
美食の街、スペインのサン・セバスチャンにある世界屈指の食のアカデミア「バスク・カリナリー・センター(以下BCC)」の核心に迫るリポート最終回。今回はBCCが目指す食のイノベーションの方向性と、日本が学ぶべきことを考える(取材・インタビュー協力/スクラムベンチャーズ・外村仁氏)
※BCCリポート第2弾「大学×スタートアップ 『美食の街』がフードテックの聖地に」はこちら
【第2回】 ロイヤルHD菊地会長「『ピーク前提』の外食モデルは見直し必須」
【第3回】 外食×フードテックで「時間」の無駄をなくせ ロイヤルHDの視点
【第4回】 「プラントベースド=肉の代用品」の時代は終焉 不二製油の挑戦
【第5回】 完売続出のチーズケーキD2Cに学ぶ アフターコロナの戦い方
【第6回】 シェフならではの「体験設計」が肝 好調スイーツD2Cの学び
【第7回】 「残された時間は2、3年」 イオン系食品スーパーの危機感
【第8回】 完全植物肉の米インポッシブル 「ミートラバー」を虜にする秘密
【第9回】 世界一の美食の街で進むフードイノベーション その発信源は?
【第10回】 大学×スタートアップ 「美食の街」がフードテックの聖地に
【第11回】 食のDXを進める10カ条とは? 世界で進む驚異のフードテック教育
ガストロノミー界をけん引しようと、“純粋な”料理技術だけでなくフードテックにも力を入れている食の4年生大学「バスク・カリナリー・センター(以下BCC)」。同大学は、リポート第2弾で紹介したコワーキングスペース兼研究所「LABe※外部サイト」、そして研究に特化した「BCC Innovation(BCCイノベーション)※外部サイト」と一体となって自然環境を考慮した改革を起こそうと、日々奮闘している。そんな彼らが提案するサステナブルな食の未来には、日本の麹菌も一役買っているという──。
「労働はAIに取って代わられる。私たちにはクリエーティブになれる時間ができる」
「テクノロジーと食料資源をつなげる」
そんなフレーズが書かれた粘着メモで、どんどん壁のスペースが埋められていく。BCCが運営するLABeの1室に集まったのは、ヘブライ大学のコンピューターサイエンス教授や、米国のフードテックメディア「ザ・スプーン」のライター、投資家兼アドバイザー、スペインの「テック・フード・マガジン」創設者と、ジャンルの異なるエキスパートたちだ。さらに、元エバーノートジャパン会長で現在サンフランシスコに拠点を置き、スクラムベンチャーズのパートナーなどを務める外村仁氏も参加した。
「デジタルガストロノミー」を成功へ導くためには、どうしたらいいのか──。そうしたロードマップを描くべく、「環境・自然」「健康・ダイエット」「人的要因・労働」「文化・社会」「科学・テクノロジー」「マーケット・バリューチェンジ」の6つのカテゴリーにおいて、10カ条の誓いを立てるのが、この会の目的だ。
ベネズエラ出身のBCCリサーチシェフ、Estefania Simon(エステファニア・シモン)がプロのファシリテーターのように、英語できびきびと進行していく。12年間シェフ一筋だったとは思えないほどの仕切り上手だ。
「私たちは今、どの地点にいて、どこに向かっていくのかを考えてください」
制限時間10分で、各々が2つのアイデアを粘着メモに書き出していく。それを3回繰り返すという、ハードなセッションを行い、参加者たちは疲れ気味の様子。LABeのイノベーション・マネージャーを務めるJosé Francisco Pelaez(ホセ・フランシスコ・ペラエス)は、「まさにエキスパートたちからアイデアを絞り取ろうとしているんだ」と笑う。
ここで出されたアイデアは、最終的に2020年2月25日にマドリードで開かれた「デジタルガストロノミー・ホスピタリティー・スタートアップフォーラム 2020」の中で、飲食・ホテル業界、そしてスタートアップ企業を前に発表された。それが以下の10カ条だ。
一. 今日(こんにち)のエコロジカル・フットプリントを減らすべく、デジタルガストロノミーをポジティブな影響を与える「道具」とする。
二.テクノロジーを、私たちの環境に対する姿勢を改めさせるために使う。
三. より健康的な食事をするという、カルチャーシフトの触媒となるような、個人の食事・食習慣に合わせてよりパーソナライゼーション・推奨に力を入れるものとしてテクノロジーを使う。
四. 従業員を励まし、育て、維持する道具、そしてクリエーティビティーを高めるものとしてテクノロジーを利用する。
五. 立場の弱い人やギグエコノミーに従事する人を含むすべての人に、テクノロジーに基づいた公正さと透明性を通じて、倫理的な労働基準を保証する。
六. 強引だったり変わらない方法にしたりするのではなく、伝統的な料理の多様性を維持するのと同様に、新しい料理や調理法の押し上げを図る。
七. 人々を阻害するのではなく、文化を広め、人々をつなぐ手段としての食品の価値を促進する。
八. ユーザーが初めから関わるオープンイノベーションのプロセスとともに、現在および将来の世代のニーズに対応するため、さまざまな研究領域にわたるアプローチも推奨する。
九. 財政発展可能な基本的なツールとして、常に人間の能力を最大限に引き出す、測定可能(拡大縮小可能な)テクノロジーを選択する。
十. 透明で公正な慣行、実行可能なビジネスモデル、そしてテクノロジー主導のツールと快適なカスタマーエクスペリエンスとのバランスをとることで、持続可能なビジネスを構築・維持する。
サン・セバスチャンから生まれる「食の未来」
BCCでのブレインストーミングに参加した外村氏は、「10カ条を考えて、ただホームページなどで発表するだけではなく、世の中を変えていこうとフォーラムの場で実際のホテルやレストランの経営者、現場のマネージャーに訴えかけることを、スペインの、それも地方にある料理学校が、当たり前のように取り組んでいる姿勢がすごい」と強調する。
日本の料理界では、新米シェフが先輩から「技を盗む」ことは長年当然のこととされてきた。しかし、外村はそこに「科学的、合理的な要素が足りない」と指摘する。
「先輩のコピーをすることが良しとされてきたが、それだけではダメ。もともとあったよいものに、新たな素材や技術を融合させ、自分が向上させていくことが大切。日本の料理界は、伝統を守ることが重荷と思うのではなく、逆に、伝統は自ら創り出すものだと、自信を持って世界に向かっていってほしいと思う」
外村氏いわく、昔ながらの伝統を守りつつも、新しいチャレンジをするためのツールとして、科学やITがある。そうした分野に積極的に取り組んでいるのは、世界のフードテックの発信源ともいえる米国だが、その最先端を知る外村氏からしても、LABeのスタッフのレベルの高さに驚いたという。「今回、LABeで行ったブレストのモデレーターや、フォーラムの司会者は、全員が元シェフで、その後学位を取り直してBCCに入った人たち。彼らは自分たちで文章を考えてスライドも作っていた。しかも、母国語のスペイン語ではなく、流暢な英語を操って。これは、日本では考えられないこと。『超才能』のある人ではなく『普通の』シェフこそ、彼らのように成長していってもらいたいし、また、そういうシェフをサポートする教育機関を、ぜひ日本でつくっていかねばと思います」。
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