ファッション業界紙「WWDJAPAN」の村上要編集長は、静岡新聞の事件記者という異色の経歴を持つ。奇抜な格好で警察や事件現場に出入りし、上司からは「職場はファッションショーじゃない」と注意され、警察では非行少年を引き取りに来た兄弟扱いされたこともあったとか。
本連載では常識にとらわれないアプローチで存在感を発揮しているアパレル業界の“革命者”たちの熱量の原点を探り、それをどのようにしてビジネスにつなげていったかを探っていく。今回はファッション業界紙「WWDJAPAN」編集長の村上要氏。
「WWD(Women’s Wear Daily)」は、米国を発祥とする1910年創刊のファッション業界紙。歴史と権威を備え、確固たる地位を築いてきた媒体で、日本版のWWDJAPANは79年に創刊されたものだ。「エディターズレター」と題したメルマガも含め、編集部員が署名付きで業界への思いを発信しているのだが、タイトルを見て少しどっきりし、書き手を見ると編集長の村上要さんであることが多い。
「言っているアナタが『気持ちいい』はダメ」
「言っているアナタが『気持ちいい』はダメ」と付された文章は、WWDJAPANの「サステナブルビューティ特集号」に関連するもの。「(この特集では)正論とは違う、“自分ごと化”の一例を紹介できればと思います。興味・関心を高めたり、共感してもらったり、人々を巻き込んだりするために、正論になりがちな一方的な発信を軌道修正してみませんか?」と付されている。サステナブルというテーマを語る場合、ともすると大義名分をふりかざしがちだし、大企業がCSR(企業の社会的責任)活動として声高にうたっているのを筆者はあまり気持ち良くないと感じていたので、このサジェスチョンにうなずかされた。
また、「趣味さえ環境の影響を受けていると聞いて」という文章では、「私の趣味は、スポーツクラブでのステップ&エアロビ、自転車、それに第2次世界大戦にまつわる書籍を読むこと、でしょうか」という軽やかな語り口で始まり、自分で選んでいるつもりの趣味も、経済的もしくは文化的な「資本」の影響を受けているという、フランスの社会学者ピエール・ブルデューの『ディスタンクシオン』の引用に及ぶ。そして、早い時期に「ファッション育」を子どもが受ければ、「(ファッション業界に)憧れ、自ら調べ、モチベーションが高い状態で業界にダイブ。結果、業界に大いに貢献する可能性が高いのです」と、「ファッション育」の意義と必要性に触れている。
アパレル業界の記事というと、カタカナを多用した感性的なものか、ビジネスを切り口とした堅いものが目につく。が、村上さんの記事はそのどちらでもない。さらりと読んで考えさせられる。そこまで持っていく力を備えている。
昨今、アパレル業界が直面している課題について、「ここが悪かったからこうなった」「もっとこうすべきだった」とネガティブな部分を取り上げたり“べき論”を語ったりする記事は、一般紙誌含めて目につく。そういったものを見るにつけ、苦しい転換期にあるだけに、「もっとこうしたら」「こういう可能性があるのでは」という提言があったらいいのにと思っていたが、そこを村上さんは実践している。
上から目線ではなく、フラットな感じのコメントなのも、好ましさにつながっている。ファッションが好きで、そこには未来への可能性がある。もっと良くなれるはずという意思が垣間見えるのだ。
とにかく目立つ格好をしたかった
筆者と村上さんとの縁の始まりは、「カタヤブル学校」というプロジェクトを始めたときに、WWDJAPANの取材を受けたことだった。村上さんと会った途端、まずは彼のファッションにくぎ付けに。ド派手な色使いでボトムは短パン。たくさんのピアスを付けて薄いメークを施している。奇抜なのだが、いわゆるファッションオタク風でもないし、“ギョーカイ人”特有のトレンド先端のスタイルでもない。話し言葉もしぐさも礼儀正しく親しみやすい。村上さんの人となりと溶け合い、独自のキャラクターを立たせている。どうやって、このユニークな人物が出来上がったのかを知りたくなった。
静岡で生まれ育った村上さんは、本人いわく「そつのない子」だったという。一人っ子で、相手の求めるものを「察する」のが得意だった。受験勉強も同様で、「日本の教育界が求めるものを察すればよかったので、わりと出来が良かったのです」(村上さん)。一方、察するのが苦手な人や勉強ができない子を見下すところがあった。それが原因で高校3年生のときにいじめに遭い、学校に行けなくなった時期もあったという。今の村上さんからは、ちょっと想像ができない話でもある。
そんなこともあって、東京大学を目指したが叶わず、東北大学の教育学部に進み、仙台でファッションにはまった。バイトをしまくって服を買っていたという。「ヴィヴィアン ウエストウッド」「ア・ベイシング・エイプ」「SHINICHIRO ARAKAWA」など、世界のトップブランドから日本の先鋭的なストリートブランドまで、「とにかく目立つ格好をすることが気持ち良かったんです」(村上さん)と語る様子に屈託はない。「ファッションが好き」を自覚したうれしさが伝わってくる。
大学時代に新入生向けパンフレットを作ることになり、その編集を担当した。先生や先輩の話などをまとめたところ、それを目にしたタウン誌の編集者から、街歩きの連載をバイトでやってほしいと声がかかり、人の話を聞いて伝えることが面白くて編集の仕事に就きたくなったという。
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