
成熟した市場の中でいかに売れる商品を開発するか。ジャンルを問わず企業が直面するこの課題に対するヒントを、文具市場に見いだそうという特集の第1回は、三菱鉛筆の「EMOTT(エモット)」。ユーザーが求める「世界観」、情緒的価値を重視して発売前から注目を集めたエモットの開発の裏側に迫る。
国内の文具・事務用品市場は既に成熟市場と言っていいだろう。市場規模はここ数年、4600億円前後で微減傾向にある(矢野経済研究所調べ)。学童人口の減少や、デジタル化・ペーパーレス化による法人需要の低迷が響いている。
だが、そんな状況下でも「日本文具大賞」には毎年、ユニークな文具が登場し、「文具女子博」といったイベントも人気を呼ぶ。各メーカーが知恵を絞り、技術を駆使して、新しい価値をつくり出している。そこに、成熟市場の中でヒットを生むヒントが隠されていそうだ。
1887年創業の三菱鉛筆も、そんな日本の文具メーカーを代表する1社だ。「uni(ユニ)」のブランドロゴを見たことのない人は少ないだろう。鉛筆から始まり、現在は三菱鉛筆のコーポレートブランドであり、同社の象徴でもある。滑らかな書き味が特徴の油性ボールペン「ジェットストリーム」は、新機能を搭載したバリエーションを増やし、同シリーズの世界販売本数は年間1億本以上に達する。主要ブランドはこの他に「クルトガ」「ポスカ」など20以上。サブブランドも多数展開する。
同社は研究開発型企業でもある。2019年の売上高は約620億円で、そのおよそ5%に当たる約30億円を研究開発に投じている。顧客が感じる不便や不満を解消し、より書きやすくて使いやすい商品づくりで顧客の信頼を勝ち取る──日本的ものづくり企業の典型と言っていいだろう。
そんな三菱鉛筆が今、新たな挑戦を始めている。
今は「良いものをつくれば売れる」「新しいことが価値」という時代ではない。一般的な消費者が求める「機能」だけに目を向ければ、十分にニーズを満たす商品は世の中にあふれている。機能的価値が充足した今、差異化に必要なのは「自分のスタイルに合う」「持っていると気分が上がる」「センスの良さを表現できる」といった情緒的価値だ。これは文具市場に限ったことではない。
そこで三菱鉛筆は、機能的価値の追求と並行して、情緒的価値を付加した商品開発に取り組み始めた。その中でも同社が主戦場とする低価格帯市場で本格的に取り組んだ代表的な商品が、19年4月に発売した全40色の水性サインペン「EMOTT(エモット)」だ。特徴は、従来のサインペン市場にはなかった白を基調にしたデザインと、色選びが楽しくなるカラー展開だ。
ユーザーが選びやすいように、全40色を5色ごとに8つのグループに分けて、「アイランドカラー(自然・生命力を感じるカラー)」や「キャンディポップカラー(心弾む、新しいけど懐かしい色合い)」「フローラルカラー(花を思わせる優しいカラー)」といった、創造力をかき立てるネーミングも考案した。
その結果、公式SNSで発売を発表した直後から注目が集まり、発売1カ月前に大手販売店が先行販売したところ、わずか1日で完売。初年度の売り上げは年間目標を達成し、その人気から生産能力を2倍以上に増強した。それでも、いまだにフル生産体制が続いているという。
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