもあった。予想以上に高値で売れるものもあり、メールでのやりとりや値下げ交渉などを通じて「商いって面白い」と感じていた。
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