日本政策投資銀行(DBJ)産業調査部が、アフターコロナ時代のデジタルトランスフォーメーション(DX)を読み解く人気連載。今回は、日本の経済活動を支える重要インフラである、船舶輸送や港湾などの海事産業で進むDXについて解説する。
日本は海に囲まれた島国であり、貿易国として発展してきた歴史を持つ。貿易には主に海上ルートが使われており、日本の輸出入(重量ベース)は99%が船舶による輸送で成り立っている。
日本海事センターの調べ(2011年時点)によると、日本の海事クラスターの売上高は約11兆3000億円で日本企業全体の売上高の約1%を占め、従業者数は34万人で日本全体の従業者数の約0.5%である。そのため、従業者数1人当たりの生産性が高い業種であるといえる。
海事産業はコロナ禍においても、人々の生活を支える重要なインフラとして機能した。船舶は歩みを止めず走り続け、港湾では荷役作業が着実に実施されることで私たちの生活が支えられてきた。
このように日本の経済活動、人々の生活にとって重要な海事産業だが、喫緊の課題も抱える。労働力不足と、それをカバーする作業の効率化・省力化への対応だ。
労働力不足は全産業で言われていることだが、特に海事産業においては深刻だ。海事産業は屋外を主とする作業や、天候の影響に左右され、船の荷役が夜通しかかる場合もある。また、安全・確実で迅速な作業も兼ね備えた熟練技能者の匠の技が必要とされる作業もある。港湾を中心に展開される産業のため、港湾とはなじみの薄い地域に住む人たちにとっては、仕事の魅力が伝わりづらい部分もあるだろう。そのため、海事産業を将来の職業の選択肢として捉えてもらう啓発活動など様々な施策が行われている。
また、作業の効率化・省力化も喫緊の課題となっている。中国や東南アジア諸国の経済成長によって日本企業の海外生産拠点化が進むとともに、輸出、輸入の低コスト化や安定輸送が重要視され、定時運行・大量輸送が可能な船舶輸送が活躍している。近年はインターネットの普及によって越境ECの取扱量が増加しており、税関が取り扱う輸入、輸出の申告件数は増加の一途をたどっている。
しかし、19年に世界銀行が発表した世界190カ国のビジネス環境の報告書「ビジネス環境の現状(20年版)」によると、貿易手続き分野における日本の順位は19年版の56位から57位となり、3年連続でランクを落としている。主な要因として、書類審査のコスト、輸入ボーダーコンプライアンスの時間とコストに課題があるとされた。中でも、輸入ボーダーコンプライアンスにかかる時間は40時間と、OECD高所得国平均の4.7倍、書類審査のコストは107ドルで4.6倍と差が開いている状況だ。
一方、同報告書によると、中国は65位から56位に浮上し、日本を抜いた。港湾インフラの拡充、税関管理の最適化や料金の透明化が進められた点が主要因として挙げられている。
日本で急速に進む少子高齢化、就労人口の減少と、着実な進化を続ける諸外国に対し、日本としては港湾物流情報の電子化、貿易手続きの高度化による効率化・省力化は避けて通れない課題といえる。
海上貿易のコスト削減効果は最大60%
貿易の取り扱い件数が増加する中で、いかに効率良く、さらには低コストで、環境に負担がかからないように運ぶことができるか。その解決策の1つがIoT、AI(人工知能)、ビッグデータを活用したDX(デジタルトランスフォーメーション)だ。
従来、海上貿易の情報交換、認可、証明、申し込みは、いずれも書類など紙ベースのやり取りが基本で、それを電話、FAX、電子メールで補完してきた。これらの方法では過去の類似関連データの利活用が行えず、業務が非効率となる。また、情報のトレーサビリティーが不完全なことに起因して、追加業務(電話、電子メールなどによる確認作業)が発生するなど、課題が生じていた。
このような事態に対し、例えばNTTデータは貿易情報連携プラットフォーム「TradeWaltz(トレードワルツ)」を立ち上げ、課題解決に向けて推し進めている。トレードワルツは、ブロックチェーン(分散型台帳)技術を活用し、まずは日本の貿易に特化したうえで、貿易書類のデジタル化、貿易金融などのサービスを提供するものだ。具体的には、(1)書類の完全電子化、(2)書類の原本保証、(3)容易かつ安全なアクセスを実現し、データを蓄積して活用することでオペレーション改革につなげる。その後、他の物流分野への拡大やアジアへの展開、海外のプラットフォームとの連携を目指す取り組みだ。
トレードワルツを活用すると、貿易関連書類の転記、チェック、原本の扱いに関する課題の解決策を検討できるようになり、間接コストの削減、リードタイムの短縮、貿易業務の効率化、貿易リスクの低減につなげられる。デジタル化された書類データを関係者間で共有し、貿易プロセスを改善することで、見込めるコスト削減効果は最大60%に上ると試算されている。貿易情報のプラットフォーム化が進むことにより、将来的には港湾物流関連とのデータ連携にもつながり、「モノ」と「情報」の一元管理が可能となる。
このコンテンツ・機能は有料会員限定です。