三菱鉛筆「エモット」は情緒的価値でヒット 生産能力2倍に増強(画像)

成熟した市場の中でいかに売れる商品を開発するか。ジャンルを問わず企業が直面するこの課題に対するヒントを、文具市場に見いだそうという特集の第1回は、三菱鉛筆の「EMOTT(エモット)」。ユーザーが求める「世界観」、情緒的価値を重視して発売前から注目を集めたエモットの開発の裏側に迫る。

全40色の細字サインペン「EMOTT(エモット)」。1本200円(税別、以下同)で、5本セットはスタンド付きで1000円。このセットは日本市場で1番人気の「キャンディポップカラー(心弾む、新しいけど懐かしい色合い)」
全40色の細字サインペン「EMOTT(エモット)」。1本200円(税別、以下同)で、5本セットはスタンド付きで1000円。このセットは日本市場で1番人気の「キャンディポップカラー(心弾む、新しいけど懐かしい色合い)」

 国内の文具・事務用品市場は既に成熟市場と言っていいだろう。市場規模はここ数年、4600億円前後で微減傾向にある(矢野経済研究所調べ)。学童人口の減少や、デジタル化・ペーパーレス化による法人需要の低迷が響いている。

 だが、そんな状況下でも「日本文具大賞」には毎年、ユニークな文具が登場し、「文具女子博」といったイベントも人気を呼ぶ。各メーカーが知恵を絞り、技術を駆使して、新しい価値をつくり出している。そこに、成熟市場の中でヒットを生むヒントが隠されていそうだ。

 1887年創業の三菱鉛筆も、そんな日本の文具メーカーを代表する1社だ。「uni(ユニ)」のブランドロゴを見たことのない人は少ないだろう。鉛筆から始まり、現在は三菱鉛筆のコーポレートブランドであり、同社の象徴でもある。滑らかな書き味が特徴の油性ボールペン「ジェットストリーム」は、新機能を搭載したバリエーションを増やし、同シリーズの世界販売本数は年間1億本以上に達する。主要ブランドはこの他に「クルトガ」「ポスカ」など20以上。サブブランドも多数展開する。

 同社は研究開発型企業でもある。2019年の売上高は約620億円で、そのおよそ5%に当たる約30億円を研究開発に投じている。顧客が感じる不便や不満を解消し、より書きやすくて使いやすい商品づくりで顧客の信頼を勝ち取る──日本的ものづくり企業の典型と言っていいだろう。

 そんな三菱鉛筆が今、新たな挑戦を始めている。

 今は「良いものをつくれば売れる」「新しいことが価値」という時代ではない。一般的な消費者が求める「機能」だけに目を向ければ、十分にニーズを満たす商品は世の中にあふれている。機能的価値が充足した今、差異化に必要なのは「自分のスタイルに合う」「持っていると気分が上がる」「センスの良さを表現できる」といった情緒的価値だ。これは文具市場に限ったことではない。

 そこで三菱鉛筆は、機能的価値の追求と並行して、情緒的価値を付加した商品開発に取り組み始めた。その中でも同社が主戦場とする低価格帯市場で本格的に取り組んだ代表的な商品が、19年4月に発売した全40色の水性サインペン「EMOTT(エモット)」だ。特徴は、従来のサインペン市場にはなかった白を基調にしたデザインと、色選びが楽しくなるカラー展開だ。

 ユーザーが選びやすいように、全40色を5色ごとに8つのグループに分けて、「アイランドカラー(自然・生命力を感じるカラー)」や「キャンディポップカラー(心弾む、新しいけど懐かしい色合い)」「フローラルカラー(花を思わせる優しいカラー)」といった、創造力をかき立てるネーミングも考案した。

 その結果、公式SNSで発売を発表した直後から注目が集まり、発売1カ月前に大手販売店が先行販売したところ、わずか1日で完売。初年度の売り上げは年間目標を達成し、その人気から生産能力を2倍以上に増強した。それでも、いまだにフル生産体制が続いているという。

エモットの什器(じゅうき)。ブランドの世界観に合わせて「uni」のロゴは特別に黒に変更し、什器の右上にあしらった
エモットの什器(じゅうき)。ブランドの世界観に合わせて「uni」のロゴは特別に黒に変更し、什器の右上にあしらった
左から5色セット、10色セット、40色セット
左から5色セット、10色セット、40色セット

 エモットが好調な要因は、これまでの商品開発とは“真逆”の戦略を貫いたからだ。重視したのは、ターゲットが好む「世界観」の表現である。

 同社は通常、機能的価値をどうアピールするかを第一に考えて商品を開発する。エモットであれば、本来は「ペン先がつぶれない0.4ミリメートルの細字サインペン」という機能が切り口となるだろう。だが、エモットの商品開発担当者たちは、「それではターゲットとする大人の女性の心はつかめない」と考えた。自社の技術に自信があるからこそ、「ペンの機能性が高いことは、購入して使ってもらえば分かる」という確信があったのだ。

 では、なぜ情緒的価値であるデザイン性の追求を第一に考えたのだろう。

スケジュールや日記などを書き込んだ手帳やノート、使用したペンなどをInstagramなどSNSで公開することがブームになり、女性を中心に写真映えもする細字サインペンのニーズが高まっている。このセットはグローバル市場で最も人気がある「フローラルカラー(花を思わせる優しいカラー)」
スケジュールや日記などを書き込んだ手帳やノート、使用したペンなどをInstagramなどSNSで公開することがブームになり、女性を中心に写真映えもする細字サインペンのニーズが高まっている。このセットはグローバル市場で最も人気がある「フローラルカラー(花を思わせる優しいカラー)」

SNSでチラ見せしたくなるデザイン

 エモット開発の準備を始めたのは16年。Instagramの人気が高まり、写真を使ったコミュニケーションを楽しむ人が増えてきた頃だ。自分のスケジュールやToDoリストなどを手帳やノートに箇条書きにする「バレットジャーナル」や、自らの行動を記録する「ライフログ」なども流行し、書き込んだノートや手帳だけでなく、筆記具なども一緒に撮影し、Instagramで公開する人も増えていた。

 写真にチラッと写り込んだ雑貨や文具などからは、その人の個性が伝わってくる。そのため、持っているだけでセンスの良さを感じ、写真に写り込ませたくもなるようなデザインが好まれるようになってきた。

 「そういったトレンドから、カラフルで見た目もいい、細字のサインペンのニーズが高まっていた」と話すのは、三菱鉛筆 商品開発部 商品第2グループの渡辺悠太係長。もともとサインペンの市場は大きく、三菱鉛筆としてもグローバルで展開していきたいという意向もあった。

 国内での需要の高まりを肌感覚でとらえ、手書きを楽しむ女子学生から大人の女性にターゲットを設定。生活のシーンに溶け込む、シンプルで落ち着いた世界観のサインペンを開発したいという考えに至ったという。また、具体的にサインペンのニーズを調査すると、シンプルさや清潔感のあるデザインが好まれることも分かり、「予想どおりの結果だった」(渡辺係長)。

 細字サインペンの機能的な課題は、ペン先がつぶれたり折れたり、割れやすかったりすることだった。技術は三菱鉛筆にとって、常に大切な商品価値である。「デザインがどんなに気に入っても、機能的価値が低ければリピートして購入してもらえない」(渡辺係長)

 研究開発部のスタッフに相談すると、ペン先を保護する樹脂「アウター」が付いているボールペン「ユニボール エア」の技術を応用できることが分かった。「ターゲットや世界観が先に決まっている状態で、研究開発部に相談するのは珍しいケース。研究開発部のスタッフも技術力に誇りを持っており、機能的価値をアピールしてほしいという思いはあったはず。僕らの意図を丁寧に説明し、最終的には共感を得ることができた」(渡辺係長)

 デザイングループの増田真由子主任は、研究開発部のほか、社内の理解を得るために、「イメージビジュアルを制作したり、短い言葉にして表現したりして、ターゲットが好む世界観を視覚化して伝えるようにした」と話す。

ペンの軸は丸みのある四角形で、サイズは7×7ミリメートルと細身。キャップをしたときの印象と外したときの印象が変わらないことも特徴
ペンの軸は丸みのある四角形で、サイズは7×7ミリメートルと細身。キャップをしたときの印象と外したときの印象が変わらないことも特徴
ペン先はすべて樹脂で覆われているので、割れたり折れたりせず、細い線を描き続けることができる
ペン先はすべて樹脂で覆われているので、割れたり折れたりせず、細い線を描き続けることができる

既存のサインペンとの違いを「白」で表現

 ペンのデザインも、これまでとは真逆の考え方を貫いた。サインペンといえば、キャップも軸もペンの色と同じ1色でデザインされたものが多い。だが、エモットの軸は白が基調で、色の部分は全体の10分の1ほど。「これまでのサインペンとは違う、大人向けの新しい商品であることを直感的に伝えたかった」(増田主任)

 文具売り場でサインペンは、キャップ側を手前にして、横に寝かせた状態で販売されることもある。そのためキャップに色を付けないのは異例だった。また、白は汚れやすいという理由から、サインペンでは採用されないことが多いという。「軸の白い部分を別の色にして検証したが、エモットはニュアンスカラーが多めなので、白以外の色だと目立ちにくかった。ユーザー調査でも白が好評で、世界観の観点からも最終的には白にすることが決まった」(増田主任)

 発売当初はバラ売りをせず、全40色を5色セット、10色セット、40色セットのみで販売した。レインボーカラーのアソートではなく、1つの色を軸としたグラデーションでもない。エモットオリジナルのカラーグループをつくったという。「セットの5色を使って描けば、おしゃれな雰囲気に仕上げられる。そんな組み合わせを目指した」(増田主任)

 エモットは「文房具屋さん大賞2020」で最高位の「大賞」を受賞。売れ行きは、発売からおよそ1年半がたった現在も継続的に伸びている。買い足しているリピーターも少なくなく、SNSでは「今度はこのセットを買った」「全色コンプリートしました」といったつぶやきも見かける。また、発売当初は「見た目がかわいい」「センスがいい」といった声が多かったが、徐々に「書きやすい」といった感想も増えている。「狙い通り、機能性の高さに気づいてもらえている。エモットでの経験は、今後の商品開発でも生かしていきたい」と渡辺係長は話す。

技術とアートの組み合わせで新たな価値を

新ブランド「3&bC(スリーアンドビーシー)」から発売する加圧ボールペン「Pt7(ピーティーセブン)」。インクはすべて黒。1本600円。ボディーの名前は左から、torii(トリイ)、midori(ミドリ)、ki(キ)、neue gray(ノイエグレー)、sumi(スミ)、sumire(スミレ)
新ブランド「3&bC(スリーアンドビーシー)」から発売する加圧ボールペン「Pt7(ピーティーセブン)」。インクはすべて黒。1本600円。ボディーの名前は左から、torii(トリイ)、midori(ミドリ)、ki(キ)、neue gray(ノイエグレー)、sumi(スミ)、sumire(スミレ)

 三菱鉛筆は、エモットの経験を得て、デザイン性や情緒的価値を意識した商品開発への挑戦を継続する。20年10月19日に、デザイン会社のGRAPH(兵庫県加西市)とともに新ブランド「3&bC(スリーアンドビーシー)」を立ち上げ、アーティスティックなカラーリングの新商品を発売する。GRAPHは東京大学の文房具ブランド「UTokyo Go(ユートーキョーゴー)」のブランディングを担当し、その商品ラインアップに三菱鉛筆のボールペンや鉛筆がある。その関係から、今回の協業が始まった。

3&bCの什器。10月19日発売で、月末までに店頭に並ぶ予定。まず大手文具店30店程度で販売する。今後は、ファッションブランドやアーティストとのコラボレーションもしていく計画だ
3&bCの什器。10月19日発売で、月末までに店頭に並ぶ予定。まず大手文具店30店程度で販売する。今後は、ファッションブランドやアーティストとのコラボレーションもしていく計画だ

 3&bCは、「とらわれない」というコンセプトを掲げている。三菱鉛筆のインナーブランディングを意識した取り組みでもあり、既成概念やルールにとらわれず、定番商品であってもデザイン性を付加して見立てを変えることで新たな価値を生み出せる、というメッセージが込められている。技術はいつか追いつかれる可能性があるが、人の感性を重視した情緒的価値を掛け合わせれば、唯一無二の価値を生み出せる可能性があるという考えだ。

 「誰もがイメージできることを形にするのではなく、見たことがないものを目指す。テクノロジーも人の感性と混ざりあって、進化していくものだ。3&bCは多様なことにチャレンジするプラットフォームのような位置付けになればいいと思う」(GRAPH代表の北川一成氏)

三菱鉛筆で販売中の「パワータンク」。こちらも継続して販売していく。屋外で仕事をする人や水を使った仕事をする人だけでなく、書き味を好んで愛用している人も少なくないそうだ。ボール径は0.7ミリなど3種類。1本200円
三菱鉛筆で販売中の「パワータンク」。こちらも継続して販売していく。屋外で仕事をする人や水を使った仕事をする人だけでなく、書き味を好んで愛用している人も少なくないそうだ。ボール径は0.7ミリなど3種類。1本200円

 3&bCの第1弾商品は、加圧ボールペン。三菱鉛筆が00年から販売している「パワータンク」がベースで、3&bCからは「Pt7(ピーティーセブン)」という名称で発売する。加圧ボールペンは、ボールペンを逆さまにしても、ぬれた紙にも、氷点下でも書くことができる。

 そんな定番品のパワータンクに新たなデザインを与え、価値を高めていくという。ボディーの形状や素材はそのままに、色とタイポグラフィーを変更する。存在感のある立体的なフォルムが、鮮やかな蛍光色を中心としたポップなカラーリングによって見えにくくなる。3&bCでは、色を変えることも商品の価値を高める重要な表現の一つと考えている。

 パワータンクのボディーには2種類の素材が使われており、その色を統一することは容易ではないそうだ。滑り止め部分は素材に色を練り込むなど、三菱鉛筆が持つ高度な技術を活用し、北川氏のディレクションにより実現した。

3&bCは今後、ファッションブランドやアーティストとのコラボ商品も展開し、価値を高めていく。そのため、3&bCとPt7のロゴは、今後どんなブランドとも掛け合わせられるように、独自性を担保しつつシンプルにデザインした。3&bCのマークのモチーフはキツネ、コンセプトは「かけるばける」。これまでの常識にとらわれない発想を掛け合わせていくブランドとして、「書ける/描ける」と「掛け合わせる」「化学反応」「キツネが化ける」といった意味を重ねている
3&bCは今後、ファッションブランドやアーティストとのコラボ商品も展開し、価値を高めていく。そのため、3&bCとPt7のロゴは、今後どんなブランドとも掛け合わせられるように、独自性を担保しつつシンプルにデザインした。3&bCのマークのモチーフはキツネ、コンセプトは「かけるばける」。これまでの常識にとらわれない発想を掛け合わせていくブランドとして、「書ける/描ける」と「掛け合わせる」「化学反応」「キツネが化ける」といった意味を重ねている
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