ビームスの“日本”を発信するショップ「ビームス ジャパン」のディレクターを務める鈴木修司氏。バイヤーとして日本の産地を駆け巡る鈴木さんが産地でのものづくりで心がけているのは「褒めること」。何十年も続いてきたものには必ず良さがある。そこを探すところから始めるという。
変革者たちは「アパレル愛」をいかにビジネスに変えたのか――。コロナ禍で苦境に立たされているアパレル業界の課題を明らかにしつつ、常識にとらわれないアプローチで異彩を放つ変革者たちの熱量の原点と成功までの軌跡を探る本連載が書籍『アパレルに未来はある』として2021年12月13日に発売されました。ここでは、その内容の一部を紹介します。
<前編はこちら>
日本のギフトのあり方を見直す
「ビームス ジャパン」のディレクターを務める鈴木修司さんとは2016年に「ニッポンの神ギフト」というプロジェクトを行ったとき、プロジェクトリーダーの佐野明政さんとともにお世話になった。“日本のギフトのあり方を見直し、未来に向けたギフトの提案を行う”というテーマのもと、ブレストを重ねて商品をそろえ、「ビームス ジャパン」でポップアップイベントを行ったのだ。
2人の発想力と行動力に随分と助けられた。「こんなものがあったら面白い。お客さんが面白がってくれる」という視点のもと、アイデアを出し合ってコンセプトを固めたのだ。
話し合った末に行き着いたのは、日本人の暮らしに「おめでたい」をもたらしてきた七福神にヒントを得て、7人の神様にちなんだギフトをそろえること。神様にあやかった縁起を大事にしながら、「ニッポンの神ギフト」と題し、モダンでめでたい商品を送るイベントを行うことに。例えば、「恵比寿天=商」として、ゴールドのiPhoneケースやだるまを、「弁財天=愛」として、吉原を発祥とする「新吉原」ブランドの手ぬぐいなど、それぞれの神様のいわれに基づいたギフト商品をセレクトすることにしたのだ。
何かのプロジェクトを進めていくにあたり、企業でありがちなのは、コンセプトを練る過程で理論の応酬が続き、最終的にかっこいい文言だが核心が分からない、丸い言葉が並んでいて独自性が弱いものになり、商品や売り場に落とし込むと強い訴求力がなくなってしまうこと。だが、このプロジェクトがそうならなかったのは、“現場で形にする”ことがゴールであると、チーム全員が理解していたからだ。ビームスには、そういう風土があって社員の行動に根づいていると感じた。
コンセプトが決まってからの鈴木さんと佐野さんの行動力はすごかった。「ちょっと無理かも」と思うこともどんどんやっていく。時間の余裕がほとんどなかったにもかかわらず、オリジナルのキャラクターを作って販売できる商品にまで仕立てたのには驚いた。
しかも、その過程でうまく行くかどうかを心配したり、ネガティブな雰囲気を出したりすることも全くない。手間ひまかけて新しいことに挑むのを楽しんでいる。面白いことを実行していくこと、作り手と使い手を結ぶこと、創造的な工夫を凝らすのが大好きだということがよく分かった。
そんな鈴木さんがこの5年間の仕事をまとめ、『ビームス ジャパン 銘品のススメ』という本を出した。バイヤーとして日本の産地を駆け巡り、「見過ごされてきたもの、本当は良いものなのに正当な評価を受けてこなかったもの、まだまだ知られていないもの」を紹介しようと、各都道府県の銘品を取り上げ、世に送り出した経緯をつづっている。
地方の人と生み出したものにまつわるストーリーを読み進めると、鈴木さんがもの以上に人とつながることを大事にしてきたと分かるのだ。
使い手の視点で作り手とものづくりをする
日本には、さまざまなものづくりの産地が点在しているが、戦後から1990年代くらいまでは欧米への憧れが強く、どちらかというとその土地ならではのものづくりは置き去りにされてきた。それが21世紀に入ったあたりから、その良さを見直そうとする動きが出てきて、クールジャパンをはじめ、日本のものづくりを国内外に向けて発信するプロジェクトがさまざまな形で進んでいる。
産地との取り組みは、産地ならではの独自性を生かしながら、伝統を守ることに固執せず、今の生活に息づくものに仕立てなければならない。そこに参加する外部のデザイナーやディレクターは、作り手の技と思いを使い手につなぐ、いわば橋渡し役となる。
産地を取材していると、せっかく外部のデザイナーを呼んで作ったのに、売るところまで行き着かずに終わったという事例を目にすることがある。聞けば、「東京の有名なデザイナーに依頼し、言われた通りに製作してカタログまで作ったのに、売り場を開拓できなかった」「海外の展示会に出したのに、売り込み方のノウハウがないため頓挫した」などという。手間とお金をかけて取り組んだプロジェクトが、送り手である産地と使い手である消費者をつなげないのはもったいないと、残念な思いを重ねてきた。
その点、「ビームス ジャパン」は売り場を持っているから、産地と作ったものを自分たちで売ることができる。産地の人たちが消費者の反応を目の当たりにできるのも強みだ。
では実際のところ、「ビームス ジャパン」はどんなものづくりをしてきたのか。滋賀県甲賀市を産地とする「信楽焼たぬき」は2016年に発売し、今にいたるまでロングセラーになっているもの。たまたま仕事で信楽に行ったときに、町中の店にずらりとたぬきが並んでいる光景を目にした。売れているようには見えないが、「少しだけ手を加えたらイケるかも」とピンときた。「たぬきの歴史を調べてみたら、たぬきは『た(他)をぬく(抜く)』という意味で、商売繁盛の縁起物として愛されてきた」と分かり、そのストーリーも含めて人気ものにできそうと、取り組むことに決めたという。
鈴木さんの仕事は、飛び込みで作り手を訪ね、「一緒にこういうものを作りませんか」と話を持ちかけるところから始まる。ビームスはポピュラーなブランドではあるものの、産地に行くと知らない人も少なくはないし、服以外のものを扱っているイメージが行き渡ってはいない。「なぜビームスがうちと?」と不信感を持たれることもあるという。「じっくり話し込んで、信用してもらわないと始まらない」と鈴木さん。
そうやって扉を開いてもらっても、「こうやったらもっと売れるのでは」という鈴木さんの言葉を受け入れ、試みてもらうところまで持っていくのは容易ではない。ただ、やってみてそれが売れると、積極的になってくるのだという。利益という分かりやすいメリットもあるが、「それより大きいのは、自分が作ったものを買ってくれる人がいるという、使い手とつながることができた喜びにある」と鈴木さん。
信楽焼たぬきの場合はどうだったのか。「形に手を加えるのではなく、色を変えてみようと考えました」(鈴木さん)。「ビームス ジャパン」のキーカラーであり、子孫繁栄や家族隆盛を意味する橙色(だいだいいろ)のたぬきを作ることにした。出来上がったのは、笑顔が幸せいっぱいに見えて愛らしいたぬき。昔ながらのたぬきに違いないのだが、ポップでモダンなイメージに様変わりしている。家の中に置いたら縁起が良さそうだし、ちょっと楽しい気分になる。予想以上の売れ行きで、すでに3500体以上が売れているという。
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