CM界で名を馳せてきた鬼才、江口カン氏が、このところ映画を中心に腕を振るっている。前作に続き、監督を務める映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』が、延期を経て2021年6月18日に公開。観客の心理を操る演出術で、見たことの無い面白さを追求する。コロナ禍での映画に懸ける思いや制作の信条を聞いた。
※日経トレンディ2021年3月号の記事を再構成
人気コミックが原作のアクション映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』が2021年6月18日に公開された。19年に公開され、累計130万人以上を動員した大ヒット作『ザ・ファブル』に続くシリーズ第2弾。前作と同じく、主人公の“伝説の殺し屋”を演じるのは岡田准一、そして監督を務めたのが江口カンだ。
1作目に引き続き江口が目指したのは、「これまで見たことの無い面白さの追求」だという。実際、団地や立体駐車場などを舞台に繰り広げられるアクションシーンは、前作をしのぐ規格外の迫力。「見る人を驚かせる場面をワンカットでも多く入れたい」という監督の意気込みが伝わってくる。
シリアスなストーリーの中にコミカルな笑いを同居させるのも、江口流の作劇術の一つだ。主役の岡田は切れ味の鋭いアクションを見せたかと思えば、とぼけたギャグを披露する。唐突とも言える“間合い”だが、江口は次のように説明する。
「演出とは心理操作です。『新しさ』を目指すといっても、人々が今までに全く見たことの無いものは世の中にはありません。仮にあったとしても、映画として受け入れられないでしょう。既視感のあるものをいかに組み合わせて、自分も他人も見たことの無い新しさを生み出すか。その試行錯誤の連続です」
さらに本作では人間ドラマ部分も加味。「登場人物の複雑な面白みを描くことで、重層感のある作品に仕上がりました」と江口は自信をのぞかせる。
中でも堤真一演じる敵役は、悪人だけれど言葉に真実味のある“読めないキャラ”で、物語に奥行きを与える。そこには江口の「人間は多面的な生き物であり、世の中の善悪も決して一つの価値観だけでは測れない」という考え方が反映されている。「人生は思うようにいかないし、世の中は分かっていないことが多い。そんなことにちゃんと向き合おうとする人を描きたい、と思っています」と語る。
その思いはコロナ禍にあって、鮮明になっているという。「今の時代、何が正解かは分かりませんよね。災厄に対して諦めずに立ち向かうしかないけれど、ひょっとしたら無理に立ち向かわなくてもいいのかもしれない。世の中は白黒の両端よりグレーゾーンの方が多いわけで、それを許容する力が大切なのではないかと感じています」
そんな江口が映画作りにおいて最も重視するのは、「準備とひらめき」だ。それこそが見る人を作品の中に引き込み、心から楽しませる、いわば成功の秘訣だという。「脚本、役者の芝居、撮影、そして音楽に至るまで、すべてが世界観をつくる要素。世界観を崩す妥協は、どんなときも自分に許しません」と準備の大切さを強調する。
仕事術の信条は、19世紀フランスの細菌学者ルイ・パスツールの言葉を借りて、「偶然は準備のできていない人を助けない」。最近の映画制作では主流でなくなったが、場面ごとの映像の設計図である絵コンテもすべて監督自身で描く。
「台本が120ページあれば、全場面を絵にします。現場では想定外のことが起こりますが、準備ができているから、その場のひらめきにもチャレンジできる。準備8割、現場での発見2割くらいが、いいバランスです」。そうした一つ一つの積み重ねが「映画作りの面白さ」と話す。
ちなみに、かつては絵コンテを紙に手描きしていたが、最近はiPadを使う。デジタルの方が簡単に修正できる分、ついつい描き込み過ぎてしまうそうだ。「できれば絵コンテを描くのに便利なアプリを、誰かと一緒に開発したいですね」と笑う。
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