アサヒビールが攻めている。その鍵を握るのは、多彩な業界経験を持つマーケティングの達人である、同社マーケティング本部長の松山一雄氏。2018年に「32年ぶりの外部から起用された取締役」として着任、その戦略が注目される人物だ。前例主義を変革させた秘訣とは。
※日経トレンディ2021年7月号の記事を再構成
フルオープンになる缶の蓋を開けたら、ビールの泡がきれいに盛り上がり、思わず「おお!」と声を上げずにいられない。2021年4月に発売された「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」は、斬新な仕掛けで話題沸騰。家飲み需要を刺激したこともあり、売れ行きが予想を大きく上回った。販売休止を余儀なくされ、21年6月15日に数量限定で販売再開するが、その後も9月までは月1度の数量限定販売が決定している。
「正直、こんなに早く火が付くとは思いませんでした」と明かすのは、生ジョッキ缶の開発を主導したアサヒビールの専務でマーケティング本部長の松山一雄。18年にマーケティング経験豊かな逸材として同社に転職してきた松山が新商品に求めるのは、「かつてない新しさ」。言い換えれば「夢のようなビール」だった。その理想を具体化した例が生ジョッキ缶といえる。
松山 一雄 氏
もともとフルオープン缶と細かい泡をつくり出す缶の内壁の凹凸、つまり蓋と缶は別々に存在したアイデアだったという。その2つを融合させることで、「全く新しいビールが実現できる」と松山は直感し、開発を急がせた。前例が無いため、当初は社内に「こんなものが売れるのか?」と疑問視する声が多かった。しかし松山は、「消費者はこの缶を開けた時に、必ず驚き、そしてお店で飲む生ビールみたいだと感じるはず」と説得。「価値を決めるのは消費者。まずは消費者に問うべきだ」とも主張した。果たして、消費者は新しい缶を歓迎。泡の吹きこぼれがクレームの対象になることも心配されたが、SNSなどで泡立ちを楽しむ声が数多く上がった。
「消費者が心からワクワクするものを求めていることを、改めて実感しました。もしかしたら今後、缶ビールの半分くらいは、この缶になるかもしれませんよ」と松山は自信をのぞかせる。
アサヒビールとしては、生ジョッキ缶の登場は単なるヒット以上の意義がある。「スーパードライ」という太い柱を持ち、業務用に強い同社は、長らくビール類のシェア1位の座に君臨していた。その一方でスーパードライの成功体験に縛られ、効果的な新機軸を打ち出せずにいたのも事実。いつしか保守的な企業となり、20年にはついにビール類首位の座を明け渡したとされる。
「シェアが徐々に下降していく段階で入社した私の最初のミッションは、スーパードライを再び成長軌道に乗せることでした」と松山は言う。生ジョッキ缶は、その起爆剤として位置付けられており、想定を超えた売れ行きに会社全体が活気づいたのは言うまでもない。「スーパードライを世に送り出したアサヒは、もともとチャレンジ精神をDNAに持つ企業」と松山は断言する。その遺伝子をよみがえらせ、ブランドを改めて強化することが使命だ。
ヒットの履歴書
攻めの姿勢を休めることなく、21年5月25日には家庭用生ビールサービス「ドラフターズ」を開始。家庭にビールサーバーを置き、スーパードライが毎月2回配送される仕組みだ。21年の目標会員数3万人に対し、4月末現在で応募数は約1万3000人と好調だ。
長寿ブランドの活性化だけではなく、新しい市場にも挑む。21年6月末に全国発売する「ビアリー」は、アルコール分0.5%のビールテイスト飲料。従来の低アル商品より低い“微アルコール”で、酒を飲めない人や、あえて飲まない人たちによって構成される巨大な“ゲコノミクス市場”の開拓を目指す。
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