
ミシュランの星密度世界一で、美食の街として知られるスペイン、サン・セバスチャン。ここに食のイノベーションを推し進める世界屈指のアカデミアがある。「バスク・カリナリー・センター(以下BCC)」だ。そこでは一体どんな食の世界への探索が行われているのか。3回にわたってリポートする(取材・インタビュー協力/スクラムベンチャーズ・外村仁氏)。
【第2回】 ロイヤルHD菊地会長「『ピーク前提』の外食モデルは見直し必須」
【第3回】 外食×フードテックで「時間」の無駄をなくせ ロイヤルHDの視点
【第4回】 「プラントベースド=肉の代用品」の時代は終焉 不二製油の挑戦
【第5回】 完売続出のチーズケーキD2Cに学ぶ アフターコロナの戦い方
【第6回】 シェフならではの「体験設計」が肝 好調スイーツD2Cの学び
【第7回】 「残された時間は2、3年」 イオン系食品スーパーの危機感
【第8回】 完全植物肉の米インポッシブル 「ミートラバー」を虜にする秘密
【第9回】 世界一の美食の街で進むフードイノベーション その発信源は?
【第10回】 大学×スタートアップ 「美食の街」がフードテックの聖地に
【第11回】 食のDXを進める10カ条とは? 世界で進む驚異のフードテック教育
ビスケー湾の真珠──そんな呼び名がぴったりな、スペイン北部に位置するサン・セバスチャン。2つの丘に囲まれ、緩やかに弧を描くラ・コンチャ海岸(「貝」の意味)をたどっていけば、グラスを片手に談笑する人たちであふれた旧市街に着く。バルの中に一歩入れば、ずらりと並んだ色とりどりのピンチョスが目に飛び込んでくる。
世界屈指の美食の街として知られるバスク地方のこの都市は、ハプスブルク家の王妃マリア・クリスティーナが1893年から避暑地として訪れるようになって以来、「高級避暑地」として発展を遂げてきた。毎年開催される、サン・セバスチャン国際映画祭や国際ジャズ・フェスティバルといったイベントには、国内外から多くの人が訪れる。さらに2016年に欧州文化首都に選ばれてから、その名は一気に世界で知られるようになった。
年間を通して曇りがち、冬は雨が多いものの、そのおかげで新鮮な食材が豊富にそろうこの土地で、食文化が栄えたのも不思議ではない。それをよく表しているのが「美食倶楽部」の存在だろう。
これは、女性禁制のキッチン付きの会員制「食堂」。男性たちだけで集まって料理をし、食事を楽しむという“聖域”なのだ。バスク地方の女性たちは気が強く、家で居場所を失った男性たちが集まって料理をし始めたのが起源とされており、最近は女性禁制のところは減っているが、1870年にサン・セバスチャンで結成された美食倶楽部が最も古いものといわれている。
食に対する強いこだわりがもとからあったとはいえ、人口わずか18万人ほどの街がミシュランの「星密度世界一」になり得たのは、知識や技術を惜しみなく「シェア」してきたという背景がある。1970年代に地方のシェフ11人が、バスクの伝統料理に革命を起こそうと「ヌエバ・コシナ・バスカ」と呼ばれるムーブメントを起こした。さらに、21年前に世界的な料理学会「サン・セバスチャン・ガストロノミカ」が開かれ(19年には世界47カ国が参加)、レシピやテクニックをシェアするようになった。こうして街全体の食レベルが高まっていったのだ。
さらに、こうした食のイノベーションとスペイン料理界に革命を起こしたのが、世界で最も予約の取れないレストランと呼ばれてきた「エル・ブジ」であり、それを率いたシェフのフェラン・アドリアだった。彼は調理を科学的に解析し、それを応用する「分子ガストロノミー」という新たな道を切り開き、それによって「食」が既存の枠を超えて科学、テクノロジー、アートの分野と融合するようになったのだ。
調理技術に加え、マーケ、デザインまで学ぶ
こうした「シェア」の精神を引き継いで2011年に誕生したのが、「バスク・カリナリー・センター(以下BCC)」だ。設立に当たって、前述のフェラン・アドリアや日本の成澤由浩をはじめとする世界9カ国のトップシェフ「G9」がアドバイザーを務めた同校は、当時、欧州初の4年制料理専科大学として注目を浴びた。スペイン政府、バスク州政府、ギプスコア県政府、サン・セバスチャン市が総工費1700万ユーロ(約20億円)を出資したということからも、国の誇りをかけたプロジェクトであることが伝わってくるだろう。
通常、食の道に進む場合、料理学校で技術を学ぶというイメージがあるかもしれない。もしくは、日本では栄養学部や農学部、レストラン経営を目指すのであれば経営学部に進むのが一般的だ。だが、このBCCでは調理技術だけでなく、食文化の研究からマーケティング、そして飲食店のデザインまで、食の世界を360度の視点から学ぶことができる。
例えば、学生たちは統計学や生物学など、一見料理とは関係なさそうな学科も受講したり、国内外から招かれた著名シェフの特別講義を受けたりすることができる。さらに一般の人たちも食事ができる学内のレストランで提供されるメニューは、学生たちが授業で考案して調理したものだ。また、“現場”ではテーブルセッティングから接客まで教師たちの指導の下、学生たちが行っている。そうすることで、自分の専門分野だけでなく「食」という経験を包括的に理解するのだ。
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