
「良いものをより安く」。米国で生まれた「スーパーマーケット」が掲げたこのスローガンを信条としてきた日本の食品スーパーが揺らいでいる。ライフスタイルの変化により、顧客側には「毎日、買い物に出かける」理由が薄れている。これから提案すべき新しい価値とは何か。食品スーパー大手のユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(U.S.M.H)の藤田元宏社長に次の一手を聞いた(聞き手は、シグマクシス福世明子氏)。
藤田社長はここ数年、事業変革に取り組んできましたが、その背景となる業界が抱える課題を最初にお聞きしたいのですが。
藤田元宏氏(以下、藤田氏) 日本の食品スーパーの源流は米国で生まれた「スーパーマーケット」です。駐車場を有した敷地に大きな店舗を構えて食品や日用品を取りそろえ、お客様がセルフサービスでほしいものを購入するスタイル。この米国流スーパーマーケットをヒントに日本のスーパーマーケットも始まり、これまで発展してきました。しかし、ここ数年は、市場環境のみならず、ビジネスモデルそのものが揺らいでいます。
スーパーマーケットは典型的な労働集約型産業。「良いものをより安く届ける」ことができたのも働く人たちのおかげですが、経営の源泉となる人を集めるのに苦労するようになった。今後、事業の継続が脅かされるレベルになるでしょう。
もう1つの変化は、お客様の生活環境です。日常生活のデジタル化により、モノの買い方や情報収集の仕方が変わってきており、わざわざ店に足を運ぶ理由が薄れています。スーパーマーケットは、このようなお客様の変化に対応できておらず、お客様との乖離が起きています。「人生100年時代」ともいわれており、今後、お客様の価値観やライフスタイルはさらに変化を続けるでしょう。そのとき、スーパーマーケットは、お客様の変化に合わせた新たな価値提供をしなければなりません。それができて初めて、社会的存在意義が認められると思っています。
このような理由から、スーパーマーケットのビジネスそのものを考え直す時期に来ていると考えています。いずれにしても、我々に残された時間は少ない。ここ2、3年がスーパーマーケットの勝負時だと言っています。
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このような業界への危機感は、GMS(総合スーパー)やコンビニエンスストアなど、近接業界の経営者も同様に抱いているのでしょうか。
藤田氏 このままではだめだ、というのは流通業界全般の見方です。ただし、動き出す企業と動かない企業に二極化しています。
どうして業界内でも反応が違うのでしょうか。
藤田氏 経営陣の危機感とその危機感を組織全体で共有できているかどうかの違いでしょうね。
なぜ、藤田社長は強烈な危機感を持つに至ったのでしょう。
藤田氏 私はスーパーマーケット業界で40年以上勤めてきました。これまで、様々なことを市場に対して仕掛けてきましたが、ここ数年、何をしても思うように結果が出ないのです。こんなことは初めてです。ここに来て、スーパーマーケットはお客様から「要らない」と言われているのかもしれないとの思いに至ったのです。要するに、スーパーマーケットは「お客様と乖離している」のだと考えています。
これまでのスーパーマーケットの価値は何だったのでしょう。そして、これからの価値は何でしょうか。
藤田氏 これまでのスーパーマーケットの価値は、「お店に行けば、食料品や日用品が、いつでも好きなだけ買えること」でした。ある意味、画一的な価値を提供してきたのだと思います。ところが、今のお客様は一人ひとりスーパーマーケットに求める価値は異なります。例えば、商品に対しては食材、半加工品、すぐ食べられる総菜など、求める加工のレベルが異なる。買い方に対しても、スタッフからの説明やお薦め、さらには会話という温もりまで求める人もいます。
一方で、お店に行けず、家まで届けてほしいという人もいます。一人ひとりのお客様を理解し、異なるニーズに応えていくことが、食料品を提供するインフラとしてのスーパーマーケットの役割であり価値だと思います。
新しい価値提供の肝はどこでしょうか。
藤田氏 よくスーパーマーケットにはPOSなどのデータが豊富にあるといわれてきましたが、「お客様を理解できているのか」といわれれば、「違う」と答えざるを得ません。お客様を理解するために、データの活用を進めなければならないでしょう。
例えば、「新型コロナ禍」で一家族の買い物点数は増えています。「平均して従来よりも2点ほど増えている」という報告を受けても、それで何が分かるのでしょう。普段から20点以上買っていた人と5、6点買っていた人では、増え方も違うはずです。お客様一人ひとりを理解できないと新しい価値にはつながりません。そういう視点で、デジタルテクノロジーを最大限活用し、お客様を理解できるようになることが重要です。
日本のスーパーマーケットは米国の輸入モデルということですが、今後、日本ならではの価値を提供するスーパーマーケットは出現し得るのでしょうか。
藤田氏 それは、あると思います。米国のプレーヤーの動きの速さには感服しています。ただし、米国のモデルは同国の環境、生活者に合わせたものなので、日本の環境、生活者に合わせたオリジナルな価値を提供するスーパーマーケットが出てくる可能性はあります。
例えば、売り手と買い手の顔が見える、「お店に来たらほっとする」という安心感があるなど。こうした日本ならではの価値観が今後大事になっていくと思っています。お客様が雰囲気に浸りに来るようなスーパーマーケットができたら面白いと思っています。
新しい価値提供に向けて、どのような変革を進めていますか。
藤田氏 これまでのスーパーマーケットのやり方を変えずに価値を上げようとすると、コストが膨大に掛かり、持続性のあるビジネスとは言えません。だとすると、スーパーマーケットの仕組みそのものを変えなければなりません。貴重な人財はお客様への接点にフォーカスさせ、現業の労働集約的なオペレーションは自動化や一部縮小させていきます。そのトレードオフを進めるために、オペレーションコストの可視化にトライしています。
スーパーの役割は「地域の一員」であること
生鮮三品(魚・肉・野菜)はスーパーマーケットの主要商品です。今後、スーパーマーケットは生鮮三品に対してどう取り組むのでしょうか。
藤田氏 生鮮の中でも農業は、後継者問題や気候変動に伴う大規模自然災害など、事業継続が危ぶまれる厳しい状況に置かれていて、企業が支援すべき産業だと思います。特に、スーパーマーケットは、地域に根差すプレーヤーなので、その役目があります。食品スーパーに、わざわざ遠方から来る人はいませんから、今後もお客様は地元の人たちであることに変わりません。だから、地域の一員として、農業を含む地域経済の振興を願い、地域の皆さんと一緒に担いたいと思います。駅前商店街の皆さんが地域の発展を考えるように、地域の身近な相手として存在したい。
バーティカルファーミング(垂直農法)などテクノロジーを活用した農業は着目に値し、スーパーマーケットへの取り込みはあるでしょう。一方で、その価値は単体で見るよりも、農業という産業を支える視点で捉えるべきだと考えています。
少し話を変えて、今回の新型コロナ禍により、スーパーマーケットのサービスはどのように変わると思いますか。
藤田氏 新型コロナ禍により、お客様のライフスタイルがまた変化をすると見ています。具体的には、「ラストワンマイル」に対するニーズの高まりです。スーパーマーケット以外の業態では、以前からデリバリーなどラストワンマイルのサービスが増えていましたが、我々の中では優先順位が高くありませんでした。この新型コロナ禍で考えを改め、優先順位を上げて取り組むべきことと捉えています。
新型コロナ禍により、スーパーマーケットのマネジメントはどう変わりますか。
藤田氏 これから投資配分が変わる可能性があると思います。これまで、投資の多くは店舗を作ることにかけられていました。これからは、デリバリーニーズや健康意識の高まりを受けて、EC・配送の仕組み、健康サービスなどに投資が向けられると思います。
また、生活者のエンゲル係数が上がっているため、安さの実現もこれまでとは違うレベルで対応しなければなりません。これらは業界全体の動きになると思われるので、いかに早く動くかが重要です。
藤田社長が変革を進めるうえでのポリシーは何でしょうか。
藤田氏 肝に銘じているのは、従来と同じやり方をとらない、ベンチマークを持たないということです。我々なりの新しいやり方を創り出したい。そのためには、社内外から知恵を出し合い、試行錯誤し、そこから学ぶしかありません。
外部とのパートナーシップはどのように捉えていますか。
藤田氏 多様なお客様に合わせて多様な価値をつくるということは、我々自体も多様化しなければなりません。これまでの流通業界にはいなかった、フードテックプレーヤー、コミュニティーづくりに長けたプレーヤーなどとの連携により、新しい価値創出を図りたい。フードテックプレーヤーは、サービスプラットフォーム型のビジネスモデル志向や、冷凍技術、AIなど先進的な技術の活用など、見ている世界が我々とは異なると感じています。我々の経験と掛け合わせることで新しいことが生み出せないか、期待しています。
それに伴い、新しい組織体制も必要になります。これまでも、新しい商品・調達先の開拓を試みてきましたが、うまくいかなかった面があります。それは、商品や調達先を見つけたとしても、物流、加工、オペレーションなど、棚に並べるまでの中間工程を担う組織がなかったからです。これを変えるために、組織横断的に中間工程を作り変えるプロジェクトを立上げて進めています。オープンイノベーションと言っても一筋縄でいかないのは、例えば中間工程を検討する体制のように、新しい取り組みに必要な機能が社内にないからです。このような体制を敷くことで、外部パートナーとの連携の受け皿としていきたい。
外部とのパートナーシップを構築するにあたり、心掛けていることは何でしょうか。
藤田氏 大切なのは、何を実現したいのか、どうありたいかです。そこをお互いに共有・共感できる相手がパートナーとして付き合えるのだと思います。これは、実際に様々なプレーヤーとお会いしながら模索しています。個々の取り組みはやってみないと分からないし、寄り道もあるでしょう。それでも大事なのは、必ず実現するという使命感を持って進めることだと考えています。
(写真提供/ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス)