DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進には多数の手段がある。中でも、売り上げに結びつけるデジタル化の手段として「新たに独自のECサイトを作る」という考えに行き着く企業は多い。マーケティングDXの専門家、垣内勇威氏はそうした安易な発想で生まれたECの大半は全くもうからないと断言する。

メーカーなどの企業がDXを推進するときに「独自のECを立ち上げよう」という議論が持ち上がることは多い(写真/Shutterstock)
メーカーなどの企業がDXを推進するときに「独自のECを立ち上げよう」という議論が持ち上がることは多い(写真/Shutterstock)

 メーカーや小売業界の企業がDXを推進するとき、必ず「ECをどうするか?」という論点が持ち上がる。DXという言葉が流行する15年も前からその傾向があり、まず「ECを立ち上げよう」という話になることが多かった。

 特に最近は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で売り上げが落ちた企業も、ECだけは好調という場合がある。このままECで売り上げのマイナスを補うべしと躍起になっている経営者もいる。D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)というバズワードも後押しになっているのだろう。

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 こうしたECの大半は、全くと言ってよいほどもうからない。会社全体の売り上げから見れば、ECの売り上げなどすずめの涙であることがほとんどだ。「DXに取り組んでいる」感を出すためだけに、思考停止でECに投資するのは極めて危険な行為だ。

店舗と同じモノが同じ価格で売れるわけがない

 メーカーや小売企業のECがもうからない理由は、ユーザー側に購入のメリットがとても小さいためだ。こうしたECで販売する商品の大半は店舗でも買えるモノなので、ECならではのメリットがなければ、ユーザーは送料分だけ損をする。

 店舗側の声が大きく、ECだけ割引することは難しいという企業は多い。既存の売り上げをつくっている店舗側の交渉力は強い。ECが日本中で最も高い定価をつけているというケースも少なくないのだ。そんなECが選んでもらえる理由は皆無だ。既存店舗にもアマゾンにも勝てるはずがない。こうして直営ECは「負の遺産」と化す。そんなECで売れるのは、他の全店舗で在庫が切れているがECでは在庫がある、といった特殊ケースだけだ。

 もうからない直営ECは、何かしらの差異化を強いられ、保証期間の延長、独自ポイントの付与など、様々な特典サービスを展開する。このような細かい差に着目して購入してくれるようなユーザーはほとんどいない。「なんとなく」で始めたメーカー・小売企業の直営ECは、小手先の施策ではどうにもならず、確実に失敗する運命にあるのだ。

 ECで売り上げを増やしたいのであれば、そのECでしか購入できない「独自商品」を開発する他ない。他で買えない魅力的な商品があって初めて、ユーザーは送料を払ってでも、手に取って確認できなくても、仕方なくECで買ってくれるのだ。

全力を尽くしたECでも期待薄

 EC独自の商品開発を決め、ECのスタートラインに立てたとしても、既存の売り上げに匹敵するほどのビジネスに育てるには並々ならぬ努力が必要だ。

●メーカーなどによる独自のECに立ちはだかる壁
●メーカーなどによる独自のECに立ちはだかる壁
独自のECを成功させるには多数の壁があり、ビジネスとして軌道に乗せるには並々ならぬ努力が必要となる

 まずECはリピーターを積み上げなければビジネスが成立しない。例えば、注文単価1万円で、粗利が3000円だとすれば、そのうちプロモーションに使える費用は1000円程度だろう。広告費1000円で集客できる人数はせいぜい10人程度だ。ECの購入率が1%だとすれば、広告費を1万円使ってようやく1人が買ってくれる計算になる。これだと大幅な赤字を計上してしまう。

 広告以外にもSNSやSEO(検索エンジン最適化)など様々な集客手段があるものの、ECで使えるプロモーション費用は常に薄利との戦いだ。そのためECは一見(いちげん)さんだけだと成立せず、自ら何度も訪れるお得意さんをつくらなければ成立しない。注文単価1万円で将来10回買ってくれるお客さんなら、初回の集客に1万円のプロモーション費用を捻出しても問題ないというわけだ。

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