美食の街、スペインのサン・セバスチャンにある世界屈指の食のアカデミア「バスク・カリナリー・センター(以下BCC)」の核心に迫るリポート最終回。今回はBCCが目指す食のイノベーションの方向性と、日本が学ぶべきことを考える(取材・インタビュー協力/スクラムベンチャーズ・外村仁氏)

マドリードで2020年2月に開催された「デジタルガストロノミー・ホスピタリティー・スタートアップフォーラム 2020」の様子。左から2番目がスクラムベンチャーズの外村仁氏。日本の先進事例として、OPEN MEALSが開発した「Cyber和菓子」や、ニチレイ発のレコメンデーションサービス「Conomeal(コノミル)」などの取り組みを紹介した(写真/Courtesy of Basque Culinary Center)
マドリードで2020年2月に開催された「デジタルガストロノミー・ホスピタリティー・スタートアップフォーラム 2020」の様子。左から2番目がスクラムベンチャーズの外村仁氏。日本の先進事例として、OPEN MEALSが開発した「Cyber和菓子」や、ニチレイ発のレコメンデーションサービス「Conomeal(コノミル)」などの取り組みを紹介した(写真/Courtesy of Basque Culinary Center)

※BCCリポート第2弾「大学×スタートアップ 『美食の街』がフードテックの聖地に」はこちら

 ガストロノミー界をけん引しようと、“純粋な”料理技術だけでなくフードテックにも力を入れている食の4年生大学「バスク・カリナリー・センター(以下BCC)」。同大学は、リポート第2弾で紹介したコワーキングスペース兼研究所「LABe※外部サイト」、そして研究に特化した「BCC Innovation(BCCイノベーション)※外部サイト」と一体となって自然環境を考慮した改革を起こそうと、日々奮闘している。そんな彼らが提案するサステナブルな食の未来には、日本の麹菌も一役買っているという──。

 「労働はAIに取って代わられる。私たちにはクリエーティブになれる時間ができる」
 「テクノロジーと食料資源をつなげる」

 そんなフレーズが書かれた粘着メモで、どんどん壁のスペースが埋められていく。BCCが運営するLABeの1室に集まったのは、ヘブライ大学のコンピューターサイエンス教授や、米国のフードテックメディア「ザ・スプーン」のライター、投資家兼アドバイザー、スペインの「テック・フード・マガジン」創設者と、ジャンルの異なるエキスパートたちだ。さらに、元エバーノートジャパン会長で現在サンフランシスコに拠点を置き、スクラムベンチャーズのパートナーなどを務める外村仁氏も参加した。

 「デジタルガストロノミー」を成功へ導くためには、どうしたらいいのか──。そうしたロードマップを描くべく、「環境・自然」「健康・ダイエット」「人的要因・労働」「文化・社会」「科学・テクノロジー」「マーケット・バリューチェンジ」の6つのカテゴリーにおいて、10カ条の誓いを立てるのが、この会の目的だ。

LABeのスタッフから説明を受ける参加者たち
LABeのスタッフから説明を受ける参加者たち
各々が短い時間でアイデアを出していく(写真/Courtesy of Basque Culinary Center)
各々が短い時間でアイデアを出していく(写真/Courtesy of Basque Culinary Center)

 ベネズエラ出身のBCCリサーチシェフ、Estefania Simon(エステファニア・シモン)がプロのファシリテーターのように、英語できびきびと進行していく。12年間シェフ一筋だったとは思えないほどの仕切り上手だ。

 「私たちは今、どの地点にいて、どこに向かっていくのかを考えてください」

 制限時間10分で、各々が2つのアイデアを粘着メモに書き出していく。それを3回繰り返すという、ハードなセッションを行い、参加者たちは疲れ気味の様子。LABeのイノベーション・マネージャーを務めるJosé Francisco Pelaez(ホセ・フランシスコ・ペラエス)は、「まさにエキスパートたちからアイデアを絞り取ろうとしているんだ」と笑う。

 ここで出されたアイデアは、最終的に2020年2月25日にマドリードで開かれた「デジタルガストロノミー・ホスピタリティー・スタートアップフォーラム 2020」の中で、飲食・ホテル業界、そしてスタートアップ企業を前に発表された。それが以下の10カ条だ。

一. 今日(こんにち)のエコロジカル・フットプリントを減らすべく、デジタルガストロノミーをポジティブな影響を与える「道具」とする。

二.テクノロジーを、私たちの環境に対する姿勢を改めさせるために使う。

三. より健康的な食事をするという、カルチャーシフトの触媒となるような、個人の食事・食習慣に合わせてよりパーソナライゼーション・推奨に力を入れるものとしてテクノロジーを使う。

四. 従業員を励まし、育て、維持する道具、そしてクリエーティビティーを高めるものとしてテクノロジーを利用する。

五. 立場の弱い人やギグエコノミーに従事する人を含むすべての人に、テクノロジーに基づいた公正さと透明性を通じて、倫理的な労働基準を保証する。

六. 強引だったり変わらない方法にしたりするのではなく、伝統的な料理の多様性を維持するのと同様に、新しい料理や調理法の押し上げを図る。

七. 人々を阻害するのではなく、文化を広め、人々をつなぐ手段としての食品の価値を促進する。

八. ユーザーが初めから関わるオープンイノベーションのプロセスとともに、現在および将来の世代のニーズに対応するため、さまざまな研究領域にわたるアプローチも推奨する。

九. 財政発展可能な基本的なツールとして、常に人間の能力を最大限に引き出す、測定可能(拡大縮小可能な)テクノロジーを選択する。

十. 透明で公正な慣行、実行可能なビジネスモデル、そしてテクノロジー主導のツールと快適なカスタマーエクスペリエンスとのバランスをとることで、持続可能なビジネスを構築・維持する。

サン・セバスチャンから生まれる「食の未来」

元エバーノートジャパン会長で、現在はスクラムベンチャーズのパートナーとして活動する外村仁氏。エバーノート時代には、「チーフ・フード・オフィサー」の愛称で知られていたほどの食通。全日本食学会会員であり、また総務省の「異能vation」プログラムアドバイザーなども務める(写真/Courtesy of Basque Culinary Center)
元エバーノートジャパン会長で、現在はスクラムベンチャーズのパートナーとして活動する外村仁氏。エバーノート時代には、「チーフ・フード・オフィサー」の愛称で知られていたほどの食通。全日本食学会会員であり、また総務省の「異能vation」プログラムアドバイザーなども務める(写真/Courtesy of Basque Culinary Center)

 BCCでのブレインストーミングに参加した外村氏は、「10カ条を考えて、ただホームページなどで発表するだけではなく、世の中を変えていこうとフォーラムの場で実際のホテルやレストランの経営者、現場のマネージャーに訴えかけることを、スペインの、それも地方にある料理学校が、当たり前のように取り組んでいる姿勢がすごい」と強調する。

 日本の料理界では、新米シェフが先輩から「技を盗む」ことは長年当然のこととされてきた。しかし、外村はそこに「科学的、合理的な要素が足りない」と指摘する。

 「先輩のコピーをすることが良しとされてきたが、それだけではダメ。もともとあったよいものに、新たな素材や技術を融合させ、自分が向上させていくことが大切。日本の料理界は、伝統を守ることが重荷と思うのではなく、逆に、伝統は自ら創り出すものだと、自信を持って世界に向かっていってほしいと思う」

 外村氏いわく、昔ながらの伝統を守りつつも、新しいチャレンジをするためのツールとして、科学やITがある。そうした分野に積極的に取り組んでいるのは、世界のフードテックの発信源ともいえる米国だが、その最先端を知る外村氏からしても、LABeのスタッフのレベルの高さに驚いたという。「今回、LABeで行ったブレストのモデレーターや、フォーラムの司会者は、全員が元シェフで、その後学位を取り直してBCCに入った人たち。彼らは自分たちで文章を考えてスライドも作っていた。しかも、母国語のスペイン語ではなく、流暢な英語を操って。これは、日本では考えられないこと。『超才能』のある人ではなく『普通の』シェフこそ、彼らのように成長していってもらいたいし、また、そういうシェフをサポートする教育機関を、ぜひ日本でつくっていかねばと思います」。

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