ビームスのサーフ&スケートブランド「SSZ(エス エス ジィー)」ディレクターの加藤忠幸氏は、自分が手掛けた商品に対する思いやその背景を発信するZINE(個人が自主製作する冊子)を作り続けている。「大量でないものの意味を問うてみたい」という。

 変革者たちは「アパレル愛」をいかにビジネスに変えたのか――。コロナ禍で苦境に立たされているアパレル業界の課題を明らかにしつつ、常識にとらわれないアプローチで異彩を放つ変革者たちの熱量の原点と成功までの軌跡を探る本連載が書籍『アパレルに未来はある』として2021年12月13日に発売されます。ここでは、その内容の一部を紹介します。

『アパレルに未来はある』著者:川島蓉子
『アパレルに未来はある』著者:川島蓉子

 筆者が『ビームス戦略』という本をしたためたのは、もう10年以上前のこと。ビームスの社長を務める設楽洋さんの言葉で特に印象に残ったのは、「動物園のような会社であり続けたい」だった。ある分野に飛び抜けてこだわる、個性的な人材の集団を目指す。「100人いれば100のビームスがある。社員の数だけビームスがあっていい」という考えは、ファッション業界に不可欠なものと感じた。以来、折に触れてお話を聞いてきたが、この考えがぶれることはない。

 個性の強い人材がそろう組織は創造力が強いし、時代の変化に柔軟に対応できる。企業がある程度の規模になるまで、このセオリーは割合と有効に機能する。半面、そういう人たちはまとまって行動したり、規範にのっとったりするのが苦手で、マネジメントが難しい。今や2000人以上を擁するビームスにおいて、“100人いれば100のビームス”が変わらず実践できているのか。

 今回、何人かの方々とお会いし、この言葉は生きていると分かった。従来の常識や枠組みにとらわれず、自分の「好き」を追求していく。壁やハードルはあるものの、「好き」の強さが勝っているので向かっていく。しかも、そのパワーを支えているのが「他人を喜ばせること」というのも共通していた。強烈な「好き」が、「他人の喜び」として結実しているのだ。そういう人材が相当数いることが、設楽社長が言うところの「動物園」であり、ビームスらしさを形作っていると改めて感じた。

 中でも、強烈な「好き」を持っている2人――自身のレーベルでZINEを作り続けている「SSZ」ディレクターの加藤忠幸さんと、さまざまなものづくりを産地とともに行ってきた「ビームス ジャパン」ディレクターの鈴木修司さんを紹介したい。

セレクトショップ「ビームス」のサーフスケートのバイヤー兼「SSZ」のディレクターの加藤忠幸氏は、家業である農業を営む加藤農園4代目。自然と密接したライフスタイルと、そのキャラクターも相まって業界からもファンの多い名物バイヤー。豊富な知識と独自の視点で新しいカルチャーを築く
セレクトショップ「ビームス」のサーフスケートのバイヤー兼「SSZ」のディレクターの加藤忠幸氏は、家業である農業を営む加藤農園4代目。自然と密接したライフスタイルとそのキャラクターとが相まって、業界内にファンが多い名物バイヤー。豊富な知識と独自の視点で新しいカルチャーを築く
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届けたい人に伝わる力を持っているZINE

 加藤さんに最初に会ったとき、長年にわたって作り続けてきたZINEを見せてもらったのだが、その熱量たるや半端ではない。どのページにも、はみ出すくらいの勢いで写真とイラストと文字が詰まっていて、「思いを伝えたい」というエネルギーが満ちている。しかも、それらについて説明し始めると止まらない。プロならではのセールストークというより、どうしても伝えたいという熱意を感じるのだ。打算も屈託も感じさせない、独特なキャラクターの持ち主。ZINEが徹底した手作りであることも、加藤さんの人となりを象徴しているように思える。

 半年をワンサイクルとして動いているアパレル業界では、シーズンのテーマや商品のラインアップをカタログ仕立てにして展示会や店頭で配布する。展示会を訪れるバイヤーや店長、場合によっては濃いファンに、そのシーズンの意図を理解してもらうためだ。形式はさまざまだが、これらはあくまでそのブランドの独自性や創造性を理解してもらうことが目的だ。

 いろいろな展示会を巡っていると、おしゃれな文言とスタイリッシュな写真が並んでいるだけで、何を伝えたいのかが分かりづらいものもあり、“伝わってこない”もどかしさを感じることもある。それに対してSSZのZINEは万人受けするものではないのだが、バイヤーや店長、濃いファンなど、“届けたい人に伝わる力”を持っている。

 SSZはSurf & Sk8 Zineの略であり、ブランドとしてうたっているのは「サーフィン、スケートを通して、いま自分たちが着たい服、自分たちのスタイルを音楽やアート、メッセージとともに発信するレーベル」だ。加藤さんはそのディレクターとして、シーズンごとのテーマを決め、服やシューズなどを展開している。

 ではディレクターとバイヤーはどう違うかというと、ディレクターはそのレーベル全体の方向性を決め、具体的な商品構成を組む。メーカーと一緒にオリジナル商品を作るなどの役割も担っている。一方、バイヤーは自分が担当するレーベルの商品について、何をどう品ぞろえするか、商品を選ぶ役割を担っている。加藤さんは、半年ごとにSSZのテーマを立ててものづくりに取り組み、そこに込めた思いをZINEで表現しているのだ。

SSZはSurf & Sk8 Zineの略であり、ブランドとしてうたっているのは「サーフィン、スケートを通して、いま自分たちが着たい服、自分たちのスタイルを音楽やアート、メッセージとともに発信するレーベル」
SSZはSurf & Sk8 Zineの略であり、ブランドとしてうたっているのは「サーフィン、スケートを通して、いま自分たちが着たい服、自分たちのスタイルを音楽やアート、メッセージとともに発信するレーベル」
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服を作った背景を語り尽くしたい

 ZINEを作るようになったきっかけは、米国の西海岸に出張したとき、地元のサーフショップでZINEを見つけたことだという。「本当に思っていることを本当に書いているから伝わるんだ」と感じ、出張リポートをZINEにしたそうだ。以来、自分が手掛けた商品のZINEを作り続けている。「勝手に始めたものなので、最初は自分で作ってコンビニでコピーしていましたが、コピー代が数万円もかかるようになったので会社のコピー機を使ったところ、『何やっているんだ』と叱られたこともあります(笑)」と少しやんちゃなエピソードも。「伝えたい」「作りたい」という強い意志が、加藤さんを突き動かしている。

 短くない文章で字も細かく、そう読みやすくはない。それなのに引き込まれ、つい読んでしまうのは、個人としてのリアルな経験や感覚がどっしりと根を下ろしているからだろう。偏愛と言えるそのエネルギーに魅了されてしまう。

 ZINEには服のことだけでなく、音楽やアート、ストリートなど幅広いコンテンツが盛り込まれている。加藤さん個人の経験や感覚をもとに、なぜその服を作ったのかを伝えるためだからだ。何をテーマに、どういう意図を込めて作った服か、その意味を理解してもらいたいという一心から、手間ひまかけて作ってきた。

 例えば、2021年のテーマである「SSZ ANTHEMS」について、ZINEの冒頭には「SSZは色々なフィールドで動きながら、メイングラウンドであるストリートで勝負、自分の在り方、スタイルをぶつけて来たものだと思っている。絶対にストーリーやコンセプトやカルチャーがベースにあって、挑戦する気持ちが破裂するぐらいあって前に進もうとするスタンスを大切にして来た。そんな気持ちをキープしたり、後押ししてくれたモノの1つに音楽があった」というくだりが、五線紙に手書きでびっしり書き込まれている。そこから始まり、服だけでなくカルチャーとの結びつきが微に入り細をうがつほど熱く語られることで、ものに奥行きが生まれてくる。

 締めは「人を変えてくれる、世界を変える音楽をテーマに、自分が出来る、自分らしさを音楽を服でカタチにした(原文ママ)」とつづられていて、加藤さんの意思が伝わってくる。

 鎌倉で生まれ育った加藤さんは中学時代、通学途上の藤沢や町田の古着店に行ったり、渋谷や原宿に出かけたりするようになった。雑誌を読み、裏原宿で古着やストリートブランドを見て歩き、当時流行っていたスケートボードのファッションにはまったという。

 大学ではラグビー部に所属したが、友だちから「そういうファッションをするならスケートボードやらなきゃ」と言われ、スケートボードを始めた。そして、網膜剥離になってラグビーをやめざるを得なくなり、サーフィンをやるようになったという。始めたのは遅かったが、どっぷりハマった。「滑っていて気持ちいいのに、いくらやってもうまくならない。何でできないんだろうって落ち込みながら、うまくなりたいとどんどん深みにはまっていった」という。

 就職は大好きなファッションに関わる仕事をと考えた。ものづくりに興味があったのでバッグのメーカーに入ろうとも思ったが、お父さんの大反対に遭い、「ここまで育ててくれた親の意思に背くのはちょっと」と断念。それなら、大好きなビームスに入ろうと決めて入社。販売員からのスタートだった。

 ビームスには、アルバイトも含めた販売員が「こんな商品があったらいい」という企画を出し、良ければ商品化するという仕組みがある。もともとものづくりが大好きな加藤さんは入社早々、企画を提案。「『ポーター』でおなじみの吉田カバンとのコラボで、ハットとベルトを作ったらいいのではと提案して通ったのが最初でした」。満面の笑みから、そのときに感じたうれしさがそのまま伝わってくる。加藤さんのピュアなエネルギーが周囲を動かしていくのだと思った。

加藤さんが長年にわたって作り続けてきたSSZのZINE(ジン、個人が自主製作する冊子)
加藤さんが長年にわたって作り続けてきたSSZのZINE(ジン、個人が自主製作する冊子)
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社長に直談判の壁

 ただ提案が通っても、実際のものづくりに携われるわけではない。メインの業務はあくまで販売であり、それはそれでものすごく楽しいのだが、ものづくりをしたい気持ちが徐々に高まり、フラストレーションがたまっていく。そのせいもあるのか、提案が通らなくなっていった。「会社への不満をぶつけるなど、振り返ると負の循環に陥っていたのです」(加藤さん)

 そんな折り、先輩からサーフィンに誘われた。初めて一緒にサーフィンしながら、「君の企画書はいいと思うけど、書き方を変えたほうがいい。もっと違う伝え方をしないと敵を作るだけでもったいない」と言われ、ハッとしたという。自分の考えや意見を押し通すことに意味があるのではなく、「こういう商品があったらいい」ということを純粋に伝える。そこに照準を絞って前向きに取り組むように。すると周囲の反応も変わり、企画も受け入れられるようになっていった。

 中でも加藤さんが最もやりたかったのは、ビームスの中にサーフ&スケートショップを作ることだった。「思い立ったら即、行動するタイプなので、手書きで企画書を作って社長のアポイントを取り、直談判しちゃったんです」。まっすぐ体当たりしていく姿勢が加藤さんの人となりを表しているが、組織の中ではおきて破りになりかねない行動だ。社長は前向きに捉えてくれたが、社内で検討を重ねた結果、もう少し時期を待ってという結論に至ったという。

 しかし、加藤さんはあきらめず、その後も企画を出し続けた。しつこく繰り返すうち、12年に「今ショップを作るわけにはいかないが、まずはバイヤーとしてがんばってほしい」と言われ、アシスタントバイヤーになれたのだ。これでようやく憧れのものづくりに携わることになった。

 そして16年、ビームスのオリジナル商品として加藤さんが全面的にディレクションを行うサーフ&スケートブランドを立ち上げることに。翌年にはオリジナルブランド「SSZ」としてデビューし、「ビームス原宿」内に念願のショップを開くことができたのだ。「こっちが愛情を持ってやり続けていると、面白いことやっているねって見てくれる人が必ずいると思うんです」(加藤さん)。まっとうなことを、愚直にやっていく。加藤さんを支えているのは、まっすぐで純粋な力だ。

大量でないものの意味を問うてみたい

 「僕は周りの評価ではなく、自分が作り上げたものへの信頼と信念でものづくりをしてきました」(加藤さん)。ファッションとは本来、ここに核心があるのでは。自分が面白い、やりたいと感じたことの独自性を信頼し、そこを伝えようと全力で形にする。その熱量が人をひき付けるのだと思う。

 売れ筋を徹底的に分析し、それに沿った商品企画をし、サンプルを作って消費者調査にかけ、検証・修正した上で発売する。そして最大公約数が求めるものを、的確なタイミングと価格で提供していく。これも正しいやり方の一つであることは間違いない。しかし、正しいからといって、すべてがそうである必要はない。加藤さんのように「周りの評価ではなく、自分の作り上げたものへの信頼と信念」も大切な価値軸の一つだと思う。

 「『大量でないものの意味を問うてみたい』という気持ちで続けてきました」という言葉にも共感した。均質なものをリーズナブルな価格で大量に行き渡らせる便利さも大事だが、そうでないものの価値もある。服のさまざまなありようが業界全体を面白いものにしていくと、常日ごろから感じていたからだ。大量でなくても、適量を売り切ることは、これからますます大事になっていくと思うのだ。

 加藤さんの意図するところは、好きなものを作って終わりでなく、買って着てもらうことで顧客に喜んでもらう。ブランドと服に共感してファンになり、また店を訪れてくれる。そんな共感の循環が起きていくところにあると思った。実際、SSZには濃いファンがついていて、発売して即売り切れることもしばしば。これは、共感の循環がうまく行われているからに他ならない。ブランドと顧客の幸福な関係性がここにある。

 そして加藤さんは、何と農家の4代目。ビームスに勤めるかたわら、野菜作りを営み、週に2回は市場に立って野菜を売っている。最近は企業でも副業が認められるようになってきたが、加藤さんは入社来ずっと、ビームスと農業という二足の草鞋(わらじ)をはいてきた。「農業は自然相手で思うようにいかないこともたくさんありますが、“自然のものとして作る”ことが大事なのです」(加藤さん)。利益を上げることを最大の目的にした大量生産・大量消費が行き詰まりを見せている中、サステナビリティーも含めた“自然のもの”として作る。そんなファッションがあってもいい。

 「うちの野菜は味にパンチがあっておいしいんです」と語る笑顔のパワーは、SSZの話をするときに勝るとも劣らず。愛情いっぱいの野菜たちの味見をしたくなった。

<後編に続く>